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学園探偵  作者: 阿久井浮衛
第2課 心を読む狗神様
16/54

2

「降霊術って?」

 けれどそれに答えず,井上の方も首を傾げた。

「どなたです?」

 絶対遊んでるだろ。鏡合わせのような仕草に梓はちょっとだけ笑って,柔らかい声で言った。

「学園警察第1課の朝霧梓です。初めまして」

「科学部の井上哲です。初めました」

「冷やし中華かっ」

 わたしのツッコミにまた梓は笑い声を上げる。井上がその顔をぼんやり見ていることに気付いて,「おっ」と茶目っ気が起きた。ひょっとして,この朴念仁も梓に見惚れているのだろうか。

 梓は同性のわたしから見ても可愛い,お人形さんのような女の子だ。アーモンド形の潤沢な瞳に見つめられれば誰だってどぎまぎするだろう。その上にかかる切れ長の眉は必要以上に手が加えられておらず清潔感が漂う。ハイティーン真っ只中にも関わらず,肌はきめ細かく吹き出物など経験したことがないかのように澄ましている。ここへ下品にならない程度に厚い唇が加われば,周りに放って置かれるはずがない。

 事実,この学園に入った時からの付き合いだけれど,わたしの梓に関する記憶の半分が告白に纏わる。廊下を歩けば男子生徒は学年を問わず振り返るし,男性教諭も梓には甘い。わたしも何度彼女に好意を寄せる男子生徒から言伝を頼まれたことか。

 そういう女の子って往々にして同性には嫌われがちだけれど,梓が嫌われているという話は耳にしたことがない。それは多分,一重に彼女の性格によるものだろう。

 学園警察という,学園で起きたあらゆる事件の解決を目指すなんてけったいな組織に身を置いている以上,その毛色がただ男子生徒の告白に翻弄されるような単純なものではないことは想像に難くないだろう。梓の記憶の半分は告白に関すると述べたけれど,もう半分はその裏腹とも言える学察における彼女の強かさだ。

 見た目は可愛らしい梓だけれど,実はかなりやり手の捜査員でもある。特に,情報の収集能力にかけては学察でも1,2を争うと噂される。その収集網は第1課課長でわたし達を指導する時田さんも一目置く程。さばさばした後腐れのなさと,有力な情報を集めるために方々を駆け回る直向きさから,彼女に好感を抱く女の子は少なくない。

 というかこの状況は何だろう。失神して机の上に横になる女の子と,その脇で笑う美少女とそれを無表情に見つめる朴念仁。事情を全く知らない生徒が見たら,それだけで何事かの事件が起きたと勘違いするのではないだろうか。

 しばらく梓を眺めていた井上は,やがて何かを思い出したかのように口を開いた。

「第1課ということは加賀さんの同僚ですか。それはそれは御愁傷様です」

「ちょっと,どういう意味?」

「えっ? 態々説明しないと分からないのですか?」

 さも,驚いたかのような表情を態々作ってそう言う。その顔に,さっきとは質の違う怒りを覚える。

 前言撤回っ! この朴念仁に恋愛感情なんかあるもんか。あれか,見惚れていたんじゃなくて,同情の眼差しを向けていたっていうことか。

「というか,梓もそこまで笑わなくてもいいじゃん」

「ご,ごめんっ。でも,智佳に聞いていた通りの人だなって思ったらおかしくて」

「加賀さんが私のことを学察の方に話していたとは意外です。因みに何と話していたのですか」

「えっとね,性格のわ」

「もっ,もちろん頭が良くて頼りになる人柄って話してるに決まってるじゃん! 学察に身を置く者としては今後とも協力関係を維持していきたいって話してるよね。ね?」

 浅薄にも普段言っている愚痴を,そのまま本人に伝えようとした梓に割って入る。

 このへそ曲がりは一見捻くれているようだけれど,常にカッコつけたがる中学生のように実は素朴なところがある。だからありのままの愚痴を伝えると,割と本気で落ち込みかねない。そうなると困るのはわたしの方だ。学察でも梃子摺る難事件を解決してきたこの変人の機嫌を損ねたとなると,組織でのわたしの立場がなくなってしまう。

 わたしの剣幕に圧されたのか,それとも態とわたしを狼狽させるために率直なことを言おうとしていたのか,梓は笑みを抑え込みながら「う,うん。頭が良くて面白い人だって聞いてるよ」と話を合わせる。聞いておいて井上はそんなわたし達のやりとりに興味がないのか,今度はつい,と視線を机の上の真守ちゃんに向けた。まだ,彼女が目覚める気配はない。

「血流を良くするためとはいえ机の上に寝かせているとどこか危険な香りがしますね」

「指示出したあんたが言うな……」

「えー,でもわたしも手術台に乗せられた患者さんか亡くなられた方みたいって思ったよ?」

「梓もそれ言っちゃだめだよ」

「私は渡さんと出会った時のことを思い出します」

「渡に頼まれて事件を揉み消したって話? あんた達何やってんの!?」

 わたしの想像以上に危ない橋を渡ってきているらしい。学察はいっそのこと協力関係を取り破って,こいつの犯した悪事を晒した方がやはり良いのかもしれない。

 井上は真守ちゃんから視線を外すと不意に机の脇にしゃがみ込んで,いつの間にか床に落ちた紙を拾い上げる。しげしげと顎に指を添えて興味深そうにその紙を眺める横顔からは,相変わらず次の行動もその思考回路も読み取れない。

「基本的にはコックリさんの亜種のようですね」

「さっき言った,こう……なんちゃらってのは何?」

 その深刻な声の調子に,敢えてふざけるようなことを言って空気を紛らわせようと努めていたことに気付く。少しだけ敗北感を覚えて,けれどそれに触れることはせず,さっき聞き損ねたことを改めて問うた。

 井上はつまらなさそうな顔をして,手に持った紙をこちらに差し向ける。

「降霊術とは占いを目的に霊を呼び寄せようとする呪術のことです。ギリシアローマやエジプトなど古代から行われていることが確認されています。近代ではウィジャボードが19世紀にヨーロッパを中心に流行しました。コックリさんもその一種です」

 そう言うと,井上は教室の前の方へ歩き始めた。こつこつと小気味よくリズミカルなその足音は,雨音が響き入る物理学教室の中でも明瞭に聞こえる。

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