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学園探偵  作者: 阿久井浮衛
第1課 燃える密室
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4

「因みに,何を揉み消したわけ?」

「それを学察関係者に知られた場合私は学察からの依頼を断らなければならないばかりかおそらくこの学園に籍を置けなくなるでしょうね。知らぬ存ぜずで通すのがお互いのためです」

 ふと,言葉を区切ると井上はここで憐れむような目を向けた。

「大体あなたも本当に学察に身を置いているのなら人に聞いているばかりでなく自分で真相を明らかにしてみてはどうです。というかその頭でよく学察に入れましたね。時田さんの御心労が偲ばれようというものです」

 ……よぉーく分かった。こいつは無感動ではなく無表情で,徹頭徹尾感情を隠し通しているけれど,人を虚仮にする時には女優張りに顔を作る。そして何より,この学園に巣食う悪の権化はこいつだ。

 いつか絶対お前の揉み消した不祥事ってやつを日の目に晒してやる!

「あったあった,これだ。」

 渡は(こんなやつには敬称も不要だ)なにやら分厚いファイルを取り出してきた。その様子を眺めながら,もうこいつらの口から何が飛び出してきてもツッコミを入れないようにしよう,と心に決める。一々リアクションをとっていたらこっちが疲れるだけだ。気持ちが十分投げ遣りになるのを待って,口を開く。

「何これ?」

「俺が受け持っている生徒の成績表。この中から成績が悪い連中を選び出して,情報と引き換えに成績を水増ししてやるよう呼びかける」

 ツッコミ所満載だった。

「教師の方からそんな独善的な理由で不正働くなんて聞いたことないし,そもそも生徒に見せちゃいけないでしょう!」

 あっさり決意は覆された。わたしは意志薄弱だろうか?

「ほら,言うだろ? 不正を隠すなら不正の中って」

「言わん!」

「あれ? これ対外模試の結果も混ざってるわ」

「これは……」

 と,井上が不意に1枚の成績表を手に取る。

「どうしたの?」

「国語168点で学年172位。数学156点で学年286位。英語は130点で学年304位。日本史・政経が168点で学年168位。生物が86点で学年161位。情報が82点で学年181位。総合順位188位。全国偏差値64」

「ってわたしのじゃん!」

 慌てて手元から成績表を奪い取るも,井上は馬鹿にするように両手を挙げる。

「この点数はきついですね。数学は程々ですし文系に進もうにも英語が悲惨です。暗記系の科目でひたすら泥臭く点数を稼ぐしかないのでは?」

「うっさい黙れ!」

 チックショー,こいつの成績表はどこだっ!? わたしは悔し紛れに井上の成績表を探す。こいつは確かに頭がいいらしいが,勉強ができるという話は聞かない。順位暗記して言い触らしてやる。

 すぐに井上の成績表は見つかった。しかし,わたしは固まって動けなかった。

 国語198点,学年1位。数学200点,学年1位。英語199点,学年1位。世界史・政経200点,学年1位。生物・科学200点,学年1位。情報100点,学年1位。総合順位1位,全国偏差値94。………頭良っ!

 身動ぎできないところに,渡が追い討ちをかける。

「ああ,こいつは入学以来ずっと全教科学年1位だぞ」

 そうか,誰もこいつと話さないから成績も伝わらないんだ。

 わたしは学園7不思議にも数えられている,謎の学年1位が誰だか知ってしまった。「では新聞部保管庫で起きたぼやについて情報を集めておいてください」と井上が渡に頼む声が,随分遠く聞こえる。

 ……見られても別に困らないよ? みたいな余裕がムカツク!

「よろしくお願いしますよ」

 井上はそう言って,机の上に何故か積まれている飴に一瞬ちらりと目を向けた。そうかと思うと,それを鷲掴みにすると逃げるように素早く準備室から出て行ってしまう。

「あ,俺の飴ちゃん!」

 渡は一瞬腰を浮かせかけたものの,追い付けないと悟ったのか「探偵じゃなくてスリじゃねぇか」と呟くと深々と座り直す。

 タバコも吸うけど飴も食べるんだ。

 と変なところに感心しつつ,わたしは井上の後を追う。準備室を抜けて物理学教室に戻ると,そこに井上の姿はなかった。代わりに,開け放された扉が向こうの廊下を覗かせている。

 本っ当,自分勝手なやつ。

 息を吐く間もなく,出口まで教室を横断してその背中を追いかける。井上はわたしが付いて来ているかどうかも確認せず,どんどん廊下を進んでいた。その足取りに迷いはなさそうだ。飴でぷっくり膨らんだ,ブレザーのポケットが間抜けだけれど。

「ねぇ,どこに向かっているの?」

 追い付いてやっと隣に並ぶものの,井上の歩調は思いの外速い。軽く乱れた呼吸を整えながら尋ねると,井上は気遣う素振りすら見せず前を向いたまま淡々と応じた。

「不審火が起きた新聞部の保管庫に向かいます。現場検証というやつです」

 もっとも時間が経過しているため目ぼしい物証は得られないでしょうけれど。井上はあっけらかんとそう言い放つが,わたしはその言葉に絶句する。

「ってちょっと待ってよ,新聞部に話通してあるの?」

 一縷の望みをかけて,時田さんが手配している可能性を思いつく。けれど井上はばかにするような口調で続けた。

「通してあるわけないでしょう。寧ろ突発的に訪ねるからこそ意味があります」

 それは何となくわかるけれど……。

 さっき対面してからというもの,こいつの思考回路には首を傾げずにいられない。断られるということを考えていないのだろうか。というか,よしんば許可をもらえてもあまりいい顔されないことは予想がつくだろうに。こいつは左脳ばかり発達して右脳の発達はわたしよりも遅れているのではないだろうか。

 そんなことを思っている内に,はたと気付く。このまま突撃した場合,新聞部の方々から少なからない反感を買うことになるだろう。それが井上にだけ向けばいいけれど,もしわたしに,延いては学察に向くならそれは好ましくないんじゃないか。いや人間関係云々の話ではなくて,単純に独自の情報網を持つ新聞部との関係悪化は,これからの捜査に大分影響してしまわないか。

 確か,先輩達の中には新聞部とのパイプを持っている方も多かったよね。

 さっと脳内から血の気が引く。こいつは多分,一度言い出したら意見を曲げないタイプだろうし……。

「先に行って許可もらっとくから,直接保管庫に行っといて!」

 結局ろくに動機が治まらないまま,わたしは新聞部の部室へ駆け出した。

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