16
マーヴィン視点
翌朝。
ガッシャーンッ!!
突然の音に、慌てて飛び起きた。
防御魔法を突破して、扉を無理やり開けられた。
そんな芸当ができる心当たりは1人しかいないが、そいつではなかった場合は、敵襲の可能性が高い。
いつでも魔法を展開できる準備をして、剣だけ持って下へ降りる。
玄関を覗くと、楽しげな笑みを浮かべた、黒の魔法使い、アドルフが立っていた。
やはりコイツか………
「…せめてこちらが起きてから来い。」
不機嫌に言うと、アドルフは小首を傾げる。
「婚約のお祝いに来たのに、酷いじゃないか。
ルシア・オードニー嬢と婚約したんだろう?
事前に教えてくれても良いと思うんだけどね。
まさか、君の婚約を人伝に聞くことになるなんて。」
笑顔の奥に若干の不機嫌さを滲ませて、言われる。
………?
起き抜けのせいもあり、全く頭が追いつかない。
何だって?
婚約?
…………オードニー嬢と言ったか?
「オードニー嬢が婚約したのか?誰と??」
私の問いかけに、アドルフは心底、不思議そうな顔をした。
そして、にやりと笑う。
「起きてないのかい?……それとも、陛下に、してやられたのかな。」
そして、つかつかとこちらに歩み寄り、完全に寝起き姿の私をマジマジと見た。
「マーヴィン・ロイス伯爵とルシア・オードニー侯爵令嬢が婚約したって。
昨晩の社交の場は大騒ぎだったんだよ?
何も知らないでフラッと顔を出してしまったせいで、人に囲まれて、今の今まで解放されずに困ってしまったから、苦情を言いに来たのだけれど。
……本気で知らないようだね?」
みるみる蒼白になっていく私の顔色を見ながら、アドルフは、はぁとため息をついた。
「まぁ、君がよく許可を出したな、と思っていたんだけど。陛下もよくやるね。」
よっぽど君の事が心配なんだねぇ。
という呑気な言葉を聞きながら。
私は震えていた。
一昨日と昨日の、素晴らしい思い出に、泥を塗られた心地だ。
せっかく、表面上だけでも、穏やかに微笑んでくれる、優しい女性との思い出ができたのに。
まさか婚約なんて。
嫌に決まっているじゃないか。
おそらく、一昨日の様子を密告した者がいたのだろう。
手を取り合っていたとか、微笑みあっていたとか、そういう事を陛下に言ったに違いない。
それに陛下が喜んでしまわれたのだろう。
だからっていきなり婚約の命を下す、陛下も陛下だが。
それも、こちらに何の連絡も無いのだ、オードニー侯爵令嬢にだって無いに違いない。
彼女の気持ちなど、まるっきり無視をして、王命で押し切ったのだろう。
なんという事か。
泣き腫らした顔をした彼女に、大変申し訳ないのですが……と言われる自分が容易に想像できて、絶望感が襲ってくる。
だが、これは良い方の想像だ。
罵られたり、目の前で号泣されたりしたら………
許しがたい。
彼女にそんな顔をさせる、陛下も、私も。
こうしてはいられない。
早く陛下のところへ行って、爵位返上でも国外逃亡でもチラつかせて、この茶番を終わらせなければ。
あちらが折れないなら、本気で国外逃亡してもいい。
彼女を苦しめるより、その方がマシだ。
「…というか、さっきオードニー侯爵令嬢の名前に反応してたよね?
今をときめく社交界の華と、いつの間に仲良くなったんだい?」
揶揄う調子で聞いてきたアドルフの肩に、さっと手を置いて、即、転移魔法をかける。
「あ!?ちょ、マーヴィンッ」
瞬く間に、アドルフは消えた。
今頃、本人の家の前だろう。
後で文句を言われるだろうが、今はどうでもいい。
私は踵を返すと、最速で身支度を整えて、陛下の元へと向かったのだった。
*
そして陛下の謁見とルシア嬢との庭園散策を終えて、帰宅した私を待っていたのが、アドルフとイーノックだった。
目の前のマグカップからお茶を飲みながら、ルシア嬢との出会いから、本日までのことを2人に話す。
「……それで、結局、本日すぐに婚約を破棄するのでは、外聞が悪いという話になり、しばらくは婚約者として過ごすことになった。」
アドルフは楽しそうに、イーノックは眉間に皺を寄せて私の話を聞いていたが、話し終えるとイーノックがすぐに口を開く。
「つまり、しばらくしたら婚約を解消するけど、それまでは婚約者ごっこをするってこと?」
「……そういうことだと思う。」
私の返答に、イーノックは不機嫌な顔で、
「どうせ解消するなら早い方がいいでしょ。
マーヴィンだって忙しいんだし。
週1で会うとか、時間の無駄じゃない?」
と言った。
それをどうどう、と宥めつつ、
「いや、相性が良ければ結婚するんじゃない?
オードニー侯爵令嬢の言葉を信じるなら、見た目は気にならないらしいし。」
とアドルフが言う。
「本気で見た目を気にしない人なんていないでしょ。」
「それはわからないよ。
それに、マーヴィンは見た目以外なら、真面目で、優秀な魔法使いなわけだから。
良い結婚相手じゃない?」
「でも、オードニー侯爵令嬢は社交界の華なんでしょ?
第一王子殿下の結婚相手だって可能性あるのに、なんでマーヴィン?
それに、外聞が悪いって言うけど、すぐに婚約破棄しても、多分あっちには大してダメージ無いんじゃない?
国一番の醜男相手じゃ、無理ないって皆言うでしょ。」
そうやって言い合う2人を見ながら、私も考える。
確かに、私のような醜い男の婚約者にされたなら、破棄しても仕方ないと思われるような。
なぜ、ルシア嬢は、婚約の継続を望んだのだろうか?
「マーヴィンはさ、婚約者として長く一緒にいたいの?
結婚したい?それとも、早めに解消したい?」
アドルフの問いかけに考える。
「結婚は、してもらえるなら、有難いが。
まぁ、無いだろう。
……どうせ解消するなら、早めがいい。」
長く一緒にいるのは怖い。
解消されるなら、できる限り早めが良い、そう思った。
「婚約してる理由、お金じゃない?貢がせたいとか。
魔法使いって貴重だし、お金持ちなイメージがあるから。」
イーノックが言う。
確かに、魔法使いは貴重ゆえ、そこそこ稼ぎは良いが。
しかしオードニー侯爵家と比べたら、劣るだろう。
あちらは国でも指よりの、やり手侯爵閣下だ。
ルシア嬢のことを溺愛していると聞くし、わざわざ私に貢がせなくても、欲しいものは手に入るように思う。
「陛下に物申せるから、すごい人だと思われたのでは?」
とアドルフ。
確かに、陛下に詰め寄っていたが。
そういった勘違いが生まれてしまったのだろうか。
うんうん唸る私とイーノックを見ながら、アドルフは口を開いた。
「まぁ、何はともあれ。婚約者するんでしょう?
せっかくだからマーヴィンの生活とか稼ぎとか、全部さらけ出しなよ。
稼ぎはあるけど、生活は質素倹約だし、全部見て、向こうが無理だと判断すれば、さっさと別れられるでしょう。」
それは、そうかもしれない。
さっさとガッカリしてもらい、婚約を解消するのが互いの為だ。
頷くと、じゃあ1週間後は、マーヴィンの塔に招待しなよ、アルファたちに会いたがっているみたいだし。と言われた。
そうだなと返して、息を吐く。
私の生活は、およそ貴族のそれではない。
すぐに婚約解消となるだろう。
早い方がいい。
そんな私の様子を見ながら、じゃあ、今日は解散でと2人は帰って行った。
*
「いや、全然、婚約解消したがってるように見えないんだけど?すでに骨抜きじゃない?
名前呼びを許可しているし、話の最中も、褒めまくってたよね?」
外に出るなり、不満げにイーノックが言う。
「まぁまぁ、普通に扱って貰えるだけで、骨抜きになる気持ちもわかるでしょう。
それに、さっきも言ったけれど、生活を見せて、オードニー嬢の反応を見るのは悪い事じゃないよ。
…どんな反応をするか、気になるよね?」
にやりと笑って言ったアドルフに、イーノックも同じ顔を返す。
「マーヴィンが骨抜きな分、僕達でオードニー嬢の事を見定めるって訳だね。」
「そういう事。1週間後、忘れないでね。」
アドルフの言葉に、イーノックは鼻息荒く帰って行った。
1人残ったアドルフは、雲の多くなってきた空を見上げ、ひとりごちる。
マーヴィンの言うように、女神のような女性なら良い。
でも、もし違うなら。
魔法使いは貴重な存在だ。
それを悪用しようとする者もいる。
「見定めないとね。……これも年長者の仕事かな。」
アドルフのつぶやきは、空へと消えていった。




