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前世含めて、一番のイケメンの前でのやらかしの数々に、私は真っ白に燃え尽きていた。
出会い頭に後ろへひっくり返り、
お尻から生垣にはまり、
助けて頂いた上、
傷を引き取ってもらったのに怒り、
説教くさい事を言って、
しかも、ペットを勝手に撫でまわしてて、
最後は名前も告げずにいなくなるとか。
ダメ人間すぎる………
貴族令嬢にあるまじき行為だわ。
ここまで好印象が皆無な事、ある?
穴があったら入りたい……
1人大反省会を行っているうちに、馬車は自宅に戻り。
フラフラと自室に戻った私は、侍女たちによってドレスを脱がせてもらい、お風呂に入って、ゆったりした家用の服装にさせてもらった。
こうして身の回りの世話を焼いてもらうのは、貴族的にはOKだが、今はそれすらダメ人間の称号のように感じる。
はぁぁ〜…
重いため息をつくと、侍女のマーサが紅茶を淹れつつ、大丈夫ですか?と声をかけてくれた。
「私、とんでもなく失礼な態度をとってしまったかもしれなくて…」
愚痴をこぼすと、マーサは少し考えて、
「もし、気になる事があるのでしたら、お手紙で改めて謝罪されてはいかがですか?」
と言った。
なるほど。
確かに、うじうじと嘆くよりは建設的だ。
でも、王宮魔法使いということと、外見の特徴は分かるけど、お互い名乗らなかったから、お名前は分からないな。
夕食の時にでも、両親に相談してみようっと。
*
夕食の席で、どう切り出そうか悩んでいると、逆にお母様の方から、話題を振ってくれた。
「ルシア、今日のパーティーはどうだった?」
心配そうに小首を傾げて、お母様がおっしゃった。
ちなみに、お母様は、目だけすこし釣り気味なものの、その他は私と同じ見た目なので、結婚するまでは大変おモテになっていたそうだ。
髪はゆるいウェーブの銀髪で、瞳の色は若草色をしている。
私が社交に出るたびに、ぐったりして帰ってくるので、心配してくださっているらしい。
「ルシアはアデルに似て美しいから、相手には困らないだろうが、名乗り出る者が多くて大変かもしれないね。」
お母様の方を見ながら、お父様が言った。
アデルはお母様の愛称だ。
お父様は私と同じ美しいブロンドの髪をした、たれ眉、垂れ目の美しい侯爵閣下なのだとか。
私的には、小さくて優しげな、ぽっちゃり中年男性。
愛嬌はあるし、実際お母様を溺愛しており、家族に優しいので、父親としては花丸満点。
でもイケメンと言われると頷けない。
「ええと、本日は第一王子殿下にお声がけ頂きました。
その後なのですが……」
私は、ざっくりと(都合の悪いあたりは盛大に削って)本日の状況を説明した。
殿下にお声がけ頂き、お話をさせて頂いたこと。
その後、少し疲れてしまったので、庭園を1人で散策していたこと。
自分の不注意で、転んでしまったこと。
転んでしまったと言った時は、両親とも血相を変えて、怪我は?痛いところは?と聞かれた。
私は首を振って、その後について説明する。
「通りかかったブラウンの髪色の王宮魔法使いの方に、助けて頂いたのです。
手のひらに傷が出来てしまったのですが、ご令嬢に傷などあってはなりませんと、その傷を、ご自身の手のひらに移動してくださったのです。」
その言葉に、お母様はホッとしていたが、お父様は難しい顔をされた。
「それで、その………私、私の不注意でできた傷を、押し付けてしまうのは心苦しくて、返してくださいと申し上げましたの。」
私の言葉に、2人は顔を見合わせた。
「結局、戻せないとお断りされてしまったのですが、私、助けて頂いておきながら、そのような事を言ってしまって…。
その上、気が動転して、名乗りもせずに別れてしまったのです。
大変失礼な態度をとってしまった事を、後悔しております。」
だから、もし出来たら、お詫びとお礼のお手紙を出したいと、私は続けた。
先ほどからずっと難しい顔をしていたお父様が口を開く。
「その王宮魔法使いの方は、髪がブラウンで、瞳は紫の方かい?」
「そうです。」
私の返事に、お父様はますます眉間に皺を寄せた。
珍しい表情だ。
家族の前では常にニコニコしているような父なのだが。
私は不思議に思って首を傾げる。
私の様子をみて、お父様は困ったような笑顔を浮かべた。
「ルシアは昔から、どのような見た目の者でも態度を変えなかったからね。
王宮魔法使いで、ブラウンの髪に紫の瞳の方は、マーヴィン・ロイス伯爵だろう。」
その名前に、お母様が驚いた顔をした。
「ロイス伯爵というと……あの?」
ん?
あのって、どの?
「ロイス伯爵には何かございますの?」
私の質問にお母様はハッとされ、お父様は首を振った。
「ロイス伯爵は大変優秀な魔法使いだよ。
それに、紳士で知的な方だ。
何度か話をさせて頂いたことがあるが、素晴らしい方だよ。
ただ、ね。
見た目に難ありとされているんだ。」
見た目?
見た目に難あり??
本気で何を言われたのかわからず、私は固まった。
本日会った絶世の美形を改めて思い出す。
冷静に、ひとつひとつ。
そう言われてみると。
確かに、彼の見た目には女神様の特徴は、ないかもしれない。
「……見た目に難ありとされている、と言うのは、どの程度のことなのですか?」
私の問いに、お父様は少し悩んだ。
「…仕事面では有能な方なので、信頼されているね。私は普通に話をするよ。
ただ、見た目のことで、心無い言葉や態度をとる者もいることは確かだ。」
お母様も続ける。
「魔法使いは子孫を残す為の努力義務があるのだけれど、かの方は婚約者すら見つからないと聴くわ。
ご令嬢方からは遠巻きにされていらっしゃるわね。
ご結婚されているご夫人などは、普通に話される方もいるけれど…」
ま さ か の。
神が作りたもうた芸術的イケメン、酷めの扱いだった。
しかも仕事は有能で、性格も良さそうなのに。
私は、この世界の不条理に恐れ慄いたのだった。