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気合を入れて、やってきましたガーデンパーティー。
王宮の中で、今の時期最も美しいとされる薔薇園が会場だ。
私が会場へ到着すると、朗らかに談笑していた令息、令嬢たちの視線が一気に私に集中したのがわかった。
ポカンと私に見惚れる者。
羨望、嫉妬、憧れ。
様々な思いが込められた視線をひしひしと感じるが、私は淑女の笑みをたたえ、優雅にその中を歩いて行く。
はいはい、絶世の美女(白玉)が通りますよー。
途中、何人か知り合いと挨拶を交わしつつ、できるだけ目立たない端の方の席についた。
切実に壁の花を決め込みたいのだが、まぁ、残念ながらそんな希望が叶うはずもなく。
あっという間に、私は令息達に囲まれたのだった。
*
「噂に違わぬ、いえ、噂以上のお美しさですね。」
そう言って私に笑顔と流し目を送ってくるのは、私達の年代だと一番プレイボーイっぽい侯爵令息だ。
先程から、乙女ゲームの軟派なイケメンのような仕草と台詞がてんこ盛りである。
ピンクゴールドのふんわりと柔らかそうな髪をしており、身長は、おそらく160cm程度。
眉はやや凛々しく吊り上がっているが、紫色の瞳は優しげな垂れ目、肌は色白、体型はぽっちゃりより太…デブ…いや、ちょっと健康に不安を覚える身体つき。
総合すると、この世界的には美男子でモテモテなのだが。
私的には違和感しかないんだよなぁ。
遠い目をしながらやり過ごす。
「オードリー侯爵令嬢の素晴らしさは見た目ではありませんよ。
貴方にはわからないかもしれませんが。」
そう言ったのはクールビューティー系?インテリ系?まぁ、そんな枠に入りそうな雰囲気の公爵令息だ。
第一王子殿下の側近で、将来的には宰相か?と目されている程、頭脳明晰らしい。
青いサラサラのストレートヘア、スカイブルーの瞳に片眼鏡。
身長165cm程度、平行眉、目元も垂れてはいない。
肌は色白で、小さな丸い鼻、ぽってり厚めの唇。
先ほどの侯爵令息よりは、ほんの少し痩せている。
まぁでも、ぽっちゃりなんだよね。
前のパーティーでお会いした時に、政治的な話題を向けられたので、当たり障りない程度に自分の意見を返したところ、何だか気に入られてしまった。
切実にやめてほしい。
乙女ゲームのインテリ枠、わりと好きなのよ。
だからこそ!だからこそね!
見た目が好みじゃないのがしんどいのよ!!
頬の内側を噛んで衝撃を受け流す。
「庭園をご案内させて頂けませんか?」
そう言ってきたのは、ジャンル分けするとワンコ系と思われる騎士家系の侯爵令息だ。
キラキラした大きなグリーンの瞳に、ライトブラウンの短く刈り揃えられた髪。
肌は日に焼けて浅黒いが、垂れ眉、垂れ目で、鼻は丸く小さい。
そして本当に騎士家系なの?ってくらい太っている。
これで、剣さばきに問題はないの??
ご案内は穏便に辞退して、また遠い目になる。
その後は件の第一王子殿下だ。
性格はまさに、正統派、王子様キャラ。
キラキラしつつも穏やかな雰囲気で、歯の浮くような台詞回しも多い。
ふわふわのプラチナブロンドに、ブルーサファイアのような瞳。
身長160cm程度、垂れ眉と、ぽってり唇がとても女神様に似ていらっしゃる。
体型も女神様そっくりのぽっちゃり具合で、きっと維持管理に気を遣われているはずだ。
正直、かわいい女の子かな?って思う。
それで甘々王子様キャラなの……?
すみません、貴方のキラキラした笑顔が、私の笑いのツボに刺さるんです。
もう吹き出しそう。
本気で耐えられなくなってきた私は、彼らに断りを入れて、お花を摘みに行かせて頂くことにした。
*
一番近い化粧室に向かうべく、王宮の外側にある廊下を通っていく。
その廊下は外側に壁がなく、美しい庭園を眺められるようになっていた。
思わず遠い目になったり、吹き出しかけたりしてしまうが、彼らはこの世界ではモテモテの美男子達。
あのような言動になってしまうのも、当たり前の事なんだろう。
私の美醜感がズレているのが悪い、それはわかる。
だけどね、私の中では、全く美男子でない人達が、全力で美男子の台詞や仕草を行っているようにしか見えないわけで。
そのギャップを埋めるのは、どうしても難しいのだ。
はぁ。
戻りたく無いなぁ。
せめてもの癒やしに、満開の薔薇を鑑賞する。
庭師が丹念に世話をしているだろう、色とりどりの薔薇は本当に綺麗だ。
うっとりしていると、薔薇の生垣の影に向かって、黒い物がふわりと入っていくのが見えた。
なんだろう?
動物?
今世では馬以外の動物は見た事がない気がするが、位置的に猫の尻尾のような…?
気になって、生垣の影に誘われるように入っていく。
丁度、廊下が見えない位置まで来ると、中央の赤い薔薇のアーチを囲むように、大人の背丈ほどの生垣で囲われている空間があった。
そして、アーチと生垣の間の道に、可愛らしい黒猫がいた。
猫は、追ってきた私を警戒しているのか、こちらを振り返って座っていた。
私は今世初の猫に、思わずゆるゆるの笑顔を向ける。
「こんにちはー。怖くないよー。可愛いねぇ。」
そっとしゃがんで、手を出してみる。
猫は好きだ。
王宮で飼われているのか、首輪が付いており、毛並みもツヤツヤの美猫さんだ。
少しで良い、撫でさせて頂けないだろうか。
そんな気持ちで、じりじり距離をつめようとしていると。
廊下の方から、人の声が聞こえてきた。
「化粧室にいかれたそうですから、ここに居れば戻ってくる時に通るはずですわ」
ご令嬢の、少し怒気の混ざった声。
嫌な予感がして、生垣の間からそっと伺うと、ガーデンパーティーに参加しているご令嬢達が6人ほどで、廊下に陣取って化粧室の方を窺っているところだった。
わぁ……
あれ絶対、私に文句が言いたくて出待ちしてる方々ですよね…
もうこちらのHPはゼロなのよ。
幸い、庭園に入った事には気づかれていないらしい。
もうガーデンパーティーに戻りたくもないし、庭園探索して、適当なところでささっと帰ろう。
私はそのまま前屈みの姿勢で、音を立てないよう気をつけながら、庭園の奥へと向かったのだった。