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学園探偵  作者: 阿久井浮衛
第4課 学園探偵
48/54

7

 井上の言葉にすぐには応じず,わたしはゆっくりと瞼を閉ざす。

 最早,事件に無関係の振りをしてごまかし切るのは不可能だろう。疑いを拭い去ることはできないが,物証がないため犯行の断定もできない。そう井上が判断せざるを得ないように,推理の矛盾点を突いていく方略に方向転換しなければならない。

 一度深く息を吸って,それからまたゆっくりと目を開いた。

「一連の事件というのは,井上君が5月から関わっていた事件のこと?」

「厳密に言うと4月の新入生歓迎会費窃盗事件以降です。新聞部の保管庫で発生したぼや騒ぎに関してあなたはノータッチだったことでしょう。寧ろあの不審火にこの学園で最も肝を冷やしたのはあなただったかもしれませんね」

 全くだ。あの事件のせいで学察が是枝先輩を捉えた写真の存在に気付いてしまう可能性が著しく高くなってしまった。そのせいで当初の計画を変更せざるを得なくなり,是枝先輩は自首するに至ったわけだ。ここに至るまでいくつも危うい綱を渡ってきたが,最もはらはらさせられたのはあの時だろう。

 もちろん,今この瞬間を除けばの話であるけれど。

 そういう意味ではわたしにとっての鬼門は間違いなく学園探偵ではなく真守ちゃんだ。井上が飛躍はあるものの一応論理に基づき行動しているのに対し,真守ちゃんの行動は思い詰めた末の暴走だから予測の困難度は比較にならない。結局わたしの計画さえ暴かれかねない事態にまで追い込まれてしまっている現状を考えると,天敵と評してもいいくらいに相性は悪い。

 逆に言えば,この窮地に真守ちゃんが同席していないという条件は不幸中の幸いだったということだ。冷静に論理を組み立てられないくらい精神状態を掻き乱すことさえできれば,井上を陥落すること自体は不可能ではないのだから。

 わたしは飛び切り柔らかい微笑みを浮かべて首を傾げる。態とらしく頬に人差し指を添える甘えた仕草まで付け加えた。自分では吐き気を催すくらいばかばかしいと思うのだけれど,情報を聞き出す時男子生徒や男性教諭が相手だと大抵の場合こうやって3分も媚びていれば口を割らせることができる。

「井上君は,わたしが4月の窃盗事件を起こしたって言うんだ? じゃあ,わたしはどうやってあの事件を起こしたの?」

「事件の真相を語る資格はそれを最初に看破した人物に与えられるというのが私のモットーでしてね。あの事件の真相を私の口から語りたいのは山々なのですが残念ながら真っ先にあなたが犯人である可能性に気付いたのは私ではないのですよ」

「えっ?」

 けれど予想に反し,井上は籠絡する暇を残さず早々に身を引いた。代わりにちらりと視線を扉の方へ向ける。

「最初に真相を見抜いたのは加賀さんでした。事件を調べ直していく内に気付いたそうです」

 智佳も,わたしや井上と同じように事件を調べていたんだ……。

 促され,室内に入った智佳は後ろ手に扉を閉める。それからわたしの方を見るのを避けているのか,ぎこちなく目線を泳がせた後徐に口を開いた。

「より正確には,わたしが歓迎会費窃盗事件のカラクリに気付いたのは先週金曜日の昼休み。渡先生が,井上が隠蔽した事件に関して職員会に召喚された時だった」

 ああ,そういうこと……。

 気付いた時には反射的に「ちっ」と小さく舌打ちをついていた。

 迂闊だった。柄にもなく焦っていたのだろうか。だけどいくらなんでも,渡が呼び出された時に智佳も同席しているなんて予測できっこない。

「でもそれはあくまで気付いたタイミングがその時だったというだけで,真相に至るには主に2つのポイントに着目する必要があった。1つは去年わたしが容疑者となった教科書紛失事件と歓迎会費窃盗事件の類似点,2つ目は渡先生が職員会に呼び出されるに至った経緯」

 おそらく謎解きに臨むのは初めてのことなのだろう,学園探偵とは対照的に智佳は緊張した面持ちで,扉の前で棒立ちのまま言葉を紡ぐ。

「先ず1つ目のポイントだけど,類似点としては両事件ともある意味では密室だったことを真っ先に挙げることができる。歓迎会費窃盗事件の方は物理的には密室ではなかったけれど『人の目』という意味では閉ざされた空間だったと言っていいはず。加えて,事件発生直後想定された犯行時刻から被害の発覚まで短からないタイムラグが存在するという点でもかなり強い相関がある。ここに気付いた時,わたしが考えたのはこの2つの事件が似通った構造をしているのではないかということだった。つまり,同じメカニズムが作用している可能性が高い」

「簡潔に言ってしまえば同様のトリックが用いられたかもしれないということですね」

「そう。去年の事件のトリックの肝は被害に気付かせないというものだった。仮に同様のトリックが用いられていたとすると,歓迎会費窃盗事件においてはどのように説明されるのか。答えは単純。川端先生が気付くずっと以前に会費は抜き取られていたんだ」

「厳密には徴収された封筒の一部は初めから金額が不足していたということです。端から存在しない物は盗み様がないですからロックを解除するナンバーを生徒が知っていようといまいと構わなかった」

「……でも,それじゃあロックが解除されていたのはどうして? たまたま川端先生が掛け忘れたっていうの? それに最初から会費が不足していたって話だけど,12人もの生徒が同時に会費を入れ忘れるなんてことがあり得る?」

 ああ,だめだ。だめだだめだだめだ。言わされてしまっている。このままじゃあすぐ行き詰まる。

 井上が合いの手を入れつつ智佳をフォローする一方で着々とわたしの逃げ道を塞いでいることは分かったけれど,それでも反駁せずにはいられなかった。口を閉ざしていればそれこそあっと言う間に八方塞がりになってしまうのは明らかだからだ。

 けれど,井上が態と見せている隙をいくら突こうが突破口になるとは到底思えない。

 どうにかして流れを変えないと……。

「確かに,事件直後から学察でも誰がロックを解除したのかということが疑問視されていた。それに初めから封筒に入っている会費が必要最低額に達していない可能性も指摘されていたけれど,会費の不足していた封筒の持ち主全員が同時に入れ忘れたとは考えにくい。それに一見して12人に接点がなかったから,当時の捜査では彼らが意図的に会費を不足させたまま封筒を提出した可能性が早々に切り捨てられたみたい。でも,この2つに関しては複雑に考えないでもっと素直に考えれば良かった」

「つまり生徒が金庫の鍵を開けられないのであれば鍵は掛け忘れられたとは限らず開錠ナンバーを知っている人物がロックを解いた可能性が捨てきれませんし一見して12人が共謀して金額に不備のある封筒を提出する理由が見当たらないのなら彼らはのっぴきならない事情のため動機を隠しているかもしれないということです。金庫に保管されていた封筒から会費が一部抜き取られていたという認識はあくまで事件発生時の状況に基づくものでしかありません。そして学察捜査員にそう誤認させることこそこの事件を引き起こした人物が意図したものでした」

「端的に言ってしまうと,金庫に鍵がかかっていなかったのは川端先生が掛け忘れたからじゃなくて,他の先生がロックを解除したからだったんだ。人の目が多いせいで封筒の中から会費を一部抜き取ることができなくても,金庫の鍵を開けるだけならデスクの陰に隠れれば見咎められずに済む確率はかなり高かったはず。それに先生だったら咄嗟に言い逃れることもできないわけじゃない」

「おそらく金庫の鍵を開ける役目を負ったのは鳴滝先生でしょう。職員室でのデスクの位置が川端先生の対面ですし松校での勤続年数は20年と長期に亘っており当然金庫を扱った経験もあります。それに勤続年数が長いとそれだけ周囲は問責しにくいでしょう」

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