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マーヴィン視点
「おかえりー」
自らの魔法使いの塔に入ると、キッチン脇のダイニングテーブルで、黒の魔法使いこと、アドルフ・スタイナーと、緑の魔法使いこと、イーノック・オッグが我が物顔でお茶を飲んでいた。
普段なら邪魔だと追い払うところだが、そんな気力もなく、ノロノロと自分の席に座る。
アドルフとイーノックは、互いに顔を見合わせて、「これは…」「重症だな」と言葉を交わし、私の前に紅茶の入ったマグカップを置いたのだった。
私の交友関係は狭い。
陛下や宰相閣下をはじめ、貴族の方々とは偶に会うこともあるが、日常では、この2人以外と話すことは、ほぼないと言っていい。
現在、この国に居る魔法使いは3人。
全員が王宮の中に、魔法使いの塔と呼ばれる塔を賜っており、そこで日々魔法の研究や実験を行っているのだが。
その3つの塔は互いに歩いて5分程度の距離にあり、お互いの意見交換や、共同研究もある為、行き来している。
そして、ちょうど中央にある私の塔は、集まる為によく利用されており、もはや溜まり場と化しているのである。
「マーヴィンのとこが、日当たり良くて、動物もいて、整理されてて、過ごしやすい」
というのが2人の言だ。
そして、魔法使いは、見た目が悪い者が多い。
最年長で、見た目が1番ましなアドルフは既婚者で子供もいるが、私は25にして全く相手がなく、5つ下のイーノックも、このままいくと私と同じになりそうな状況だ。
陛下が私に結婚相手をと、探している事は知っていた。
だが、相手がいるはずないと思っていた。
いや、今だって思っている。自分の相手などいるはずない、と。
私の世界は、この狭い交友関係と、国の為の、魔法の研究が全て。
そのはずだ。
それでいい。
恩義ある陛下と妃殿下の為、精一杯、魔法の研究をしよう。
そう思っているのに。
*
私の世界が瓦解した始まりは、一昨日の事だ。
一昨日は、王宮の庭園で、パーティーが開催されていた。
未婚の貴族には招待状が届くので、私のところにも届いたが、20歳を超えてからは、全てに欠席の返事を出している。
今回は高位貴族の、しかもデビュタントしたばかりの者たちが多く集まるとの事で、イーノックも欠席したらしい。
高位貴族は、美しい者が多い。
そして、醜い者への嫌悪感は、デビュタントしたばかりの年齢の者たちには、隠すのは難しい。
居心地が最悪になるだろう場所に、出向く気にはならなかったのだろう。
朝、アルファが撫でて欲しいと擦り寄って来たが、こういうパーティーの日は、とにかく無心で研究していたい気持ちが強く、少し撫でただけで、動物用の部屋へ入れてしまった。
それがいけなかったのだろう。
お昼を過ぎた頃、動物達に昼ご飯をあげなければと、研究を一休みして部屋へ行ったところ。
アルファとデルタの姿がなく、閉めたはずの、部屋の窓が開いていたのだ。
外側から窓が開けば、わかるように防犯魔法がかけてある。
それが作動していないと言う事は、内側から開いたということ。
アルファはどうやら、知らぬ間に窓開けを会得してしまったらしい。
デルタはアルファの後に着いていってしまったか…?
私は慌てて、魔法使いのローブだけ羽織ると、2匹を探しに、外へと出たのだった。
最初は庭園以外の場所、他の魔法使いの塔や、自分が管理している薬草畑等を探したが、2匹の姿はなく。
その次に心当たりがあるのは、薔薇園だった。
今日は気候も良く、庭園で日向ぼっこをするには最適な日和だ。
しかも、アルファは、人の気配がある場所も好きなのだ。
探しに行かなければならないが……
パーティー参加者たちに、会わないようにしなければ。
そう思いつつ、庭園に入った。
まずは人が居ない事を確認して、それから足元を見て2匹を探す。
そんな事を繰り返している時。
私は、ルシア嬢に出会った。
*
最初は、彼女のあまりの美しさに驚いた。
ふわりと広がる、柔らかなブロンドの髪。
美しく垂れている眉と、女神様と同じく、慈愛が感じられる目尻。
若草色の瞳はキラキラと輝く新緑だ。
小さな鼻に、ぷっくりした桜色の唇。
それらが、柔らかな丸みを帯びた輪郭の内側に、全て完璧に配置されている。
彼女が人間である、と言われるより、彼女こそ女神だ、と言われる方が信じられそうなほど、美しい女性がそこには居た。
私に驚いたのだろう、転んでしまった彼女に慌てて近寄る。
手を差し伸べた所で、自身の過ちに気がついた。
物陰から急に現れたので、驚かせたのかと思ったが、私のあまりの見た目の酷さに驚いた、という可能性もあることに気がついたのだ。
これは、叫ばれるか、手を振り払われるか。
どちらにしろ、良い状況にはならないだろう。
謝りつつ、足早に去るのが、私がすべき事だったのに。
彼女の美しさに頭が働かなくなったのか、顔も隠さずに近づいてしまった。
後悔に襲われたが、今更そうする訳にもいかない。
最悪叩かれるかもしれないな。
そんな想像をしていた私に、しかし次の瞬間、驚くべき事が起きた。
「いえ、私の方こそ、変に驚いてしまって。
お恥ずかしいですわ。
お手を貸して頂き、ありがとうございます。」
そう言って、女神のように可憐な彼女は、躊躇いなく私の手を握ったのだ。
輝くような笑顔を向けられ、息が止まる。
目の前に、まさに芸術品というべき美貌が広がった。
目が合っているよな?
見えているよな??
私の顔を見て、微笑んでいるのか??
やはり、人間ではないのだろうか?
薔薇の美しさにつられて、女神が降臨したのか?
それとも、薔薇の精霊か?
そんな事で頭がいっぱいになったが、幸い、手は無意識に動いて、きちんと彼女を立ちあがらせる事には成功した。
「助けて頂き、本当にありがとうございました。」
そう微笑まれて、驚きが顔に出てしまう。
しかしすぐに、申し訳なくなった。
こんなにも、身も心も美しい女性を転ばせてしまうなんて。
私は一体何をしているのか。
会話が許されているようなので、怪我が無いか尋ねると、彼女は笑顔のまま、大丈夫ですと言いかけた。
しかし、彼女が言い終わらないうちに、彼女の左手に血が滲んでいるのが見えて、血の気が引いた。
女性に怪我をさせるなど!
「失礼致します」
痛まないよう手の甲に触れ、傷の具合を確かめようと、そっと持ち上げる。
すると、彼女は私に気を遣って、言った。
「少し切ってしまったようですが、この程度、問題ございませんわ。
綺麗に治りますもの。」
なんと言う事だ。
お前のせいでと罵っても良い場面で、彼女は変わらず私に笑顔を向けてくれる。
しかも気遣いまで。
私が、驚かせてしまったせいなのに。
そうでなくても、目の前に居るだけで、人を不愉快にさせる私なのに。
美しい彼女は、その心まで清らかで、なんと美しいのか。
余計に自分が許せなくなり。
私は、彼女の傷を自分の手に移動させる事にした。
本当は治せるのが一番だが、治癒魔法は緑の魔法使いの分野で、残念ながら、私には適性がなく使えない。
だが。移動魔法であれば得意分野だ。
すぐに魔法陣を展開し、傷を私の手に移した。
左手にピリリとした痛みが走って、成功を悟る。
彼女は、驚いた顔で自分の手のひらを見つめていたが、私の姿を改めてまじまじと見てから、御礼を言ってくれようとしてー、
その途中で突然、私の左手をとった。
予想外すぎて、何もできずに手のひらを見られてしまう。
そこに傷を確認してーー
彼女の顔は一気に険しくなった。




