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学園探偵  作者: 阿久井浮衛
第3課 轗軻不遇

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37/54

8

 それから2日後の金曜日,放課後。


「事件に関して話したいことがあるって言うから来てみれば……この面子はどういう意味だ?」


 集められた顔を見て,熊さんこと涌野先輩は時田さんに問うた。


 場所は1年4組の教室。集められているのはこの他にわたし,宇尾野,柳町さん,梓,眼鏡の6人だ。


 7月も半ばを過ぎ,まだまだ高いところにある陽が射し込んでいる教室で,教壇に立った時田さんはほほ笑む。


「これから謎解きが始まる,ということですよ」


 その余裕のある声に,わたしの頭の中には文庫本の中の名探偵のイメージが自然と浮かんできた。けれど放課後待たされて機嫌が悪いのか,宇尾野は威嚇するようにハッと鼻で笑った。


「謎解きも何も,誰がパクったかなんて分かり切ってるじゃん。っていうか,あんた2課の捜査員なんでしょ。関係なくない?」

「それが関係なくないんですよ。加賀さんから窃盗の容疑を晴らすよう正式に依頼を受けました。真犯人の検挙に時間がかかっているのは物証を集めているからで,近い内に1課の方が事件を解決するとは思ったのですが,正式な依頼となると課の垣根を越えて迅速に解決する必要があると思いこうして主要な関係者に集まってもらったというわけです」


 明らかな社交辞令に聞いているこっちが肝を冷やしてしまいそう。現に熊さんは気に障ったように眉を引くつかせた。


「ってことは何か,お前には事件の真相が分かっていると言うことか」

「いえ。飽く迄依頼は加賀さんに対してかけられた容疑を晴らすことです。なので,これから俺がやることは提案です」

「提案?」

「はい。加賀さんに容疑がかけられているのは,被害者の内唯一彼女にだけアリバイがないからですよね。つまり彼女以外にもこのクラスの生徒で犯行が可能であることを示せれば,彼女だけを容疑者とする合理的理由がなくなります。つまり提案とは犯行可能性の仮説の提案という意味です」


 もちろん,証拠集めに堪えうるだけの仮説ですが。


 そう付け加える時田さんの表情を,熊さんは疑うような目付きで凝視する。


 当たり前だ,時田さんがこれから崩そうとしているのはアリバイだけではない。アリバイを崩した上で,密室を解かなければならないのだから。


 わたしがまだ容疑者の段階に留まっているのは,その密室トリックが解き明かせていないからという理由も大きいだろう。それなのに,わたしから依頼を受けて高々2日間で時田さんにはその謎が解けたというのだろうか。


「ですが,そもそも加賀さん以外に犯行は物理的に不可能ではないですか? 事件が発生したのは先週月曜日の2限目。その時間加賀さん以外の生徒は皆確かに体育の授業を受けていることが確認されています。移動や授業の途中に抜け出して,教材を落し物BOXに運搬したと考えるのは無理があるかと」


 手帳を捲りながら疑問を呈したのは例の眼鏡だ。理知的に,飽く迄も客観的に判断しようとする態度に思うところがないわけではなかったけれど,時田さんはすぐに応対してくれた。


「その前に確認しておきたいのですが,1課ではこのクラスの生徒以外の者が犯人である可能性をどの程度検討しているのですか? さすがに学校外の人物が侵入した可能性は考える必要はないかと思いますが」

「事件当日の欠席者と遅刻者を中等部含め確認しました。その中から先ず事件発生以降登校した遅刻者を除外し,残り18名のアリバイを確認しました。その結果欠席者4名を除き全員にアリバイがあることが確定しました。その残りの4名にしても,当日の監視カメラの映像から校内にそもそも足を踏み入れていないのではと考えています。また,2限目の間職員室に入室した生徒がいないことも先生方に確認を取っています。鍵は職員室の最奥,入口から見て教頭先生の机を越えたところにある鍵掛けに掛けられており教頭先生も在室していたそうですから,先ず入室した生徒が目撃されないということはないでしょう」


 欠席者と遅刻者のアリバイまで検討していることは知らなかった。でもそこまで徹底的に検討したからこそ,事件発生時校内にいて唯一アリバイに関し何の裏付けも取れていないわたしに1課は固執しているのだろう。先生方の目撃証言がしっかりしていたことが不幸中の幸いか。


「ふーん,なるほどね」


 ぼそりと,誰に言うというわけでもなく時田さんの呟きが聞こえた。見ると,顎に指をあてながら不敵な笑いを浮かべている。熊さんはこれから時田さんが言わんとすることが分かったのか,気まずそうにぼりぼりと頭を掻いた。


「確かに密室から盗み出したトリックはまだ思いつけてねーよ。だが先生方だって四六時中鍵を見ているわけじゃないし,時間をかければ物証だって」

「いえ。申し訳ないのですがそう考えている時点で真犯人の術中に嵌っています」

 釈明を遮られたにも関わらず,熊さんは不快そうな顔にはならなかった。代わりに怪訝そうに目を細めている。発言の真意が読み取れなかったのは熊さんだけじゃない,その場の空気が不意に張りつめたそれに変わった。


「どういうことだ?」

「前提から間違っているということです。先週月曜日の2限目に密室だった教室から教材などが盗み出され,アリバイのなかった加賀さんが疑わしいと判断された。1課の認識はこうですよね?」

「それのどこがおかしい?」

「どうして,犯行が行われたのが2限目だと断言できるんですか?」

「は? そりゃお前,2限目の休み時間被害生徒が盗難被害に気付いたからだろ」

「それは飽く迄その時被害に気付いたという意味に過ぎません。厳密には,犯行は2限目以前に行われたとしか言えないはずです」

「いや,待て待て待て」


 熊さんは右手を額に当てて,左手を時田さんに向けて制した。


「2限目が始まる前の休み時間,このクラスのほとんどがロッカーを開けて体操服を取り出しているはずだ。その時点ではまだ被害には遭っていなかったし,10分程度の間に盗品を移動させることができたとは考えられないだろ」

「ですから,その認識が誤りなんです。実際には被害に遭っていなかったのではなく,被害に気付いていなかったのですよ。このクラスのほぼ全員が自らのロッカーの中を見たにも拘らず,教材が盗まれていることに気付けなかったんです」

「……盗まれたのは主に教科書だったか?」


 何かに気付いたのか,熊さんは呆然と呟く。眼鏡は戸惑いながら手帳を捲った。


「はい,他には部活関連で譜面やスケッチブックなどが盗まれている生徒もいますが」


 今度はわたしの隣にいた梓が,息を呑む音が聞こえた。


「盗まれた物は全部,薄くて積み重ねられるような物だった?」

「その通りです。ほとんどの人はロッカーに,一々家に持って帰るのが面倒な教科書を置いているかと思います。そしてこの学園のロッカーは中を仕切り版で区切られているため,教科書を立てて入れることは不可能です。また横幅も限られているため必然的に教科書は縦方向に寝かせて差し入れることになります。つまりロッカーの扉を開けただけで見ることができるのは精々表紙だけということです。その上更に何冊もの教材を積み上げているなら,一目見てはっきり『ある』ことが確認できるのは一番上の教科書だけということになります」

「言われてみれば確かに,体操服をロッカーに入れる時はいつも教科書の上に置いていますね」


 眼鏡も納得したように頷いた。


 夏のこの時期,誰だって体操服を一旦着用してしまうとその日の内に持ち帰っているだろう。つまりロッカーから出し入れする頻度が高く取り出しやすい場所,教材の上に置くのが便利だ。そもそも教材の下に置いた場合体操服は潰れてしまうし,上の教材が不安定になってしまうからそんな人は滅多にいないだろうけれど。どの道体育の授業に備えるだけなら,ロッカーを開けたとしても体操服だけを見てしまうのは自然なことかもしれない,けど。


「だけどクラス全員が気付かないなんてことがあり得るか? それにもしお前の言う通り犯行時刻が2限目以前,例えば始業開始前だとすれば,ひょっとしたら1限目の前に犯行が発覚していた可能性もあるよな」


 それは犯人にとって不都合な展開になるよな,と熊さんはわたしと同じ疑問を呈示する。


 例えば月曜日の1限目は数学だったわけだけれど,教材をロッカーに置いている物臭な生徒が授業開始前にそれを取り出すことだって全くあり得ないわけではない。その場合は体操服を取り出すのとは訳が違って教材に手を触れて確認するわけだから,盗難の被害に気付く可能性がぐっと高まるはずだ。そうすると密室でもなくなるし,アリバイがない生徒の中に犯人が含まれることも考えられる。


 まあ,犯行時刻が早朝だったなら多くの生徒にアリバイがなくなるだろうから,後者はそこまで致命的ではないのだろうけれど。それでもわたしだけにアリバイがないという状況の方が望ましいのは確かだ。

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