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学園探偵  作者: 阿久井浮衛
第4課 学園探偵
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3

「まあ,どっちにしろ先輩もその庇われている後輩も自分から口を割ることはないだろうから物証を突き付けるしかないよね。例えばなんだけど,新聞部の方で是枝先輩の後輩が事件当日職員室に踏み入っていた,なんて情報は入ってきていない?」

「ないですね。新聞部には内部進学組が多いんですけどその手の情報は入ってきてないです」

 窃盗犯であるかもしれないのに態々自分からそれを名乗り出るような真似をする人間はいないだろう。実のところ新聞部の情報網を試す意味合いが強かったのだけれど,この辺りが限界らしい。学園内で流布する膨大な情報を日々取り扱っている彼らが把握していないとなると,そもそも誰もその場面を目撃していないか既に忘れてしまっているかのどちらかという結論に至る。この情報が今後上がってくる見込みは低そうだ。

「……こうして事件を振り返ると,やっぱり蓋然性が低い点がどうしても気になります」

 身を乗り出してわたしのメモ帳を覗き込みながら真守ちゃんは眉を顰める。カウンターの壁の,天井近い高さに掛けられた時計を振り返ると分針は文字盤の8の辺りを指している。移動や授業の準備にかかる時間を考えれば,あと長くても5分が限界だろう。

 わたしは頬に掛かる髪を払いのけて彼女の疑問に応じる。

「そうね,鍵や目撃の点に関してはもちろんそうなんだけど,そもそもの話を言えば川端先生が席を立ったのも恣意的に思えてしまう」

「ですが,確認を取ったところ先生は学察の顧問を務めているのですが,席を立ったのも学察の人に経理や書類への記名などを頼まれて学察本部に向かったからだそうです。例えば会費を盗み出した生徒に共犯者がいて,その人が先生を連れ出したという可能性を考えていたんですけどそれもなさそうです」

 形式上,学察はあくまでも一部活動に過ぎない。そのため名目上顧問を置く必要があるのだけれど,学察の性質上教員が積極的に活動へ指示を出すのは好ましくない上特別な技能が求められるわけではないから,顧問として選ばれるのは専ら若手の教員ばかり。要するにお飾りだ。

「つまり状況から考えると偶然金庫の鍵を掛け忘れたまま会費を管理する先生が席を立って,偶然あの日職員室に入った生徒がそれに気付いて,偶然誰にも犯行を目撃されないまま会費を盗み出したってことになる。全くありえない話じゃないんだろうけれど,確率はかなり低いだろうね」

 かなり低いなどと柔らかい表現を用いたけれど,実際のところそれはほとんど0に近いくらい起こり得ない確率だろうとわたしは確信していた。だけどそうでないと考えた時の困難さに行き当たったのか,真守ちゃんは呟きのような小さな声で言った。

「仮にお兄ちゃんが誰かを庇っているとしても,真犯人を突き止めるためには具体的なトリックを見破る必要があります。でもどうすれば鍵の掛かった金庫から誰にも目撃されることなく会費を盗み出すことができたのでしょう。それも封筒は残したままに,です」

 そんな犯行を完遂する難しさを考えると,まだしも偶然が重なる機会を待っていた方が現実的な気もする。白昼堂々誰にも目撃されずあっさり金庫を破ったとするとその犯行は鮮やかかつ大胆不敵で,まるで小説の中に出てくる大怪盗による手口のようだ。

 物語にはそれを追い詰める名探偵が登場するものだけれど,あの探偵君は今どこで何をしているのだろう。

 能面のような無表情がわたしの脳裏に浮かんだ。

「……そろそろ,授業が始まりますね」

 考え込んでいたわたしは控えめな真守ちゃんの声にはっと我に返る。時計を確認すると,確かにそろそろ移動し始めた方がいい時間帯だった。メモ帳を閉じながらわたしは立ち上がる。

「取り敢えず,何らかの方法で昼休みに誰かが会費を盗み出したって方向で調べてみるね。真守ちゃんの方でも新しい情報が入ってきたら教えて」

「先輩,あの」

「ん? 何?」

 しかし真守ちゃんはしばらく黙りこくって,長い時間逡巡した素振りを見せてからようやく口を開いた。

「……お兄ちゃんは,本当に無実なのでしょうか」

 消え入りそうな声で零れ落ちた言葉を何とかわたしの耳は拾い上げることができた。けれどその言葉以上に,こちらを見上げる不安そうな瞳が雄弁に彼女の心境を物語っている。

 兄が事件に関与しているのではないかという不安からその手がかりとなり得る記事を湮滅しようとしたくらいの子なのだ,先輩が犯行を申告した時に彼女が受けた衝撃は計り知れない。それに身内が窃盗犯であるという形で事件は一応の解決を見てしまったため周囲の彼女への対応もそれまでとはすっかり様変わりしているのだろう。信じ続けたいのに本人が犯行を認めた上,冷ややかな視線に晒され続けた結果ここにきて精神が擦り切れてしまったのだ。

 彼女の湿潤な瞳に,わたしはかつての自分を見た。

 気付いた時には両手で彼女の手をそっと包み込んでいた。真守ちゃんの手は小さく,夏だというのに冷気に中てられたせいか指先が冷たい。

「大丈夫。他の誰が何を言おうと,わたしは先輩が犯人じゃないって信じてる。真守ちゃんと同じようにね」

 自分でも,必要以上に感情的になっていることが分かった。それでも真守ちゃんに今必要なことは兄を信じ続けるため支えとなる言葉だと思ったし,わたし自身,先輩が窃盗犯でないと確信していたからこの言葉に嘘はない。

 真守ちゃんは涙を堪えるように瞼を震わせてから「はい」と湿った声と共に,自分を鼓舞するように頷いた。

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