表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
学園探偵  作者: 阿久井浮衛
第2課 心を読む狗神様
25/54

11

「事件って?」

「ちょうど2年前のこの時期に,宗宮さんの占いが良く当たるとの評判を聞きつけた放送部が取材を行いました。その時は取材班を交えてコックリさんを行い,取材に来た放送部員の中間テストの結果を占ったそうです。採点済みの答案はまだ返却されていなかったので,各教科の点数や学年順位はその時点で占われた部員すら知らないはずでした。ところが答案が返却され学年順位が知らされると,その預言がかなり正確に的中していることが分かりました」

 コックリさんについて講釈を受けていたわたしは,それでも虚を衝かれて,一瞬橋本君の話した内容が何を意味しているのか分からなかった。

 えーっと,コックリさんは決して超常現象ではなく,参加者の意識が反映されたものなんだよね。ということは……

「やらせだった?」

「おそらく」

 当時のことを思い出してか,橋本君は目を細めて頷く。中等部でも新聞部の部員だったのだろうか,ひょっとするとその事件の取材に関わったのかもしれない。

 待って。やらせにしても,預言が的中したことには違いない。宗宮さんはどうやって,本人すらまだ知らなかった放送部員の成績を知り得たの? それが分かれば,今回の預言のトリックを暴くヒントになる?

「そもそも,預言ってどのくらい正確だったの?」

「取材した部員4名の総合順位,国語,英語,数学の点数と各教科の学年順位を占ったそうです。24項目中ずばり的中したのは11項目。残りの項目でも,点数は5点の誤差範囲で,順位の誤差は3以内で的中していたそうです」

 数値だけ見ればかなりの精度だ。一見するとどのようなトリックを用いればここまでの正確性を叩き出せるのか分からない。けれどわたしは今回の件で既に仮説を思いついているから,それを当て嵌めて考えればいい。

「それまでのテスト結果や,その問題となった中間テストの難易度を調べればある程度の予測はできるよね。それに一部の生徒だけといっても,噂される程有名だったなら,進んで情報を集めてくれる協力者もいたんじゃない?」

「その通りです。これは当時この事件を担当した人から聞いた話なのですが,報道部員4人はそれ以前のテスト結果を人に話していることが分かりました。普段の勉強態度など諸々の情報も集めたでしょうけれど,後は大数の法則の定式化で詰められるレベルでしょう」

 何で1年生なのにその証明内容を知っているのか。いくら松羽島学園の授業スピードが速いとはいえ2年で習う内容だぞ。ここまで賢いと感心を通り越して若干引いてしまう。

 大数の法則とは「ある試行を何回も繰り返すと,事象Aの起こる割合が試行数の増加に従い一定値に近付く」というものだ。例えばサイコロのそれぞれの目が出る確率は6分の1だけど,6回サイコロを振ってもそれぞれの目が1度ずつ出るとは限らない。場合によっては6回とも1の目が出ることもあるだろう。けれどそれを100回,1000回とサイコロを振り続けることで,各々の目が出る割合は6分の1に近付いていく。用語自体は中学生レベルで習うものの,その証明は高校の確率分布で学ぶ内容だ。

 テストにこれを当て嵌めるなら,体調や問題の難易度,生徒の努力といった要因で点数・順位は変化する。けれど生徒の能力に応じた範囲から,これらの値が大きく外れることは少ない。つまり勉強の出来る子供は平均して良い成績を修め続けるし,苦手な子はやはり芳しくないということ。それなら,その範囲の真ん中の値を預言しておけば,さも的中させたように思わせることができる。

「でも,それにしては誤差が小さいよね」

 宗宮の預言を大数の法則だけで説明してしまうのは無理がある。おそらく当時も同じ指摘があったのだろう,橋本君は表情を変えず頷く。

「ええ。それだけなら単なるやらせでそこまで問題視されなかったでしょう。ですがあまりにも精度が良かったので学察中等部はもっと露骨に,宗宮さんを初め8名の生徒がある種のカンニングを行ったのではないかとして捜査を行いました」

 超常的な現象のせいと考えるより,その方がよっぽど現実的な話だ。テスト以前にその内容を生徒が盗み見ないよう警戒することはあっても,改竄を目的としない結果の閲覧というのは盲点なのかもしれない。

「事実,学察の捜査で預言がなされる2日前にテスト結果の集計が終わっていることが明らかになりました。放送部の取材申し込みがあったのはその3日前。集計結果は職員室に保管されていたようですが,職員室への生徒の入室が制限されていたせいか,そこまで管理は厳重ではなかったようです」

 全く質は異なるけれど,今回の事件とどこか様相が似ている。つまり,間接証拠ばかりで当人の関与を直接裏付ける証拠がない。結果は予想できるけれど,溜息を堪えて一応確認してみる。

「それで,その後はどうなったの?」

「仮説を支持する情報こそ得られるものの,直接的関与を示唆する物証が得られないため真相は藪の中です。ですがこの事件から,宗宮さんの人となりとしてはかなりの目立ちたがりだと言えるでしょう」

 確かに,事件の契機は放送部の取材申し込みだったと思われる。より広く名を知られる機会に直面して,自分の特殊性をアピールしたくなったから事件を起こしたのではないだろうか。そしてその事件で疑いをかけられて益々意地を張って,看破されない預言の手法を追及しているのではないか。井上に初めから敵対的だったのも,自分より名前が通っている人物が疑いを向けてきたからと考えれば頷ける。

 やっぱり橋本君に頼んで正解だった。外から入学してきたわたしに,ここまでの情報を集めることは難しかっただろう。

 お礼を言おうと思って目を向けると,彼はメモを取る体勢でこちらを向いていた。

「まさか,一方的に話させるなんてことはしませんよね」

 目を合わせてにっこりほほ笑む橋本君に,もはや引き攣る顔を隠す気にはなれない。えらく素直に話してくれると思ったらそういうことか。ここでごねたら後々の協力関係は難しくなるかもしれない(というか,駆け引きでこの子と渡り合える気がしない)。

 宗宮さんの関与どころか,持田さんの犯行に関しても状況証拠しか集まっていないことくらいは,話してもいいだろう。その後に一応,解決するまで記事にしないよう釘を刺しておくか。

 そんなことを考えつつ,わたしはメモ帳の前のページを捲った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ