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オードニー侯爵視点
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私の名前はハロルド・オードニー。
侯爵位を賜っている。
私には、大切な家族がいる。
まず、愛する妻のアデライン。
彼女は初めて会った時から、現在も変わらず魅力的な女性だ。
ウェーブの銀髪は、いつだって、まるで月光を纏ったように輝き、若草色の瞳は、瑞々しい若葉の煌き。
小さな丸い鼻は密やかに愛らしく、厚みのある唇には、女性の色香がつまっている。
きめ細やかな真っ白い肌と、完璧な曲線を描く二重顎。
だと思うのに、本人は目尻がほんの少し上がっている事を気にして、イマイチ己の美貌に自信を持ちきれていない。
結婚後にアデルから、目尻がコンプレックスである為、私の目尻の垂れ具合が女神様とそっくりな事から、私の事を気にし始めたのだと言われたことがある。
そんな事を恥ずかしそうに告白されれば、釣り気味の目尻は最早チャームポイント以外の何物でもない。
それに、彼女の魅力は見た目だけではない。
情に厚く、子供達や私の事を本当によく見て、気遣ってくれる。
いつでも笑顔を絶やさず、穏やかな愛情で包んでくれる。そんな内面が何より愛しい。
女神の如き、私の唯一だ。
そして、長男のヘクター、18歳。
隣国にある貴族学園に留学している、優秀な息子。
妻と同じウェーブがかった銀髪は、子供の頃は大層愛らしかった。
瞳の色は私と同じ濃紺で、顔立ちは私とよく似ている。
垂れ眉と垂れ目は美しく、鼻はやや大きいが形は丸くて良い。
唇も、女神様よりは少し薄めだが、白く透き通った肌と素晴らしい二重顎を持つ、美男子だ。
家族には甘いが、外では隙のない貴公子と目されている。
留学後に知り合った隣国の公爵家の三女と相思相愛となり、婚約して、今は人生の春を謳歌している。
そして、16歳の長女、ルシア。
彼女が生まれた日、我が家は女神様から天使を預かってしまった、と大騒ぎになった。
まさに女神の如き、完璧な形と垂れ具合の眉。
そして、ブロンドのまつ毛が縁取る瞳は、妻と同じ瑞々しく煌めく若草色。
目は丸く愛らしい形で、目尻は緩やかに下がり、慈愛のこもった形をしている。
鼻も丸く小さく、顔の中央に神の采配と言うべきバランスで置かれ。
桜色の唇もぽってりとして、微笑まれれば万人が赤面する子供だった。
そんな美貌は、成長するにつれてどんどん輝きを増していった。
蕾が花開き、満開となって、匂い立つように。
今、ルシアは、腕の良い芸術家が、魂を込めて作り上げた女神像に命が宿ったのだ。と言われても頷けるほど。
しかも、幼い頃から美しい美しいと持て囃されてきたと言うのに、全く奢ることがない。
誰に対しても平等で、礼儀正しい性格も相まって、我が家の使用人の中には、ルシアの親衛隊が結成されているほどの人気振りとなったのだった。
*
私と妻は恋愛結婚で、とても幸せに暮らしている。
だから、子供達にも自分達で良い人を選んでもらいたいね、とよく話していた。
幸い、我が家は権力もそこそこあり、財力に至っては、あまり大きな声では言えないが、我が国の公爵家より持っているほど。
子供達に政略結婚をさせる必要は全くなかった。
ヘクターにも、ルシアにも、相手は自分の目で見て、心のままに決めなさいと言ってきた。
ヘクターは隣国で素敵な出会いがあり、幸せそうにしている。
ルシアにも、そうさせるつもりだった。
国一番の美貌と言われている娘なら、相手に困るなんて事はないだろう。
そう思っていた。
しかし、16歳となり、社交界デビューしたルシアは、パーティー等へ行くと、毎回疲れ切って帰ってくるようになった。
どうやら、あまりの美貌に、令息達がすっかり参っているらしく、なかなか離れてくれないらしい。
ルシアとしては、もう少し落ち着いて過ごしたいのだが、いつも周りが人だかりになってしまい、困っているという。
婚活真っ只中の若い令息達にとって、ルシアの人外とも言える美しさは、少々刺激が強かったらしい。
しばらくすれば落ち着くだろうとは思ったが、今度は令嬢達から苦言や苦情を言われるようになってしまったらしく、ルシアはますますぐったりして帰宅するようになった。
妻も、女同士の異性をめぐる戦いは、大変だから…と心配そうだ。
誰に何を言われたのか、それとなく尋ねたが、ルシアは自分の立ち回りが良くないせいだから、と、誰の名前も挙げなかった。
それでも。
何度も会えば、令息達も徐々に落ち着くだろう。
令嬢達も、ルシアの性格を知れば、仲良くなってくれる子も現れるだろう。
それから、ゆっくり相手を探せば良い。
私たちは、そう、気長に考えてしまっていた。
婚活に燃える令嬢と、その親たちの気持ちを計りきれなかった。
それが、我が家を揺るがす騒動の始まりだったのに…
*
大騒動の前日。
ルシアは王宮のガーデンパーティーへ行っていた。
普段は疲れ切って、顔色の悪い状態で帰宅するのだが、この日は深刻そうな、猛省しているような表情で帰宅したと、アデルが心配していた。
夕食時、それとなく話題を振ると、ガーデンパーティーに疲れて、薔薇園を散策していた時、転んでしまったのだという。
慌てて、怪我は?と聞いた。
すると、思っても見なかった答えが帰ってきた。
通りかかった王宮魔法使いに、治してもらったというのだ。
ブラウンの髪色の王宮魔法使いと聞いて、心当たりは1名だけ。
傷を移動したという話からも、同じ人物の顔が浮かぶ。
ルシアは、自分の不注意でできた傷を押し付けてしまうのは心苦しく、返して欲しいと願い出たという。
本人はそれを、大変失礼な態度と言っているが、聞いている私としては、相手を思い遣っているようにしか感じない。
お詫びとお礼のお手紙を出したいと言われて、ひとまず相手を確定させようと、質問する。
「その王宮魔法使いの方は、髪がブラウンで、瞳は紫の方かい?」
私の問いに、ルシアはすぐに「そうです。」と答えた。
やはり彼か……
何と言おうと悩んでいると、ルシアが不思議そうに首を傾げた。
なるほど、この子は本当に、美醜で相手を見ないらしい。
私は言った。
「ルシアは昔から、どのような見た目の者でも態度を変えなかったからね。
王宮魔法使いで、ブラウンの髪に紫の瞳の方は、マーヴィン・ロイス伯爵だろう。」
その名前に、アデルが驚いた顔をした。
「ロイス伯爵というと……あの?」
アデルの言葉に、ルシアが反応する。
「ロイス伯爵には何かございますの?」
きょとん、とした娘の顔に、アデルはハッとして、言葉を止めた。
私が説明する。
「ロイス伯爵は大変優秀な魔法使いだよ。
それに、紳士で知的な方だ。
何度か話をさせて頂いたことがあるが、素晴らしい方だよ。
ただ、ね。
見た目に難ありとされているんだ。」
私のその言葉にも、ルシアは不思議そうに目を瞬く。
本気で気にならないのだな。
どの程度難があるのかと問われて考える。
彼は有能な魔法使いだ。
それに、血統も良く、頭脳明晰、剣の腕もあると聞く。
話しても、いつも落ち着いていて、思慮深く真面目な方だ。
唯一にして最大の欠点が見目。
どのような者にでも優しい、ルシアの心が傷まぬように、できるだけマイルドに説明する。
心無い言葉や態度をとる者もいるのだと。
アデルも続ける。
「魔法使いは子孫を残す為の努力義務があるのだけれど、かの方は婚約者すら見つからないと聴くわ。
ご令嬢方からは遠巻きにされていらっしゃるわね。
ご結婚されているご夫人などは、普通に話される方もいるけれど…」
と。
この言い方も随分と優しい。
実際は、かの方と普通に話せる女性は数えるほどだ。
そして、年若い令嬢は顔を見て青ざめたり、震えたり。
叫んだり倒れたりする者もいる。
「女神様の要素を全く持たない者」へ対する差別や嫌悪は、それほどに根深い。
基本的に、女神様のお顔に近いほど、徳が高く女神様の寵愛を受けている、というのがこの大陸における常識であり、要素を全く持たない、という事はそれだけで嫌悪対象なのだ。
私は男同士であるし、仕事上の付き合いならば全く問題なくできるが。
異性となると、本来ならば嫌悪感は同性の比ではないはずなのだが…
どうやら、我が家の天使にはその常識は通用しないらしい。
まぁ、ロイス伯爵は理知的な方だし、助けて頂いたのならば、お礼の手紙を送る事になんの問題もない。
私は手紙を送る許可を出した。
明日、時間を巻き戻したいと切に願うほど、この許可を悔やむことになるのだが。