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学園探偵  作者: 阿久井浮衛
第2課 心を読む狗神様
21/54

7

 翌日の7時20分過ぎ。

 わたしはバスのタラップから足を降ろした。いつもよりずっと早い時間だ。

 正門の方へ歩き始めたのと同じタイミングでバスが走り出す。梅雨時の生ぬるい空気と排気ガスが混ざって,むわっと髪が広がった。昨晩の内に大雨が降り頻ったせいで,いつになく湿気た空気が纏わりついて気持ち悪い。咽るような風をやり過ごして,思わず立ち止まっていた足を前へ踏み出す。

 松羽島学園では中高問わず朝のホームルームは8時20分に開始だから,今は1時間近く余裕があることになる。どうしてそんなに早く登校したのかというと,やはり昨日去り際に言われた預言が気になったからだ。

 宗宮さんの預言には何らかのトリックがあるという確信を抱き,今日これから発生するという事件について考えてはみたものの,預言を成立させる具体的な方法が全く思い浮かばない。単に預言が事件の被害に関するものだけなら,内容に沿うよう自ら犯行に及べばいい(それにしたって,警備員さんの見回りがあるから難しいだろうけれど)。だけど宗宮さんは,実行犯の名前と自白することまで預言した。それこそ,これから犯行に及ぼうとする第3者の頭の中を覗かない限り,未来を言い当てることなど不可能なのではないだろうか。強気な態度を思うと,単に当てずっぽうのことを言ったとも考えにくい。

 預言の仕組みは分からないけれど,だからといって起きると言われた事件の発生を何もせず待っているわけにもいかない。現行犯で捕まえることができたら未然に事件を防ぐことができるのはもちろん,預言のタネを暴く足掛かりになるかもしれない。あの涼しげな口にあっと言わせるためには積極的に行動を起こす必要があるだろう。

 もっとも,この張り込みも見透かされているかもしれない。けれど,どうせこちらの手の内は全て把握されているのだ。それなら裏をかこうとかくまいと同じこと。それに狗神様の前に立って心を読まれたのはわたしではないのだから,把握できていたのは井上の考えだけかもしれない。

 そこまで前向きに考えたところで,ふと意気消沈した背中を思い出した。

 あの後井上は一言も口を利くことなく,とぼとぼと教室に戻って行った。余程預言の仕組みを解き明かせなかったことがショックだったようだ。あの調子では張り込んで預言を確かめようという発想がないどころか,そもそも預言自体を聞き漏らしていたことも考えられる。しばらくあいつはあのままだろう。ひょっとすると,預言の謎に関してはわたし1人で解明に取り組まなければならないかもしれない。

 たった1度や2度の挫折であっさり心が折れるから,エリートってのは案外充てにならないものねぇ。

 これを機にわたしを軽んじる態度を改めさせてやる,と意気込みながら信号を渡った。いつもの時間帯なら登校する生徒の流れに加わる頃なのだけれど,やはりこれだけ早いと辺りを見回しても見慣れた制服は見つからない。相変わらず鈍い空模様にうんざりして,零れた欠伸を1つ噛み殺す。

 学園の傍にあるコンビニの前を通り過ぎて正門を目にした時,わたしはぎくりと一瞬足を止めた。そこに1台の車が停まっていたからだ。アンテナと車体のデザインから,地元のテレビ局のものであることが分かった。学察という身分柄こうしたローカルなマスコミにも多少見慣れているものの,湧き上がる嫌な予感が払拭できない。

 中継車の脇を抜けて正門を潜る。幸い準備に忙しいのか呼び止められることはなかった。右奥に見える第1グラウンドでは朝練に励む野球部の生徒の姿がちらほら見られるけれど,そう数は多くない。早朝だとこんなものなのだろうか。彼らの掛け声やバットの奏でる爽快な音ばかりで,正面の校舎からは何も聞こえてこない。その静けさが却って不気味で,わたしは知らず知らずの内に駆け足になる。

 正門と校舎の間は煉瓦張りの広場となっており,中央にある噴水の周りを花壇が取り囲んでいる。学校というよりちょっとした公園のようなその場所を通り抜け,校舎へと繋がる段差を上る。近付くにつれて存在感を増す校舎はさすがに5階建てであるだけに,見上げると曇天を突き刺すように背筋を伸ばして聳える。

 段を上り終え目を走らせると,C棟右手の,渡り廊下の辺りにできている人集が見えた。まだ登校してきた生徒が少ないから大きくはないが,それでもざっと30人くらいの集まりだ。中には朝練途中のユニフォーム姿も混ざっている。彼らは一様に,裏手にある部室棟の様子を伺っているようだ。わたしは額が汗で滲むのにも構わず,彼らに走り寄った。肩から下げたスクールバッグが邪魔くさい。

「すいませーん,ここから先は学察捜査員以外立ち入り禁止でーす」

 それ以上生徒が中庭に進まないよう,見覚えのある生徒2人が足止めをしていた。彼らは学察の1年生だ。中庭には教頭先生と学察の捜査員が3人いる。その内教頭先生と話しているのは時田さんだった。だけど,わたしは直属の上司に声をかけることもできず,唖然と学部棟を見遣った。

 窓ガラスが,割れている……。

 中庭に面した部室棟の窓ガラスがほとんど割られていた。石でも投げつけられたのだろうか,1・2階の廊下側の窓は亀裂が走ったり風穴が開いていたりしている。その下にはきらきらと破片が散乱していた。1階の窓が全て破られているのに対し,2階は罅が所々の窓に見られる程度だ。おそらく外側から何かを投げつけているのだろう。あまり腕力のある者の犯行とは考えにくい。それでも,窓を割った人物が結構な労力を費やしたことが伺える。

「加賀,来ていたのか。こっち来て手伝え」

 時田さんがわたしに気付いて声を張り上げた。教頭先生は話し終えたのか,奥にいる2人の捜査員の方へ向かっている。わたしは呼び声に誘われるようにふらふらと,野次馬に空けられたスペースを抜けて時田さんに歩み寄った。

「先輩,これは一体……?」

「分からん。警備の方が朝見回った時に窓ガラスが割られているのを見つけたらしい。被害を受けた窓ガラスの枚数は42枚だそうだ」

「42枚……」

 凛としているが,妙に迫力のある微笑みが思い出される。ここまで大事に至っては,最早正式な事件として処理すべきだ。わたしは昨日の預言について,時田さんに全てを打ち明けた。

 そしてこの日の放課後。1年1組の持田汐音が,窓ガラスを割ったことを自ら申し出た。

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