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学園探偵  作者: 阿久井浮衛
第2課 心を読む狗神様
17/54

3

「そもそもコックリさんがいつ頃生まれたか知っていますか?」

 知っているわけがない。

 わたしと梓は首を横に振る。教壇に上がり黒板の前に立つと,井上はまるで教師のようにチョークを手に持って何かを描き始める。

「コックリさんは明治時代にアメリカの船員が自国で流行っていたテーブル・ターニングを伊豆の住民に見せたことにその起源を持ちます。テーブル・ターニングも降霊術の1種でこれは机の傾いた方向で占うというものです」

 そう言うと,黒板に描いたそのイメージを示す。見ると,傾いた天板の上にいくつか手が載せられている。上に描かれた手が大き過ぎるせいだろう,井上の描いた丸テーブルはどちらかというと丸椅子のようだ。それでもイメージとしては掴みやすい。小学校の理科室にあった4脚椅子を思い浮かべれば分かりやすいだろう。

「あれっ? でも占いの結果は傾いた方向で分かるなら,質問の種類は限定されるよね」

 例えば,人や方角を聞く質問とか。

 そう付け加えた梓の疑問は確かにその通りだと思えた。仮に方向で「はい・いいえ」を対応付けることはできても,今のコックリさんのように複雑な答えを表すことはできないだろう。

「その通りです。ですからおそらく稲荷信仰とウィジャボードを組み合わせた現在のより簡便な形態に変化したのでしょう。その証にコックリさんという名称は机が傾く様子を『こっくり傾く』と形容したことから付けられたものでした。ですが稲荷信仰と結びついたことで狐・狗・狸というイヌ科の字を充てて狐狗狸(コックリ)さんと呼ぶようになったようです」

「へぇ。井上君よく知ってるねぇ」

 全くだ。小学生の頃から知っているコックリさんにそんな歴史があるとは。相変わらずこいつの知識の幅広さには感嘆させられる。

 というか,キツネとタヌキってイヌ科だったんだ……。そう言われると少し顔が犬っぽいような気もする。

「だからコックリさんは低級な霊の仕業だって言われるんだねー」

 そう感慨深く梓が呟くと,黒板の絵を消していた井上の手がぴたりと止まった。

「つかぬ事をお聞きしますが2人はまさかコックリさんをやって硬貨が動くのは悪霊や何か神秘的な作用の仕業だなんて考えていませんよね」

「えっ? でもそれ以外で説明できないよね」

 梓の同意にわたしは一応頷く。一般に言われている集団催眠だとかいう説明では到底納得できない。さすがに霊の仕業だと信じていないけれど,それに自分でも納得のいく説明を付け加えられるわけでもない。

 そうした胸の内が読み取れたのだろう,井上は困ったように頭を掻くと溜息を吐いた。

「コックリさんの原理は1853年に解き明かされています。様々な科学者が実験に取り組みましたが近代科学的実験法を用いて初めて原理を解明したのはマイケル・ファラデーだと言われています」

 ファラデーって,どこかで聞いたことあるような。

 理系科目全般が得意でないわたしに代わって,梓があっと声を上げる。

「確か,ファラデー定数の?」

「そうです。彼は電磁誘導や電気分解の法則など様々な業績を残し史上最も偉大な影響を及ぼした科学者の1人とも称されています。先程述べたテーブル・ターニングがヨーロッパで流行した頃ファラデーはある仮説を立ててそれを実験的に証明しました。その証明は現代の生理心理学による証明にほぼ等しいものでした」

 そう言うと,綺麗にしたばかりの黒板に再び書き込んだ。

「不覚筋動と,予期意向?」

「そうです。この2つにより硬貨が動くという現象は説明できます。順に説明していきましょう。先ず人差し指をぴんと立てて腕をまっすぐ伸ばしてみてください」

 戸惑いながら,わたしと梓は言われた通りにする。ちょうど井上を指差すような形だ。井上は頷いて更に注文を加える。

「次にその腕が動かないよう強く意識してください」

 わたしは微かに揺らめいていた腕に力を込めて,真っ直ぐ黒板を指差すよう意識する。けれど意識すればする程指先は微かに震え,腕は上下に振れてしまう。見ると,梓も似たような状態だった。

「どうしても動いちゃう。何で?」

「それが不覚筋動です。同じ姿勢を取り続けると筋肉が疲労しますから静止し続けるということは人体の構造上不可能です。それでなくとも人体というものは意図せず動くことが多い。これは癖や反射を考えればすぐに納得できるでしょう。例えば貧乏ゆすりを止めたいと思っていても気付いたらいつの間にかやってしまっていたというような経験は誰にでもあることです。またいつも習慣となっている行為をある日突然止めるということは難しい。このような意図しない筋肉の動きを不覚筋動と呼びます」

 そう言われると確かに,わたし達は普段から自分の行動を逐一意識しているとは言い難い。自転車を漕ぐ時に一々足の踏み込み方やバランスのとり方なんて考えないし,極端な話,呼吸だって意識していない筋肉の動きだ。

「もう1つコックリさんには不可欠な要素があります。それが予期意向です。これは意識する前に生じるある種の心理的構えのことです。これは簡単に言ってしまうと一般的に期待と呼ばれているものです」

「期待?」

「或いは予測と言ってもいいかもしれません。例えば人通りの多い繁華街を歩いているとします。お店に意識を向けていると対面からやって来る人にぶつかる直前までほとんど気付けませんよね。ですがほんの少し前方を意識するよう心がけるだけで意外と簡単に通り抜けることができます。これはぶつかりそうになるかもしれないという心の準備をしているからです。また腕を動かす場合動かそうと意識する前に脳が腕に動くよう指令を送っているという結果を示した研究もあります。おそらく意識していないのに体が動いたと感じるのはこのためです。コックリさんの場合参加者は質問に対して特定の答えが返ってくることを期待しています。その期待する答えを示すよう不覚筋動に基づき硬貨が動くというのがコックリさんのメカニズムです。参加者が答えを知らない質問にコックリさんが回答できないのもこのためです」

 科学部のくせにコックリさんなんてオカルトにやたら詳しいのは,その現象が科学的に証明できるからのようだ。確かに,この説明なら一般的に噂されるコックリさんの症例を説明することができるだろう。集団催眠なんて説明よりも具体的で想像しやすいし,納得もできる。

「でも不覚筋動や予期意向ってやつで,学生が停学処分を受けることを予言できる?」

 黒板の文字を消していた井上は,珍しく本当に驚いたような顔をして振り向いた。その顔に,自分の手柄ではないけれど何となく勝ち誇るような気分でわたしは付け加える。

「先週新聞部の是枝元部長が新入生歓迎会費窃盗の疑いで停学処分を受けたけれど,それを3日前に予言していた生徒がいることが分かったの。噂では狗神様って呼ばれている犬からのお告げだとか」

 余程予想外だったのか,井上は思い切り怪訝そうに眉を寄せた。いつも驚かされている分,少しだけいい気味だとわたしは思った。

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