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学園探偵  作者: 阿久井浮衛
第2課 心を読む狗神様
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12

 6月20日金曜日の放課後。

 今か今かと梅雨明けを待ち遠しく感じている人々を嘲笑うかのように,今朝未明から降り始めた小雨はお昼頃には本降りに変わった。今は遠くの方でごろごろと雷鳴が轟いている。

 この天候は帰宅の足を早めたのか,校舎に残る喧騒はいつもより大人しい。テレビのノイズのような音で埋め尽くされた廊下を,わたしは物理学教室へ向かって歩いた。

 教室の前に立つと,中から灯りの漏れていないことに気付く。誰もいないのだろうか。特に躊躇いを覚えることなく扉を開いた。

 刹那,閃光が教室内の景色を浮かび上がらせた。

 遅れて駆け抜ける轟音に身を竦める。落雷が過ぎ去ったのを確かめて,さっき浮かび上がった人影の方へ足を進める。稲妻に掻き消されたドアの音が聞こえなかったのか,その人物は背中を向けたまま俯いて中央の机に着いている。

 こんな暗がりで灯りも点けずに何をしているのだろう。そんな不審でじわりと湧き起こる不安をごまかしながら,その背中に近寄る。

 距離が近付くにつれて,ぼそぼそとした呟きが聞こえてくる。それと共に,机の上に広げられた1枚の紙が丸まった背中越しに見えてくる。

 その紙には平仮名五十音表と,0から9までの数字が羅列する。その上には「はい・いいえ」の文字が並び,間には犬の頭が描かれている。それが分かった時,何かに憑りつかれたように繰り返される言葉が,はっきりと聞き取れた。

「狗神様私をお導きください。狗神様私をお導きください。狗神様私をお導きください。狗神様私をお導きください。狗神様私をお導きください」

「って何やってんだあんたは!」

 思わず頭を小突くと,井上は驚いた様子もなくのろのろと振り向いた。

「ああ。誰かと思えば後醍醐さんじゃないですか」

「そんな雅な苗字に改名した覚えはない」

 マジで誰と間違えてんだよ,嫌なフラグしか立ってないじゃん。誰かに裏切られでもするもするのかわたしは。

 どうやら軽いボケができる程度には敗北から立ち直っているらしい。電灯のスイッチを点けに入口へ戻りながら声をかける。

「こっちが裏付けに奔走している間,何の音沙汰もないと思ったらそんなことをしていたわけ?」

「どうせ私は無能ですよ。学園探偵なんて持ち上げられて調子に乗っていたから足下掬われたんです。根暗は大人しく引き籠っていれば良かったんだって皆して笑っているんでしょ」

 メンドくさっ! 立ち直ったわけじゃなくて,単にいじけているだけか! 何,読心のタネを暴きたければこいつにやる気を出させないといけないわけ? 

 明るさを得た教室を中央へ進みながら,投げ遣りに慰める。

「思ってない思ってない。あんたのおかげで解決できた事件がいくつもあること,学察関係者は分かっているから」

「ふんだ。そんなこと言う割に今まで来なかったじゃないですか。大方読心のトリックが私では解けないと思ったのでしょう。断っておきますけどトリック自体はあの日初めて狗神様を見た時点で思い付いていましたからね! ただあまりにも予想外というか荒唐無稽に思われて検討できなかったというか立証に時間を要したというか」

「ちょっと待って,トリックが分かったの!?」

 ぶつくさ言い訳を重ねると井上を遮って思わず詰め寄る。しかもあの預言を受けた時点で? それが分かっていたならもっと早くここを訪ねていただろうに。

 愕然とするわたしとは対照的に,井上は訝しげに眉を顰めた。

「立証できるのは読心のトリックだけで預言の方は情報を集めている段階ですよ。宗宮さんに事件への関与を認めさせるにはまだ根拠が足りません」

「ところが,そうでもないんだなー」

 どうしよう。どうしてもニヤつくのを抑えられない。こいつは学察の情報網を大して役に立たないと言い切ったことがあるから尚更だ。より一層怪訝さを増す井上に,わたしが考えている仮説とこれまでの捜査で得た情報について伝えた。

 話を聞き終えた井上は,何かを考えるように押し黙った。

 やっぱり,直接関与を裏付ける物証がないのは痛いか。

 得意気に不安が一滴混ざった時,井上は徐に口を開いた。

「加賀さん。いくつか調べてほしいことがあります。宗宮さんへの借りはその調査が終わった後に返しましょう」

 不安が一転,これまでの苦労が報われる気配を察し浮足立つ。

「ようやく,売られた喧嘩を買う準備ができるわけだ?」

 思わずそう茶化すと,井上はふっと口許を緩めて「いいえ」と首を振った。

「生憎売られた喧嘩は中身を抜いて外箱だけ送り返す主義です。転売品を売りつけていたのですから文句を言われる筋合いはないはず」

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