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マーヴィン視点

「これは、私の傷ですわよね?」

硬い声で尋ねられて、視線が彷徨う。


怒らせてしまっただろうか?


それとも、傷を移動させるなど気味が悪かったか?



「ええと…治癒魔法は専門外でして。

私が得意としているのは、移動の魔法なのです。」


なんとか、そう返すと。

彼女は傷を返して欲しいと言ってきた。


「…助け起こして頂いた上に、傷を押し付けるのは本意ではございませんわ。

それに、治れば傷跡も残らないと思いますの。

私が悪くてできた傷ですし、私の手のひらにあって当然でございます。

お願いいたします、お返しくださいませ。」


そこには、私を責める言葉は何ひとつなく。

むしろ、気遣う優しさがあった。




やはり、彼女は女神か精霊なのでは?


……いやいや、何を馬鹿な事を。

パーティー用のドレスだし、貴族令嬢の、はずだ。


心優しい、彼女のような女性に傷があるなど、許されることではない。


「申し訳ございませんが、自分の傷を他人に移動した経験はなくて。

お返しする事は出来ないのです。」


ご希望に添えず申し訳ございません、と謝って、彼女と視線を合わせる。

実際、自分の傷を移動したことはない。

やったら出来るような気はするが。

やるつもりは一切ないので、言わなくていいだろう。


彼女は真っ直ぐに私を見てくれている。



私の見た目からすれば、真っ直ぐに見てもらえる事すら、信じられない。



こんなにも人間ができた、身も心も美しい令嬢もいるのだな。


若い令嬢達からは、悲鳴を上げられたり、気絶されたり、邪険にされたり、遠巻きに嘲笑される事が多かった。

態度が良い方には、避けられるか、憐れまれるか。

私を見るだけで、具合が悪くなる方も少なくない。


視線を合わせ会話をしてくれるのは、もう結婚されているご婦人方。

その中でも、理性的で人格者である一部の方々だけだ。


その方々の瞳にも、憐憫は必ずあった。


しかし。

彼女の瞳には、全く悪感情が見えない。


嫌悪感だけではない。


憐れみや、同情のようなものすらない。


むしろ、好意的だと勘違いをしてしまいそうな、温かい視線。




渇望して、でも、とっくの昔に諦めたはずのもの。





そんなものを思い出しかけて、慌ててまた、心の内に仕舞い込む。


無性に、泣きたくなった。




それなのに。


驚きは、まだ続く。


彼女は水の魔法が使えるらしく、なんと、水を出して、私の手のひらを洗ってくれたのだ。


それも、謝りながら。

本当はお礼が言いたい、そう言われて息を飲む。


驚いた顔をしている私の目を見つめて、彼女は苦笑した。


水で丁寧に傷を流し終えると、今度は持っていたハンカチで手のひらを押さえてくれる。

慌てて、「ハンカチが汚れてしまいます」と言ったが、彼女は穏やかに、首を振った。


「差し上げますわ。血が止まるまで抑えてください。

今日は使っていないので、清潔なものですから、御安心くださいませ。」


そして、そっと手を離される。


その段になって、ずっと手に触れられていた事に気づいて、一気に顔が熱くなった。




「えぇと、この、アルファちゃんとデルタちゃんは貴方の?」


彼女の言葉に足元をみて、戯れるように寄り添ってきたデルタの頭をぽんぽんと撫でた。

デルタのおかげで、顔に集まっていた熱が落ち着く。


「はい、私が飼っています。名前、よくおわかりですね。」


そう返すと、首輪のタグに書いてありました、と言われる。

確かに書いてあるのだが、タグを見たと言うことは、2匹に触ったのか?

ご令嬢は、汚れるからと、動物を嫌がる者も多いのだが。

それも、パーティーに来るために着飾っているのなら尚更だ。


「失礼な事などございませんでしたか?

本日はガーデンパーティーなので、部屋に入れておいたのですが、いつの間にかいなくなっていて。

探していたのです。」

なにか粗相をしていなければ良いがと思って伺うと、彼女は楽しげに笑った。


「とんでもない、私、可愛くてつい、撫でさせて頂いておりましたの。

とても素敵な時間を過ごせましたわ。」


「それならば良かった。

この2匹は撫でられるのが好きなので、こちらも、あなたのおかげで楽しく過ごした事でしょう。」


そんなやりとりをして、微笑み合う。


夢のような時間が終わり、彼女は再度、お礼と謝罪を言ってくださると、笑顔のまま、去っていった。



私はその時間を名残惜しむように、しばらくその場所から動けないで居たのだった。




その日は、夢でも見ていたのか?と自身を疑っては、

手のひらの傷を確かめて、夢ではないようだ、と思い直す、不思議な一日となった。





次の日。

朝の洗顔で、手のひらが目に入り、自然と頬が緩む。


傷を見て喜ぶなど、変態のようではないか。


しかし、この傷がないと、いよいよ夢か妄想か、と自分を疑う気持ちが強まる。


傷が、事実なのだと教えてくれる。


あの心優しい女性が実在するのだと。



良い思い出が出来た。


また会いたいと思いもしたが、これは一度きりの思い出なのだと、そう自分に言い聞かせる。




そして、いつも通りの日常に戻る、はずだった。



人の訪問があったのは、日が傾き始めた夕方頃のこと。

アドルフかイーノックだろうと、気楽に扉を開けると、立っていたのは宰相閣下の使いの者。


何故か、手紙とラッピングされた品物を渡された。


「明日の午前中に、陛下がお呼びです。」

その言葉に、伺いますと返事をすると、使いの者は一礼して帰っていった。


扉を閉めて手紙を見ると、ルシア・オードニーと署名がある。

オードニー侯爵家のご令嬢は1人のはず。

確か、今期デビュタントした中で、一番美しいと話題の令嬢だと、アドルフが言っていたな、と、考えて。


昨日の女神のごとき女性が思い出される。


ま さ か …


慎重に、できるだけ丁寧に手紙を開ける。


出てきたのは、白い花と猫のモチーフのついた、愛らしい便箋だった。



親愛なるロイド伯爵様


昨日は、転んでしまったところを助けて頂き、本当にありがとうございました。

私はオードニー侯爵家の長女、ルシア・オードニーと申します。

昨日は名乗りもせずに、大変申し訳ございませんでした。


ロイス伯爵のお名前は、父から伺いました。

王宮魔法使いの、ライトブラウンの髪に、美しい紫の瞳の紳士的な方に助けて頂いたと言うと、それは、マーヴィン・ロイス伯爵様だと。

両親からも、ルシアを助けてくださり、感謝いたしますと伝えてほしいと言付けを頼まれております。

本当にありがとうございました。


手の傷は大丈夫でございますか?

もし、化膿していたらと、心配しております。

傷薬をお送りしますので、よろしければお役立てください。



感謝を込めて。

ルシア・オードニー





手紙と一緒に届いた品物は、薬らしい。

こちらも、丁寧にラッピングされている。


今までも、貴族の婦人やご令嬢から、御礼の手紙をもらう事はあった。

魔法使いにしかできない用件などをこなした場合だが、いつも形式的で最低限の手紙だった。


それと比べると、ただ助け起こして、小さな怪我をもらっただけでこの手紙は、過分にすぎると思うが……


少なくとも、便箋は彼女が選び、文章も考えたはずだ。

アルファを知らなければ、私にこの便箋は結びつかないだろう。


貴族女性の手紙など、便箋選びも、もちろん内容も、侍女頼みという事も多いのに。

さすがに、この少し可愛らしさがありつつも美しい文字は、侍女が書いたかもしれないが。


ラッピングを丁寧に外すと、中から出てきたのは緑の魔法使いであるイーノック特製の傷薬だった。


なるほど、これは侯爵家でもなければ買えない。

間違いなく、この国で一番効く傷薬だ。

本当に申し訳ないほど気を遣われているな、と思いつつ、薬を手のひらに塗った。

保護テープを貼って、もう一度手紙を眺める。


私の見た目を色だけで表現してくれているな。

美しい紫の瞳、など初めて言われた。


…ラッピングが紫なのはその為か?


いや、偶然だな。

良い方に考えすぎている。



しかし、有難いことだ。

包装材も捨てる気にはならず、丁寧に畳んで手紙と共に引き出しへしまう。



明日から、また国の為に頑張ろう。

そう思って眠りについた。



明日の朝、起き抜けに彼女との婚約を祝われるなんて、これっぽっちも思わずに。

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