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学園探偵  作者: 阿久井浮衛
第3課 轗軻不遇
40/54

11

 週が明けた月曜日の,始業前。

「ありがとうございました」

 わたしはA棟1階の応接室にいた。容疑を晴らしてもらったお礼を言うためだ。向かいに座った時田さんは照れくさそうに手を振る。

「いいよ。学察としてもどのみち解決しなきゃいけなかったわけだし,俺は自分の仕事をしただけだ」

 そう言って,ごまかすようにコーヒーを啜る。どうでもいいが,いくらクーラーが効いているとはいえ夏の初めのこの時期にホットは熱くないのだろうか。

「あの,いくつか聞きたいことがあるんですが」

「ん?」

 時田さんが一息吐いたのを見計らって,わたしは本題を切り出した。お礼というのは建前で,端から事件について質問する腹積もりだった。

 時田さんが何かを言う前に,先にこちらから切り出す。

「時田さんは,わたしが依頼する前から事件を調べていたのではないですか?」

 この2日間考えた結果そう思った。いくらなんでも,わたしからの依頼を受けて事件について調べ始めたにしてはあまりにも物証が揃い過ぎている。予め柳町さんを疑っていなければ説明がつかない。

 時田さんはしばらくしげしげとわたしの顔を見返した後,ふっと唇の端を緩めた。

「まあ,そうだよ。柳町さんこそを最有力の容疑者と考えて,1課とは別に聞き込みを行っていた」

「じゃあ,わたしと会ったのは偶然ではなかったんですか?」

 気付いた時には,喉が勝手に固唾を呑んでいた。

 わたしが一番引っ掛かったのはこの点だ。もし時田さんが最初から柳町さんを疑い独自に事件を調べていたなら,ずっと事件に関わるきっかけを探していたのではないか。例えば,その時1課で容疑者と見られていたわたしから,依頼されることを全く期待していなかったのか。

 実際に容疑を晴らしてもらった手前それに何か言うつもりはないけれど,そうだとするとわたしは利用されたことになる。

 しかし,時田さんはあっけらかんと笑ってこれを否定した。

「いいや。あの時も言ったと思うけれどそれまで俺は加賀さんのことを全く知らなかったよ。というか正直に言うと,あの推理は俺が思い付いたわけじゃないんだ」

「へ?」

 堂々と謎解きをしていた人と同一人物とは思えないくらい自信がなさそうな表情を浮かべて,時田さんは頬を掻いた。

「これも前に言ったと思うけど,3課の課長が現場検証の時点から事件に関わっていてね。そいつが1課の方針に反して独自に調べを進めていたんだ。俺はその手伝いをさせられていたから,そもそも加賀さんのことどころか事件の概要すら知る機会すらなかったってわけ。加賀さんに依頼された時初めて大まかな事件の流れを知ったし,あの推理を聞かされたのも先週金曜日の昼休みだったからね」

 本当に,謎解きの直前まで真相を知らなかったということらしい。ほとんど部外者というか,事情を知らない状態で関係者の周辺を嗅ぎ回っていたことも十分驚きに値するけれど,そんな状態でよくもまあ自信満々にわたしの依頼を引き受けられたものだ。

 ふとその丸腰の相手に縋った自分を思い出し,若干の恥ずかしさを覚える。

 というか,どうして事情も良く知らされていないのに捜査に取り組めたのだろう。余程3課の課長を信頼しているのだろうか。どんなに長くても顔を合わせてからまだ4ヶ月も経っていないはずなのだけれど。

「その3課の課長さんは,どうして柳町さんが怪しいと思ったんですか?」

「教室で指紋を採取している間,犯行時刻が確定していないにも関わらず柳町さんが2限目に犯行が行われたと誤認させるような証言を繰り返しているのを聞いて不審を覚えたんだと。確か,集団で事件に関し証言する時に他者への同調や誤った記憶の形成が起きることが心理学の実験で明らかになっているんだが,それにしても柳町さんの証言は恣意的というか,他の生徒の証言を誘導するような指向性を含んでいたって言っていたか」

 柳町さんは,教室を密室と思い込ませることに躍起になり過ぎたということだろうか。いやでも,わたしだって誘導を受けることなく犯行時刻を錯覚してしまったわけだから,譬え誘導を受けたとしてもそれに違和感を覚えることはないのではないだろうか。単純に,それだけで事件の全容を紐解いてしまうその課長さんの勘が鋭敏過ぎるのかもしれない。

「先週,時田さんは飽く迄わたしの容疑を晴らすための提案と言っていましたが,初めから柳町さんに犯行を認めさせるつもりだったんですよね?」

 そうでなければ態々柳町さんと宇尾野まで呼ぶ必要はないし,犯行を認めさせるだけの物証を揃えておく必要もないはずだ。

「うーん。あわよくば犯行を認めてもらえないかなあ,ってくらいの考えだよ。昼休みに聞かされたのは飽く迄推理だったからね。それと合致するように上手く指紋や監視カメラの映像は得られたけれど,俺の考えとしては,できれば聞き込みで宇尾野さんが柳町さんからミステリ研の冊子を取っていたという証言を得るとか,もう少し裏付けを進めておきたいってのが本音だったよ」

 時田さんは飽く迄白を切るけれど,本当の狙いはやはり宇尾野と柳町さんの関係改善だったのだろう。依頼は飽く迄わたしに対する嫌疑を晴らすことだ。時田さん自身が言っていたように,犯行時刻が2限目でない可能性を指摘できれば一定の成果を上げたと言うことができる。

 それなのに物証を柳町さんに突き付けたということは,単に犯行を認めさせる以上にあの2人の関係性をこのまま維持し続けることが望ましくないと判断したからに違いない。

 2課は容疑者であろうと味方になる。

 その言い分に反しないし彼自身が推理したわけじゃないと聞くと拍子抜けしてしまうけれど,本来の依頼から逸脱して今回のような解決を齎す辺り,見かけによらずかなり強かだ。

「……あれで良かったのでしょうか」

「ん? 何が?」

「柳町さんと宇尾野さんです。確かに宇尾野さんは自分勝手な考えだけで柳町さんを振り回していただけではなかったですし,柳町さんも耐え忍ぶだけで宇尾野さんに面と向かって自分の意見を言おうとはしていませんでした。一応の和解は見ましたけれど,これまで培ってきた関係は中々変えにくいし,気持ちの整理にも時間がかかるんじゃないですか……」

 寧ろ,お互いの気持ちが半端に分かってしまったからこそぎこちない関係になってしまうのではないか。柳町さんにしてみれば宇尾野はずっと憎しみの対象であってくれた方が精神衛生上はともかく思い悩むことがなかったわけだし,宇尾野にしたって自分のこれまでの好意が柳町さんを苦しめていたことを知り,後悔せずにはいられないはずだ。

 罪を憎んで人を憎まずというのは事件の解決としては美しいのだろうけれど,その後の当事者の関係性にまで目を向けるとある意味では残酷な考え方ではないだろうか。

「さあね。こればっかりは本人の問題だから,周りが口を出す筋合いはないと思うけれど。ま,それで困ったことになったら2課に依頼するよう働きかけるしかないさ」

 喰えない人。

 とぼけた顔でごまかす時田さんを見て,そう思った。

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