25
翌日。
普段はマーサに起こされる私だが、珍しく、ひとりでに目が覚めた。
気分が良いので、このまま起きてしまおう。
まだマーサが来ていないので、伸びをすると、ベッドを出て、自分で窓のカーテンを開けて回る。
朝の日差しが差し込んで、部屋が明るくなっていく様は、気持ちが良いものだ。
晴れやかな、良い天気。
昨日も心地よかったけれど、今日も外で過ごすのに良さそうだなぁ。
正直言って、昨日は最高な1日だった。
マーヴィン様は、相変わらず神がかり的に格好良かったし。
それに、気配り上手で優しいこと。
好奇心旺盛で、聞き上手であること。
マーヴィン様の良いところが、沢山発見できた。
他の魔法使いであるアドルフ・スタイナー様とイーノック・オッグ様も大変見目麗しく、3人が並んだ状況は、眼福でしかなかった。
さらに、可愛いもふもふで溢れていた。
優しい眼差しで動物達を見つめるマーヴィン様は、絵画として後世に残したい素晴らしさだった。
あんな素敵な光景、他にないわ。
しかもしかも。
来週も、また行く約束をすることができた。
お菓子はお好きかと聞いたら、クッキーも、焼き菓子も、ケーキ類も、なんでも食べますとの事だったので、来週は手作りのお菓子を持参してみるつもりだ。
ハンカチの刺繍も喜んで頂けたので、このまま動物達を一巡しようと思っている。
次は誰にしよう。
ベータとガンマが並んでお昼寝しているのも最高に可愛かったし。
エプシロンも良いわよね。カラフルな花と一緒に刺繍しても映えそう。
ゼータ、イータ、シータも可愛い。
うさぎが3匹で顔を寄せ合っているのも良いし、思い思いに草を喰んでいるのも良い。
イオタは格好いいから、男性らしい、公式の場でも使える刺繍ができるかも。
魔法鷹というところも、マーヴィン様にピッタリでは?チーフなどで活躍してくれそうだ。
バスとアルトとテノール親子も大変良い。
でも、刺繍にしたら、ただの犬の家族に見えちゃいそう。
絶対可愛いけどね!
特にテノール!
子供の時期は短いもの。
今のあの、頭と足の大きい、丸々とした愛らしい姿を留めておきたい!!
成長記録として、段々大きくなる過程を刺繍で残すのも良いなぁ…
そんな風に悩みつつ、バルコニーへ出る為の窓のカーテンを開くと。
そこには、まさに今、想像していた、丸々とした愛らしいもふもふ………つまり、テノールが、ブンブンと尻尾を振りながら待機していたのである。
いやここ、3階のバルコニーなんですけど??
どうやって来たの??
そんな疑問が頭をよぎるが、まずは確保だと、慌てて、窓を開ける。
すると、テノールはご機嫌に尻尾を振りつつ、自ら部屋へ入って、私にじゃれついて来た。
周囲を見渡すが、他の動物や人はいないみたい。
「テノール?ひとりで来たの?」
私の言葉に、わふ!っと元気の良い返事。
元気が良いのは、大変素晴らしいけれども。
君、ひとりで出歩いていいの?
マーヴィン様や、バスとアルトが心配しているのでは?
すぐにマーサを呼んで、マーヴィン様宛に言伝を頼む。
テノールが、朝起きたら部屋のバルコニーにいたので保護したこと。
本日、テノールを送っても、問題がない時間を教えて欲しいことを伝えてと言うと、できる侍女・マーサは即座に部屋を出て行った。
マーヴィン様のいる場所は王宮なので、約束も無しに行く事は出来ない。
ひとまず返事を待たないと。
近くで座っているテノールの様子を見る。
テノールは、ぺろぺろと口のまわりを舐めながら、私の方を熱い視線で見上げてきた。
ん?
なんか…おねだりされてる?
昨日、魔法でお水をあげたが、結局その後はあげずに、「また次に会った時ね」と言ったことを思い出す。
もしかして、お水欲しさに会いに来ちゃった、とか……?
「お水が欲しいの?」
と聞くと、わふ!っとまた元気の良い返事。
いやいやいやいや。
ものすごく、期待の眼差しを向けられているが。
マーヴィン様の許可なく、あげるのはちょっと。
「あとで、マーヴィン様にあげても良いか聞いてみましょう。良いと言われたらあげるわ。
でも、1人で勝手に来るのはダメよ。」
わかる?と言うと、テノールはしゅん…と項垂れた。
こちらの言葉がよくわかる子だ。
魔獣って賢いのね。
私はテノールの頭を撫でた。
*
マーヴィン様からのお返事は、すぐに届いた。
まずは、テノールを保護したことへの御礼。
そして、迷惑をかけてしまったとの謝罪。
王宮の大門が開いている10〜17時の間であれば、いつでもテノールを連れてきてもらって構わない旨。
もしくは、都合の良い時間を教えてもらえれば、そちらまで伺います、とも書かれていた。
ふむ。
多分、マーヴィン様は当家の使用人が、テノールを連れて行くと思っているんだろうなぁ。
もしくは、この時間に迎えに来てくださいって、手紙が来ると思っているか。
だがしかし!
マーヴィン様にチラリとでもお会いできるチャンスを、私が逃す筈はない。
私が行く以外の選択肢はないのである。
そんな訳で。
昨日に続いて、今日も会えるなんてラッキー!と、私はご機嫌でマーヴィン様の塔へと向かったのだった。
*
10時を少し過ぎた頃。
テノールとマーサと共に、私は王宮へとやってきた。
マーヴィン様の塔が近づいて来た時。
人の気配、というか、声が聞こえた。
不思議に思いつつ、塔の玄関を見ると。
そこにはー……
たじろいで、背が扉に当たるほど身を引いているマーヴィン様と。
マーヴィン様を扉に追い詰め、さらに身を寄せて、至近距離でマーヴィン様を見上げている女性の姿があったのだ。
えっ
どちら様ですか?
と言うのが、最初に浮かんだ疑問。
マーヴィン様を見上げるその女性は、明らかに貴族の服を着ている。
年齢は、私よりは上に見えるが、マーヴィン様とは同じくらい…??
そして真っ直ぐにマーヴィン様のお顔を見ている。
顔を見られてもすぐに目を逸らされてしまうと、そうおっしゃっていたマーヴィン様を、至近距離で真っ直ぐに。
しかも、扉の方へマーヴィン様を追い詰めている。
待って待って、どういう状況??
混乱する頭の中で、寸劇が始まる。
『マーヴィン様!私というものがありながら、婚約とはどういう事ですの!?』
そう言って詰め寄るご令嬢。
『王命で逆らえなかったんだ!わかってくれ!』
そう許しを希うマーヴィン様。
ダメだこれ。
ポッと出で、無理やり王命で婚約した私は、完全に当て馬役じゃない………
いやでも!
恋人はいらっしゃらないって言われたし!
ということは?
『貴方が婚約して。
…私、気づいてしまいましたの。
ずっとずっと、貴方に恋していたのだと…』
うるうるとマーヴィン様を見つめるご令嬢。
『そんな……君は私に興味がないとばかり。
だから婚約を受けたんだ。
実は、本当は、私も……』
と答えるマーヴィン様。
『今更、こんな事を言っても貴方を困らせるだけかもしれない。
でもお願い!私を選んで欲しいの!!』
見つめ合う2人。
自分の想像に、真っ青になり、動けない私。
そんな私の横を、わふっわふっと、全く空気の読めないテノールが楽しそうに走っていく。
リードを持っていたはずが、手に力が入らなくなっていて、そのままテノールはマーヴィン様たちの方へと走っていってしまう。
いやぁぁぁぁぁぁ!!
待って待って!!心の準備が!!!!
そう思うが、マーヴィン様がテノールに、そして、立ち尽くす私に気づいてしまった。
驚いた顔をしているマーヴィン様の口が、小さく開く。
しかし。
マーヴィン様が何か言うよりも早く、女性が口を開いた。
「とにかく!!
今すぐに私をキノスラへ転送してくださいませっ!!」




