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学園探偵  作者: 阿久井浮衛
第4課 学園探偵
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4

「うーん,そう言われてもなぁ」

 渋い顔で川端先生は首を擦る。学園に赴任してからまだ3年目の彼は,教師としてのキャリアも短く今年で6年目。学部卒業後は院に進学したそうだから年齢は30歳。180センチを超える長身で優しげな顔持ちのためか,堅苦しくない口振りのせいかは知らないけれど女子生徒の間では人気が高い。担当教科は名字に反して数学と情報。2年8組の担任でもある。

 わたしが川端先生に新入生歓迎会費窃盗事件について話しを聞きに行ったのは真守ちゃんから話を聞いた日の2日後,つまり7月9日水曜日の昼休みだ。事件当日も今と同じような状態だったのだろうか,先生のデスクから見回すと教室を4つ横に並べたくらいの広さがある職員室の中は大勢の教員と生徒の活気で満ちている。

 大体学年別に先生方のデスクは「島」のように一帯を形成しているのだけれど,職員室の奥側,2年の島を越えて向こう側にある3年生のゾーンが一番人口密度は高い。本格的に受験戦争が火蓋を切ったからか,年が明けてからというもの月を経るごとに休み時間や放課後質問に来ている先輩方の数は指数関数的に増えているようだ。

 先生達の応対にもそれぞれの色が現れており,行列を作ってでも1人ずつ丁寧に説明している先生もいれば,最早少人数教室のようにまとめて解説している先生もいる。活気付いているというより殺気立っていると表現する方が妥当に思えてくるほどで,とにかく人の流動が激しい。3年生が職員室から出て行くためには下級生の領域を超えて行かなければならず,監視の目という意味では彼らが大きな役割を担っていると言える。

 それと比較するとこちら側,職員室の2/3を占める1,2年生の島は余裕がある。質問に来ているらしい生徒もちらほらいるけれど,それ以上に部活やら委員会の関係で顧問や担任の先生を訪れている人が大多数のようだ。先生方の様子はというとおにぎり片手に小テストの採点をしたり次の授業の計画を練ったり,ゆったりとした雰囲気の下で仕事をしている。

 言い換えれば視野が狭くなっていないから不審な行動をする生徒がいればすぐ気付くことができるということだ。川端先生の対面にも確か勤続年数20年というベテランの先生が座っており,人目を忍んで会費を盗み出すことは不可能のように思える。

「もう3か月も前のことだからあんまり覚えてないぞ。詳しいことは事件が起きた後学察の捜査の時に話したんだから,調書を読んだ方が良く分かると思うが。というか,何で終わった事件について調べているんだ?」

 顧問とはいえあくまでお飾りであるからか,川端先生は学察の現状にはあまり興味がないようだ。実際,興味のない教員や生徒にとってはその程度の問題でしかないのだろう。そのような相手にその理由を話すことに大した意味があるとは思えない。

「ちょっと気になる点があるので,その確認をしたいだけです。すぐに終わりますから」

「ふうん,まあいいや。取り敢えずここ座って」

 先生はそう言って,デスクの傍に置いてあった小さな丸椅子を差し出してきた。それから机の上に広げていた何かの書類を大雑把に片付ける。

「失礼します。さっそくですが先ず確認したいのは,あの日先生が職員室から出て行った時に金庫はロックされた状態だったのかということです」

 学察の正式な捜査ではないのだけれどわたしの単刀直入の質問に面食らう気配もなく,それどころか川端先生は苦笑すら浮かべて見せた。

「まあ,最低限そこだけは確定しておきたよな。ただ残念ながら鍵を掛けたとも掛けてないとも,自信を持って断言できない。はっきり記憶しているわけじゃないんだ。ぶっちゃけると未納分の徴収役を任されたのはあの時が初めてでさ。さすがに生徒からお金を預かる手前管理には気を付けていたつもりなんだけれど,現に盗まれている以上実際のところ鍵を掛け忘れてしまったんだろうな」

「一応の確認なのですが,生徒がその金庫の鍵を開錠するナンバーを知ることは可能ですか?」

「いや,無理だろうね。俺だって担当が回ってくるまで知らなかったし,知らされたのは教頭先生に口頭で伝えられたから万が一にも,いや極が一にも生徒に開錠の番号を知る機会はなかったと言っていい」

 にやり,と川端先生は試すようにわたしを見た。進学校の数学の先生らしい表現だとは思うけれど,一々取り合うのはうざったかったので敢えてスルーして次の質問を投げかける。

「金庫はどういうものだったんですか?」

「普通にネットショッピングで買える代物だぞ。あ,でも値段は高かったらしいから防犯対策という意味では結構しっかりしてるかもな。少なくとも高校生がちょっとやそっと勉強したくらいで破れるレベルじゃない。えーっと,大きさは大体外寸で300ミリの3乗くらいかな」

「あ,じゃあ意外と大きいんですね」

「そうなんだよなー。管理に際して特に置き場所に指定はないんだけど,場所取るから徴収を任されたほとんどの先生は机の下に置いていたみたいだ。俺もここに置いていたんだけれど」

 と,川端先生はわたしの足下にあるサイドデスクを指差す。それから声を潜め,わたしの耳に顔を寄せて囁いた。

「正直じゃまくさくて仕方なかったんだよ。ほら,通路側に置くわけにもいかないし。だからある意味では起こるべくして起きた事件って気がしないでもない」

 川端先生のデスクは職員室の出入り口から見た時の左端で,右隣を8組の副担と接している。先生のデスクの左側は職員室の出入り口に繋がる通り道だから,必然的に金庫を置くスペースはサイドデスクの手前辺りに限られてくる。

 先生方にとって金庫はサイドデスクの引き出しを引く時の障害でしかなかったのだろう。ただ金庫を開けるためにはしゃがみ込まなければならず,そうすることでデスクの影に姿を隠すことができるという条件は捜査する側の人間にとって何か重大な意味を持つように思われて仕方ない。

「職員室に戻った後しばらくして,会費の集計をしようとした時被害に気付いたと聞いているんですけれど,その時のことを詳しく教えてもらえますか」

「弁当食べて,未納分の会費が揃ったから集計しようと思ったんだ。会費が集まったその日の内に振り込みに行くことは決めていたから。それで金庫のロックを解除しようとしたら,そもそも鍵が掛かっていないことに気付いてさ。その時点ではまだ変だなーくらいにしか思ってなかったんだけれど,集計している内にいくつかの封筒から会費が抜き取られていることに気付いたってわけ」

「それ以前に封筒の中身を確認することはなかったんですか?」

「ああ,人数が多いからまとめて確認した方が手間は省ける。あれだろ,そもそも封筒に入っていた金額が不足していた可能性を考えているんだろう? 俺だって会費が不足している1つ目の封筒を見つけた時はてっきり入れ忘れているやつがいるんだと思ったよ。だけど集計を進めていくと他にも金額が不足している封筒がいくつも見つかったんだ。その全部が入れ忘れと考えるには数があまりにも多いってことで,ようやく盗難の可能性に思い至った。実際,会費を盗まれた生徒は確かに必要分の金額を封筒に入れたと証言しているんだろ」

 担当ではなかったので正式な捜査情報を把握しているわけではないのだが,わたしが聞いた限りではどうもそのようだった。だからこそ学察でも盗難事件として認知したのだろう。

「するとロックが解除されていた時間は凡そ20分間と考えていいわけですね」

「そうだろうな。もっと言えば俺が戻ってきてからは,仮に誰であろうと盗み出そうとした時点で気付けたはずだから,盗み出されたのは昼休みの間と見て間違いない」

「ですが,逆に言うとその間は誰であろうと盗み出すこと自体は不可能ではなかった?」

「まあできないことはないが,かなり難しいと思うぞ。確かにしゃがみ込めばデスクの下に身を隠すことはできるけれど,この横の列からは丸見えなわけだしいつ誰が近付いてくるとも分からない。そんな状況で封筒を無作為に選んで会費を少しずつ抜き取るなんて芸当,普通は不可能だろ。自首した生徒はどんな方法で盗み出したって言っているんだ?」

「担当じゃなかったので知りません。えっと次の質問なんですが,そもそも歓迎会費の未納者って何人くらいいたんですか?」

「確か,40人弱じゃなかったかな」

「その内会費を抜き取られていたのは?」

「12人分。ひょっとしてお前も未納者のリストが欲しい口だったりするのか?」

「お前も?」

 何気なく発せられた言葉尻に怪訝を覚えて繰り返すと,川端先生は不思議そうに後頭部を掻いた。

「ああ。先週だったかな,井上も新入生歓迎会費が盗まれた件で話を聞きたいってやって来たんだよ。ほら,あの学園探偵。正式な事件の調査だって言っていたけど,よくよく考えてみれば事件は終わっているんだからそれっておかしいよな」

 先生は同意を求めるようにそう首を傾げるけれど,わたしとしては怪訝よりも驚きの方が大きい。

 井上とは先月の事件以降会うことができていない。科学部は彼が唯一の部員らしいのだけれど,その部室でもある物理学教室を機があるごとに覗いてはいるものの,今はほとんどあそこに寄り付いていないらしい。休み時間彼の教室を訪ねても常に出払っていたので不思議に感じてはいたのだけれど,どうやら新入生歓迎会費窃盗事件について調べていたようだ。

 足取りが一向に掴めないでいた探偵の消息に思いがけず接近できて,わたしは逸る気持ちを中々抑えきれなかった。

「井上君も事件のことを調べていたんですか? どういうことを聞いていました?」

「大体同じようなことを聞かれた,かな。たださっきも言ったように未納者のことを妙に気にしていたのが印象的だったな。あまりにもしつこいんでそのリストに,会費が抜き取られていた生徒にマーカーを付けたものを渡しておいた。正式な捜査だって言うし別段悪用できるような情報じゃなかったから深く考えずにリストを渡したんだけど,やっぱり個人情報だしまずかったかな」

 管理が行き届いておらず生徒から集めた会費を盗まれた挙句,相手は生徒とはいえ個人情報を漏洩した責任を案じているのだろう,川端先生は再び渋い表情を浮かべた。だけど,井上が何に勘付いているのだろうということに意識を奪われていたわたしには,その顔も職員室の喧騒と同じく思考を掻き乱す煩わしい雑音に等しかった。

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