20
アドルフ視点
誤字報告、ありがとうございます!
ひらがなが間違っていて、お恥ずかしい限りでした……
読んでくださるだけで嬉しいのに、本当に助かります。
ありがとうございます。
「ねぇ、アドルフ。なんか僕、目が変かも。
令嬢が、マーヴィンに見惚れているように見える。」
そう言って、イーノックは自身の目が魔法にかかっているか確認するように、魔力探知をし始めた。
私にもそうとしか見えないよ、そう声を出そうとしたのだが。
目の前で起こっている事があまりに想定外で、結局何も言えずに、私も、魔力探知をしてみる。
信じられない状況に遭遇した時、魔法を疑ってしまうのは魔法使いのサガなのか。
自分…は何の魔法も使われていないなぁ。
令嬢の方にも行ってみるが、やはり魔法が使われた形跡はない。
イーノックも同じ結論だったらしく、結局、私とイーノックは、魔法を使われた痕跡が何一つ残っていない事に、首を傾げるばかりだった。
*
マーヴィンの婚約者がやってくるという当日。
私たちは、王宮の警護を行っている騎士団協力の元、マーヴィンを尾行していた。
勝手に尾行などを行うと、怪しすぎて捕まりかねないので、事前に宰相閣下に相談し、騎士団の協力を仰いだのだ。
騎士が王宮内を警戒するのは当たり前なので、彼らはどこにいても目立たない。
協力者としては頼もしい存在だった。
1人騎士に同行を願い、3人で後をつける。
マーヴィンが馬車用のエントランスに到着すると、騎士だけが見える位置に立ち、私とイーノックは木の影に隠れた。
「マーヴィンをこんな所に出向かせるなんて」
イーノックが憤っている。
イーノックはマーヴィンの事を慕っているので、彼が苦手としている、貴族の多い場所に来なければいけないのが気に食わないらしい。
でもねぇ。
婚約者なのだから、1度目の訪問の時は、出迎えくらいするのが常識的だろうし。
マーヴィンは自主的に来ていると思うんだけど。
まぁまぁ、と宥めていると、オードニー家の馬車がやってきた。
正直に言って、私はオードニー侯爵令嬢のウワサをあまり真に受けてはいなかった。
絶世の美女だと聞いてはいたが、こう言ってはいけないが、毎シーズン、社交界の花だの、精霊だの、姫だの、そう言った話題は聞くものだ。
マーヴィンも言葉を尽くして褒め称えていたが、あれはあれで、女性に微笑まれた経験すら乏しい男だ。
少しでも微笑まれたら、それはもう、美女フィルターがかかってしまっても仕方ないだろう。
そう思っていた。
果たして。
馬車から降りてきたのは、この世のものとは思えないほどの美しさの女性であった。
まさに女神の如き、完璧な形と垂れ具合の眉。
黄金に輝くブロンドの髪。
長いまつ毛が縁取る瞳は、若葉のような発色、朝露のような煌き、吸い込まれそうな透明感をもっている。
目は丸く愛らしい形で、目尻は緩やかに下がり、鼻も丸く小さく、顔の中央に神がかり的なバランスで置かれている。
真っ白で滑らかな肌は、ぽってりと丸く、光り輝くよう。
桜色の唇もみずみずしく、年頃の女性の烟るような色気を醸し出していた。
彼女が現れた瞬間。
その場にいて、彼女に見とれなかった人間など、1人も存在しないだろう。
そう確信できる、美しさと存在感のある女性だった。
思わずポカンと半開きになってしまった口を、慌てて隠す。
隣のイーノックを見ると、目を見開き、口も開けたまま固まっていた。
そうだよね。そうなるよね。
そんな女性は、紳士として手を貸そうとしているマーヴィンに、それはそれは嬉しそうな、幸せそうな微笑みを向けた。
嫌がるそぶりどころか、マーヴィンがそこに居てくれて、嬉しくて嬉しくて仕方がないかのような微笑みに、目を疑う。
そんな顔を、マーヴィンに向けるのか。
その笑顔の直撃を受けたマーヴィンは、硬直した後、太陽を直視してしまったかのような顔をしていた。
そうだよね。そうなるよね。
何だかもう、訳がわからなくなるほど眩しそうだ。
その後、マーヴィンがエスコートを自粛しようとする一幕があったが、オードニー侯爵令嬢が心底不思議そうに、エスコート待ちの姿勢をとったので、結局、2人は並んで歩き出した。
周囲からの視線が痛そうだ。
マーヴィンの顔色が悪くなって、イーノックが隣で心配そうである。
あれでは注目の的だろうからねぇ。
どうしたものかと思っていると、令嬢がマーヴィンの耳元に口を寄せた。
何かを囁かれて、マーヴィンの顔が真紅に染まる。
もはや周囲の様子など、一切気にかけられない様子で、ギギギ、と油の切れた機械並にぎこちない動きになっている。
その様子をみて、令嬢は満足げに微笑んだ。
ちょっと待って。
マーヴィン、何言われたの。
*
そこから、少し先回りをして、2人が通過するであろう、人があまり居ない場所に隠れる。
人目があるかないかで、態度が変わる人間はいるものだ。
オードニー嬢は果たしてどうなのだろうか。
そうして2人が来るのを待っていたが、近づいてきた2人の会話に、イーノックが怪訝な顔をする。
うふふふ、と、心底楽しそうな笑い声のもと。
オードニー嬢は、こちらが恥ずかしくなるほど、マーヴィンを褒め讃えていた。
「薄紫の瞳が本当に綺麗です。初めて拝見した時、マリアライトのようだと思いましたの。」
そう言って微笑む令嬢に、マーヴィンは、顔を真っ赤にしながら、なんとか、
「あ……えぇ、と、ありがとうございます…」
と返す。
いや、もう少し気の利いた返事をしなさい!
君が令嬢を褒める場面じゃないの!?
とツッコミたくなるが、それでも彼女はにこにこ笑顔のまま。
まるで、絶世の美男子に向けるような視線をマーヴィンに向けている。
「本当はマーヴィン様のお色に染まりたくて、薄紫の服を探したのですが、あまりにもお綺麗なので、そんなに素敵な色の服が手持ちになくて…
今度、生地を取り寄せて、探すつもりです。
そんなわけで、今日はマーヴィン様の髪色からとって、ライトブラウンのワンピースにしました!」
嬉しそうにスカートを広げて、そんなことを言うオードニー嬢は、さながら天使のようだ。
相手の髪色や瞳の色を纏うのは、好意を伝える行動のはず。
それも、熱烈な部類の。
最早返答が出来ないのか、口をぱくぱくさせるだけのマーヴィン。
そんな様子すら、オードニー嬢は満面の笑顔で。
本気でマーヴィンを好いているようにしか見えない状況に、私とイーノックは思わず魔法探知をして、首を傾げたのだった。
*
そこからさらに移動して、マーヴィンの塔の入り口へやってきた。
普段なら勝手に入ってしまうのだが、今日はここで待つのが良いだろう。
さっきまで我々と一緒にいてくれた騎士には、おかえり願った。
彼は最後まで、信じがたいものを見たような顔をして、首を捻っていて、皆同じ心境なんだなぁと思ってしまった。
絶世の美女が、醜男をうっとり見上げる様は、はたから見ていると異様な光景だ。
というか、あれはマーヴィンの事が本気で好きか、もしくは何か事情があり、マーヴィンを落としにかかっているとしか思えない。
それでも、演技であれば、限度はあるはず。
醜男3人に囲まれて、果たして彼女はどんな反応をするのか。
こちらに歩いてくる2人を眺めていると、気がついたマーヴィンが睨んできた。
眼力だけで、早く立ち去れという気持ちが伝わってくる。
まぁ、無視するけれど。
マーヴィンの視線を辿って、オードニー嬢も私たちに気が付いた。
彼女はキョトン、と目を丸くして。
そして、誰もが見惚れる美しい笑顔を浮かべたのだった。
彼女の若草色の瞳は、幸福、歓喜、そういった感情で輝いている。
少しの悪感情もない。
この世のものとは思えないほど美しい、満面の笑み。
私とイーノック相手に、である。
うん。
これは。
マーヴィンが骨抜きになるのは、もう決定事項だな。
そう、私は思ったのだった。
婚約者同士の時間を邪魔するのは野暮というものだが、オードニー嬢の思惑がわからないのだから、今回はお邪魔させてもらおう。
そんな訳で、私は嫌がるマーヴィンに、そんな事言わないで。せっかくだから皆でお茶でも。と押し通し、強引に部屋の中へ入り込んだ。
ちなみに、イーノックはオードニー嬢の笑顔を浴びて思考停止中だ。
先ほどから一言も発せなくなっている。
無理もないけれど。
オードニー嬢の手前、強く出られないマーヴィンを押し込んで、なんとか4人でのティータイムを勝ち取る。
侯爵家使用人の淹れた紅茶は、香り高く美味しかった。
「さすが侯爵家ですね。いつもと比べものにならないくらい美味しいですよ。」
そう褒めると、
「ありがとうございます。マーサが入れてくれる紅茶は、いつも本当に美味しいのです。」
と、オードニー嬢は自然に返してきた。
侯爵家の素晴らしさか、茶葉の高価さを語られるかと思ったのに。
返ってきたのはマーサさんへの賛辞。
彼女はマーサさんに自然と御礼を言う。
マーサさんも、それを自然と受け取っているので、おそらく日頃からそうなのだろう。
16歳にして、ここまで使用人にも心を配れ、醜男相手でも笑顔を絶やさず、しかも誰もが見惚れる美人。
こんな人が、世の中に存在するのだろうか。
人間が出来すぎてやしないか?
半信半疑で、ちらりとイーノックとマーヴィンを伺う。
笑顔ひとつで思考停止しているイーノックと、おそらく絆されつつあるマーヴィン。
この2人を守らなきゃいけない。
自分だけなら、例え騙されていたって、良いのだけれど。
もし、私の大切な人達を騙すような者が、近づいてきているのであれば。
それは許容できない。
気を引き締め直しているあいだに、マーヴィンが彼女から刺繍入りのハンカチをもらっていた。
「アルファとデルタのこと、よく覚えておいでですね。そっくりだ。」
そう言って、愛猫と愛犬の刺繍を嬉しそうに見つめるマーヴィン。
オードニー嬢を確認すると、彼女は、マーヴィンの笑顔に、顔を真っ赤にして俯いていた。
それは、マーヴィンに恋をしているのだろうと思える表情だった。
間違いなくマーヴィンに見惚れているし、
マーヴィンが喜んでくれたことを、彼女も喜んでいる。
そうとしか思えない。
これが演技だとしたら、勝てる気がしない。
というか、ものすごく甘酸っぱくて初々しい、気恥ずかしい空気が2人の間に流れているのだが。
どうしよう。
とりあえず、静かになってしまった2人に言葉をかける。
私の言葉に、オードニー嬢は、私のハンカチを見せて欲しいと言ってきた。
ふむ。
ちょうど良いかもしれない。
もう一度、オードニー嬢を試してみよう。
そう思い、ハンカチを渡す。
マーヴィンとイーノックも、身を乗り出してきた。
私は普段、妻の話はほとんどしないし、こういうものも見せないから、興味があるのだろう。
オードニー嬢が、丁寧にハンカチを広げると。
王都では珍しい、幾何学模様の刺繍が現れた。




