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学園探偵  作者: 阿久井浮衛
第3課 轗軻不遇
33/54

4

 爆睡してしまった。

 昼休み。思っていた以上に寝てしまったあの奇妙な罪悪感に頭を抱えながら,わたしはB棟の階段を最上階目指して上っていた。自然と口を突いて出る溜息は,学校独特の騒がしさに掻き消されていく。

 あの後,保健室に向かったら(アラサ―だけど童顔のおかげで平巻きにした髪がやけに似合っている)養護教諭に体温を測らされた。

 37度6分。基礎体温の低いわたしにすれば高熱と言っていいレベルだ。やはり夏風邪らしい。

 一先ず保健室で横になっていたのだけれど,そのまま丸々2時間意識を失ってしまった。今は時間を無為に過ごしてしまったことを後悔しながら教室に戻っている最中,というわけだ。

 付言しておくと,体調不良もばつの悪い気持ちも仮眠を取ればすっかり忘れてしまう程自分は図太いという,できれば知りたくなかった事実もこの後ろ暗さを後押ししている。

 ようやく最上階まで階段を上り終え,自分の教室を目指して廊下を進む。2コマ続けて授業を寝潰したのは想定外だったけれど,欠席したのが主要5教科でないのは幸いだった。確か,体育の後は芸術だったはずだ(芸術は選択制で,美術・音楽・書道の中から1つを選ぶ)。一応文科省の定める全教科を修めることになってはいるものの,やはりこの学園において重要視されるのは受験で必須の教科だ。こう言っちゃなんだけれど,受験必須の教科とそれ以外では比べ物にならない。

 1限目ではほとんど先生の説明が頭に入ってこなかった分,午後からは集中しないと。

 昼休みの蝉噪を掻き分けながらそんなことを考えていると,ふと前方が騒がしいことに気付いた。ある教室の前に,通り抜けられないくらい人が集まっている。

 ざっと1クラス分の人数だろうか。皆一様に,開け放たれた扉や窓から教室の中を覗き込んでいた。クラス札を確認してみると1年4組。わたしのクラスだった。

 えっ……えっ? 何? 何があったの?

 気になりつつも集まった人の多さに尻込みしていると,教室の中から一際背の高い男子生徒が顔を出した。

 よく見ると彼は猫背のようだけれど,それでも人集の頭越しに顔が見える程背が高い。男子にしては長めの髪と,夏だというのに何故かマスクをしているせいで表情はあまり読み取れなかったものの,彼は教室前の野次馬には面食らったようだった。隙間を押し分けつつ進みながら,人込みをこちらへ抜け出てくる。集まった生徒達は上背のある男子生徒に押し退けられて迷惑そうに一瞬顔を顰めるものの,すぐにその興味は室内に向け戻されているようだった。

 彼が完全に群がりを抜け出た時,ようやく両手の白い手袋と抱え込まれたアルミの機材ケースが視野に入った。

 ひょっとして学察? そういえば,今年新設された課があるんだっけ。

 確か,科学的分析を専門に行う科学捜査研究所のような部署だったはずだ。理数系は苦手だからそもそもそこを目指してはいなかったけれど,と羨望を込めながら見遣る。擦れ違い様に,上履きの色から彼が1年生であることを確認した。

 彼らがいるということは,何か事件が起きたということだ。それも科学的根拠を要するような,刑法犯的事件が。

「あっ,智佳!」

 呼び声に振り向くと,梓が入口から顔を覗かせていた。向こうから手招いてくれたおかげで,わたしは野次馬に道を開けてもらいつつ進むことができた。

「戻って来てたんだ。具合はどう? 良くなった?」

「うん。それはもういいんだけど……何かあったの?」

「ん,まだ確定じゃないんだけどね」

 会話できる距離まで近寄ってすぐ尋ねると,梓はそう前置きをした。ちらりと室内を伺うとクラスメイトがほぼ全員室内にいて,学察の捜査員と思しき生徒から質問を投げかけられているようだった。他にも,さっき出てきた彼と同じ格好の捜査員がよく刑事ドラマで見るような刷毛を使って指紋を採取している。特に調べているのはロッカーらしく,全ての扉が開け放たれていた。

「どうも盗難事件らしいんだよね」

「盗難? 何が盗まれたの? っていうか,そもそも被害者は誰?」

「4組全員」

「は?」

 予想外の言葉にわたしは思わず間の抜けた声を挙げた。梓は室内の,特に他の捜査員の様子を伺うように声を潜める。

「2限目の体育が終わって皆が教室に戻って来た後,誰ともなく次の授業の準備始めたんだよね。ほら,3限って芸術じゃない? だからロッカーを開ける人が多かったんだけど,その時に『美術の教科書がない』って騒ぎ始めた人がいて。他にも教科書がないって言い出す人がいたから確認してみると,クラス全員が被害に遭ってることが分かったの。盗まれたのは主に芸術3教科の教科書。他にも美術選択の子でスケッチブックを盗まれていたり,吹奏楽部の子だと譜面盗まれたりしているみたい」

 だから智佳にも無くなっているものがないか確認してほしいんだけど。

 と,どうやら自分のクラスで発生した盗難の捜査に駆り出されているらしい梓は急かすように続けた。多分,わたしが戻ってくるのを待っていたのだろう。

 だけど,梓の話に引っ掛かりを覚えたわたしはしばらく頭を傾けてその正体を探った。

「ちょっと待って,盗難が発覚したのは3限が始まる前なんだよね? しかも2限の始まる前はまだ盗まれてなかったから,窃盗犯は密室から盗み出したってこと!?」

 この学園では移動教室の際,教室の鍵は逐一学級委員が施錠することになっている。そして施錠後委員は職員室に鍵を戻さなければならない,つまり移動を要する授業の合間,鍵は職員室の鍵掛けに下げられているということだ。このため物臭な体育会系男子は体育の後直行できるよう芸術の教材を体操服と一緒に持ち出すし,教室の開錠も任された委員は移動教室の際常に慌ただし気だ。

 しかしこの仕組みは,ただ億劫なだけというわけでもない。逐一錠がかけられるということは,言い換えれば教室の管理が厳重ということだ。どのくらい厳重かというと,体育の授業の際財布等の貴重品は原則教員が都度鍵を管理している更衣室で保管することになっているのだけれど,生徒の間では教室に置きっぱなしにしてもいいという暗黙の了解が形成される程。

 今日の2限目が始まる前,体操服を取り出すためにほとんどのクラスメイトがロッカーを開けていた。謂わば,その時点ではまだ盗難が起きていないことをクラスの全員が確認しているに等しい。それ以降,事件が発覚するまで教室には鍵が掛かっていたわけだから,犯人は密室から40人分の教材を盗み出したことになる。

 一体どうやって? 

 その驚きから咄嗟に声を荒げてしまったのだけれど,わたしはもう少し考えを巡らせるべきだったかもしれない。どうして梓がわたしを待っていたのか。どうして他の捜査員の様子を伺ったのか。そして,クラス全員が盗難の被害に遭った時,最初に犯人として疑われるのは誰か。

 そこまで考えが巡らなかったのは,病み上がりのせいか,或いは手放したはずの昂揚感に中てられたせいかもしれない。

 扉から顔を覗かせ頓狂声を上げるわたしは,明らかに教室の内からも外からも浮いていた。しかも密室というセンセーショナルなワードのせいか,盗難現場の騒々しさを押し退け野次馬や被害者,捜査員の別なくその場にいた全員の注目を一身に集めてしまっていた。

 梓は頭痛を和らげるようにおでこを抑える。……気遣い無駄にしちゃった。

「朝霧,そいつは誰だ!?」

 ……熊?

 怒声を上げ振り返った男子生徒の顔を見て,わたしは先ずそんな感想を抱いた。ラガーマンみたいな体格に顔の輪郭下半分を覆う無精髭,バッサリと短く刈り上げられた短髪の下の太く勇ましい鉤眉。半袖のカッターシャツから覗くたくましい両腕には腕毛がびっしり生えている。

 多分将来絶対禿げるタイプだ,それも富士額。

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