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あらゆる意味で衝撃的な1日が終わり、次の日。
あの後、私は両親からロイス伯爵へ手紙を書く許可をもらった。
謝罪と感謝を伝える手紙を送るのは良いこと、との事だ。
両親も感謝していると伝えて欲しいと言われて、この2人の子供で良かった、と思った。
聞いた感じ、ロイス伯爵のことも、見た目に難があると認識はしているけれど、差別はしていないようだし。
もし、「あんな見た目の者に手紙など出すな!」とか言われたら、家出待った無しだったわ。
まぁでも、差別はしていないけれど、恋愛対象とかにはならないんだろうなー。
我が家の両親は美男美女(この世界基準)で、お互いの事大好きだからね。
多分面食いだ。
まぁ、面食いなのは私もだけど。
基準が全く違うだけで、似たもの親子だわ。
昨晩の話を聞いて、ロイス伯爵は、かなり優良物件なのでは!?と思ったけれど、初対面でやらかしすぎているので、望み薄である。
まぁ、ひとまず私の婚活は置いておいて。
お礼とお詫びの手紙を書こう。
自分の便箋の中から、良いものを探す。
無難に白無地?
味気ないかなぁ?
もしくは女性らしい花柄とか?
あざといかなぁ…
悩みながら気づいたが、私って、お父様以外の男性に手紙を書くの初めてだわ。
そのせいで、便箋の種類がすごく女の子っぽい。
白無地以外だと、花柄多数、後は小鳥柄とか、動物柄とか…
男性への手紙に良さそうな柄無いな!?
うわー…今度買おう。
うんうん悩んでいると、動物柄の中に、黒猫の柄の便箋を見つけた。
アルファちゃんが思い浮かんで、それを手に取る。
歩いている黒猫と、白い小花柄の便箋。
可愛すぎるかな?
リアルタッチなので、いける気もする。
アルファちゃんを飼っているくらいだ、黒猫はお好きだろう。
その便箋に決める。
次は手紙の内容だ。
親愛なるロイド伯爵様、で、良いよね?
改めてお礼を言って。
名乗らなかった非礼を詫びて。
あ、お名前は父から伺いましたと書いておくか。
両親からの感謝も。
あとは、手の傷のことだよね。
化膿したりしてないといいなぁ…
本当に申し訳ない。
読み直して何度も推敲し、内容が決まると、本番の便箋に清書する。
読みやすいよう、丁寧に。
初めてのお手紙だ。
緊張する。
今更かもしれないが、これ以上、悪い印象を与えたくないし。
いや、嘘です。
本当は多少見直して頂きたいです。
願望が飛び出るが、とにかく、最初から最後まで、出来うる限り丁寧に書いた。
それから、我が家で怪我をした時に使っている塗り薬の、未開封の小さい瓶をラッピングする。
伯爵様の瞳と同じ、紫の包装紙でラッピングしよう。
ラッピングにも気合いが入ったせいで、すべて仕上がった頃には、お昼の時間になっていた。
マーサに手紙と塗り薬を預ける。
「皆の昼休憩が終わった後で良いので、これを届けてもらえるかしら?
王宮内に魔法使いの為の塔があるそうなので、そこへお願い。」
私の言葉に、マーサはにっこりと頷いた。
*
お母様と2人で昼ごはんを食べて、今日の午後はお母様も予定がないそうなので、一緒に食後のお茶を楽しむ。
我が家自慢の庭のガセボで、美味しい紅茶を飲む、幸せなひとときだ。
ゆったりと時間を過ごしていると、玄関の方が俄かに慌ただしくなった。
何事かと身構えていると、お父様が必死の形相で、ガセボに駆け込んできた。
普段走ったりしない人なのに。
というか、まだ王宮で仕事中のはずだ。
かなり慌てている様子のお父様を、お母さまも私も急いで迎え入れる。
「あなた?どうなさったの?」
心配そうなお母様に、お父様は息を整えながら何とか笑顔を向ける。
「ティータイムに無粋な真似をして、すまないね。
ちょっと急いでいるんだ、説明は後で。
ルシア、昨晩言っていた手紙は出してしまったかい?」
お父様の言葉に、私は控えていたマーサを見る。
マーサは、30分ほど前に下男に配達を頼んだと言う。
「30分前か…遅かったな。」
お父様の深いため息に、マーサも私も顔が青くなる。
「お父様、私、良くないことをしてしまいましたか?」
私の問いに、お父様は首を振った。
「違うんだよ。
ルシアは何一つ悪くない。
もちろん、マーサや、他の使用人達も。
手紙の許可を出したのは私だ。」
お父様は私の頭を撫でて、お母様にハグをすると、
「詳しい説明は帰ってからするよ。
私はもう一度、王宮に行かなければいけないから。
騒がせてすまないね。」
と言って、そのまま元来た道を戻り、馬車に乗ると、王宮に蜻蛉がえりしていった。
ただ事ではない様子に、残された私とお母様は、どちらともなく身を寄せ合う。
お母様は、私を見ると心配ないというように微笑んだ。
「大丈夫よ。お父様が、ルシアは何も悪くないとおっしゃっていたでしょう。
夜に帰ってきたら、お話を聞きましょうね。」
優しく抱きしめられて、私もお母様を抱きしめ返した。
「お父様がお帰りになるまで、今日は一緒にゆっくり過ごしましょう。」
その後は、マーサがリラックス効果のあるお茶を入れてくれて、それを飲みながら、読書や刺繍をしつつ、落ち着かない午後を過ごした。
まぁ、読書にも刺繍にも、全く身は入らなかったよね。
*
夕方、お父様が帰宅されると、3人で夕食だ。
話の内容が気になるが、お父様もお疲れだろうから、まずは食事を、とお母様がおっしゃった為だ。
普段は楽しく話をしながら、ゆっくり夕食を食べるのだが、今日は3人とも淡々と手早く食べる。
そうなることを見越していたのだろう、メニューも食べやすいものだった。
食後、家族のリラックススペースである部屋へ移動すると、お父様は1人がけのソファに座って、深く息をついた。
「今日のお昼は驚かせてすまなかったね……
結論から言わせてもらうと、ロイス伯爵とルシアの婚約が決まった。」
お父様の言葉に、お母様は息を呑んだ。
お父様は沈痛な面持ちだ。
まるでお葬式のような空気なのだが。
え??
今なんて????