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学園探偵  作者: 阿久井浮衛
第1課 燃える密室
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 今回の,後日譚。

 事件解決の翌日,5月30日の放課後。

 わたしは事件の報告書を提出した後,物理学教室に向かって廊下を歩いていた。

 外では運動部が体を動かし始める頃だし,そうでなくとも授業から解放された生徒の喧騒が学園中で渦巻いているはずなのだけれど,この辺りはまるで周囲の環境から切り取られたかのように静かだ。この異様とも言える静けさは,事件を解決した変人が再び物理学教室に居座るようになったせいだろうか。日を追う毎に少しずつ沈むのが遅くなる夕日を遠くに認めながら,わたしは角を曲がって物理学教室のある通路に差しかかる。

「あれっ,真守ちゃん?」

 物理学教室の扉の前で立ち悩んでいる予想外の人物に,わたしは思わず声を上げてしまった。真守ちゃんは急に名前を呼ばれてびくっとこちらを振り向くけど,わたしの姿を認めてほっと安心したように息を吐く。

「どうしたの,こんなところで?」

「えっと,事件を解決していただいたお礼を言いに来たんですけど……」

 そう言ったきり真守ちゃんは下を向く。いざやって来たものの固く閉ざされたドアを前にすると迷いを覚えてしまった,ということらしい。

 そういえばわたしもそうだったな。

 初めにここを訪問した時の気持ちを,まるで遠い昔のことのように思い出す。

「じゃあ,わたしと同じだね。一緒に入ろっか」

 何となくお姉さんになったつもりでそう言うと,真守ちゃんははにかみながら頷く。

 本っ当,この子かわいいんだよなぁ。

 思わず頭を撫でたくなる衝動を抑えつつ,お姉さんなんだからと言い聞かせながら取っ手に手をかける。

 しかし井上のやつ今までぼっちだったくせに女子(それも2人)から訪問されて喜ぶだろうなー,とどんな顔をするのか想像してニヤつきながら扉を開ける。

 ぬらり。

 目の前にこちらを覗き込んでいる井上の顔が現れた。

「きゃあっ!?」

 今度は尻餅こそつかなかったものの,悲鳴を上げて後ろへ飛び退く。真守ちゃんも悲鳴を上げられないくらい驚いたのか身を竦めて目を丸くしている。

 そんなわたし達を見下ろしながら,変わらず平坦な声の調子で井上は文句を口にした。

「毎回訪れる度にそう悲鳴を上げられていたら私は変質者の汚名を着せられてしまいます」

 だったら普通に出迎えろっ!

「な,何をしていたの?」

 急上昇した心拍数を抑えるため息を整えながらそう問いかけた。その声は自分でも分かるくらい,すっかり余裕を失っている。

「あなたをずっと待っていました」

 時と場合と何より相手に依ればそのセリフにはときめくのだろうけれど,何の感慨も籠っていないし,井上は真守ちゃんに向かって言っているから吊り橋効果は到底期待できそうになかった。一方の真守ちゃんは自分がそう言われるとは思っていなかったらしく,さっきとは違う意味で驚いたようだ。

「わたし……ですか?」

「ええ。事件について言い残したことがあります」

 そう言うと井上は何も言わず物理学教室の奥へ進み入る。入ってこいという意味らしい。わたしと真守ちゃんは思わず顔を見合わせる。

 言い残したことって,事件は解決済みだろうに。

 とにかく廊下で身を竦めていても仕方がないので,井上の後を追って物理学教室に踏み入る。真守ちゃんもわたしの後に続いて敷居を越えると扉を閉めた。わたし達の入室を確認することもなく,井上は実験用の机の合間を進む。彼は黒板の方へ進みながら口を開いた。

「ある世界的に有名な探偵の言葉に次のようなものがあります。『完全にありえないことを取り除けば残ったものはいかにありそうにないことでも事実に間違いない』と。しかしながら人間という生き物はありえない可能性を全て検討できるとは限りません。また尤もらしい考えが提示されるとそれについ飛び付いてしまうものです」

 何を言いたいのかが分からない。事件に関することではないのだろうか。

 わたしは何となくぼんやりとした不安を覚えて,1歩前に出る。

「何が言いたいわけ? 言い残したことって,事件は解決したんじゃないの?」

「いいえ。解決していません。あれは亜麻仁油を原因とする自然発火では決してありません。当初から疑われていたように人の手による放火です」

 井上は教卓の前で振り返ると,頭が真っ白になったわたしに追い打ちをかけるように言った。

「新聞部文化班1年の是枝真守さん。あなたが新聞部保管庫に火を放った犯人です」

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