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今回のガーデンパーティーの会場になっている薔薇園は、王宮の庭園の中でも広い方だ。
会場なので、もちろん参加者は自由に見て歩ける。
パーティー参加者も多いし、婚活なので、2人だけで話したくなった場合、2人きりではないけれど、他からは話が聞こえないような、程よい距離感で散策できるよう、広めの会場が設定されているのだ。
私が入ってきたのは一番奥の方なので、あまり人が居ないようで、今のところ、警備の騎士以外の人影はない。
周囲には隅々まで手入れされた、黄色い薔薇にピンクの薔薇、形も色もとりどりで、とても美しい。
そんな様子に癒されながら、私は先程の猫ちゃんを探していた。
ご令嬢達の様子を伺っている間にいなくなっちゃったんだよねー。
触らしてくれないかなー。
不自然にならない程度に猫を探していると、少し先を曲がっていく尻尾が見えた。
走れないので、ほんの少し歩みを早めて着いていく。
猫を追いかけていくと、人のいない白いガゼボがあった。
ガセボを中心に、周囲は腰高の生垣に囲まれているが、その手前に、ほどよく日が当たっている空間がある。
猫は日向で香箱座りをしたところだった。
「わー…ここ、いい場所だねぇ」
思わずつぶやいて、猫を見やる。
猫はちらりと私を見たが、すぐに興味がなさそうに目を閉じる。
どうやら、怖がられてはいないらしい。
手が届きそうな位置まで、ゆっくりと移動すると、しゃがんでみる。
猫は動かない。
手を伸ばして、鼻先へ持っていく。
すん、と鼻を動かして、猫がこちらを見た。
そしてまた、目を閉じる。
「可愛い子だねぇ」
そっと後頭部から背中までを撫でる。
猫はそのまま動かないので、どうやら撫でさせてくれるらしい。
黒い毛並みに沿って、ゆっくりと手を動かす。
柔らかくて温かくて、ふわふわだ。
可愛がられているのだろう、毛艶がとても良い。
前世、私は動物が好きだった。
祖父母の家に犬と猫がいて、子供の頃はしょっちゅう会いに行っていた。
縁側で猫や犬と遊んでいると、嫌なことがあって落ち込んでいたり、イライラした気持ちもいつの間にか消えてしまう。
大人になってもからも、休みの日に猫カフェに行ったりしていた。
他にもウサギカフェとか、猛禽カフェとか…
本当は犬とか猫を飼ってみたかったけれど、1匹で留守番させるのは可哀想で、結局飼えずじまいだったんだよね。
可愛いなぁ。
王宮で飼われているなら、貴族の家でも飼えるかな?
お父様に頼んでみようかなぁ。
そんな風に思いながら、ゆっくりと猫の背を撫でる。
薔薇の香りに包まれて、穏やかな風と日差しを浴びて、とても良い気分。
だいぶ削られていた精神も復活してきた。
猫ちゃんの首輪は赤と黄色の組紐で、タグが付いている。
裏返すと、アルファと書いてあった。
「アルファちゃん?」
そう言うと、猫の耳がこちらを向いた。
本当に可愛いなぁ。
絶対、にやにやした変な顔になっているだろうけど、表情が引き締められない。
まぁ、アルファちゃんしかいないから、いいか。
そんな風に幸せな時間を過ごしていると、チャッチャッチャッっと硬いものが石畳に当たる音が近づいてきた。
そして、生垣からひょっこり顔を覗かせたのは、どう見てもゴールデンレトリバーな犬ちゃんだった。
「犬まで居るなんて素敵すぎる!
こんにちは!可愛いねー!」
声をかけると、その子はニコニコ尻尾を振りながらこちらへやってきた。
アルファちゃんが嫌がるかと思ったが、全く動じずに座ったままである。
犬ちゃんは近くまで来ると、アルファちゃんに鼻を寄せた。
アルファちゃんも鼻を近づけて、鼻キス。
犬ちゃんは満足そうな顔をすると、今度は私の方へやってきた。
え?
今の尊すぎない??
仲良し〜!!
そう思ってデレデレしつつ、犬ちゃんの鼻先に手の甲を近づける。
「可愛い!
私の髪と毛の色同じだね〜」
明るい金色は、まさに私の髪と同じ色味だ。
犬ちゃんはクンクン匂いを嗅ぐと、私に背を預けるように、ピッタリと隣に座った。
「触っていいかな?」
聞きながら、欲望のままに手を伸ばす。
撫でると気持ち良さそうに擦り寄ってきた。
こちらも遠慮なく撫でさせてもらう。
お、首輪発見。
アルファちゃんと同じく組紐で、色は赤と紫だ。
タグを見ると、デルタと書かれていた。
飼い主同じっぽいな。
「デルタちゃん?」
呼ぶと、ゴールデンレトリバーらしいにっこり顔で振り向いてくれた。
マジ天使。
右手にアルファちゃん、左手にデルタちゃん。
両手に花である。
私はここぞとばかりにもふもふ成分を補給した。
*
どのくらい時間が経っただろうか。
私は変わらずにしゃがんだまま、アルファちゃんとデルタちゃんを撫でていた。
まったりした時間が流れ、すっかり気を抜いていたのだ。
そこに。
ガサッ
と急な音がして、ガゼボの陰から男性が出てきた。
しばらく同じ体勢でしゃがんでいたせいか。
まったりして、気が抜け切っていたからか。
私はその人影に驚いて、バランスを崩した。
しかし、右にはアルファちゃん、左にはデルタちゃん。
どちらにも手をつくわけにはいかない。
でも踏ん張りもきかない。
結果。
ぽっちゃりな上に運動神経が全くない私は、何もできないまま、後ろの生垣に思いっきりひっくり返ったのだった。