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2人で庭園を散策でもしながら、仲を深めなさいと言われた為。
ロイス伯爵は、私をエスコートしながら、王宮の庭園内をゆっくりと歩いてくださっている。
一昨日もお邪魔した、あの薔薇園だ。
午前中の爽やかな風と、美しい緑と、満開の薔薇と、甘やかな香り。
隣には、芸術的なほどに美しい男性。
しかも。
私の、ふくよかで若干短い足と、ロイス伯爵の、スラリとしなやかに長い足では、コンパスの差が大きいはずなのに、さっきから、全く違和感も歩きづらさも感じられない。
とても、気を遣ってくださっている。
そのことが嬉しくて、心が温かい。
幸せいっぱいの私の頬は、どんどんだらしなく緩んでいるだろう。
「オードニー嬢、本当に、無理はしていないですか?
具合が悪くなったり、辛かったら、遠慮なくおっしゃってください。」
幸せに浸っていた私の耳に、ロイス伯爵の気遣わしげな声が聞こえて、首を傾げる。
実はこの確認、2人きりになってから、言葉を変えて、すでに何度も行われている。
今までどんな扱いを受けていらしたのかしら。
どうやら、私の事を悪く思っているというよりも、伯爵の見た目に耐えられる女性がいると言うことが、そもそも信じられないらしい。
「私、先ほども申し上げましたが、ロイス伯爵の見た目に、なんの嫌悪感もございませんの。
女神様に似ていないのは分かるのですが、そこに嫌悪感が結びつかないのです。
ですから、ご心配いただくような事は、何もございませんわ。」
私の回答に、伯爵は、でも、だが、いやしかし…みたいな事を言いかけ、俄には信じられないような、でも僅な期待もあるような、不思議な顔をなさる。
これの繰り返し。
うん。
まぁ、ほぼ初対面で、信頼関係も無いのだから、私の言葉を信じてもらうのは難しいよね。
わかってもらうには、これから態度で示し続ける他ないのだろう。
私は話題を変えるように口を開いた。
「そういえば、アルファちゃんとデルタちゃんはお元気ですか?」
私の言葉に、ロイス伯爵は困ったように微笑まれた。
「私は他にも動物を飼っているのですが、あの2匹は人が好きで。
私が研究であまり構えないせいか、一昨日は脱走してしまったのです。
今後はないように、きちんと施錠しなければなりませんね。」
その言葉に、うーんと考える。
人が好きで構われたいのに、施錠した部屋に閉じ込められてしまうのでは、可哀想な気もするなぁ。
脱走は危ないからダメだけれど、構われないでストレスを溜めてしまうのもねぇ。
あ。
「私、また2匹を撫でたいと思っておりましたの。
良かったら、構いに行ってもよろしいですか?」
構われたいモフモフと構いたい私、win_winなのでは!?と思って提案してみたが、言ってから、これ、あなたの家に行っていい?って聞いてるな、と気づいた。
はしたないと思われるかも。
慌てて言葉を続ける。
「その!無理に、とは言いませんわ!
ただ、構われないのがストレスになってはいけないかと思いまして!」
私の言葉に、ロイス伯爵は眉を下げて困ったように微笑んだ。
「2匹は、とても喜ぶと思います。
しかし、動物を飼っているスペースですので、綺麗とは言えない環境です。
それに、私の魔法使いの塔で飼育しておりますので、私も常時、同じ塔内にいることになりますし…」
2匹は喜ぶけど伯爵は迷惑ってことですよね!
わかります!
いきなり、パーソナルスペースへの立入許可を求めてしまったわ。
「そうですよね、ロイス伯爵のご迷惑を考えず、申し訳ございません!
えぇと、私、侯爵家の馬小屋にもよく行きますの。
ブラッシングも、餌やりも、馬糞の世話もできますわ。
ですから、動物の暮らす環境は問題ございません。
ロイス伯爵に会えることも、とても嬉しい事ですわ。
…ですが、いきなり不躾でした。
その………ロイス伯爵が、よろしいと思ってくださいましたら、ぜひ、伺わせて頂けたら、嬉しいです。」
恥ずかしくて真っ赤になった顔を押さえながら、なんとか言い切る。
行きたくないと思われないように。
すると、ロイス伯爵も、顔を赤くして視線を逸らした。
ひえぇ。
イケメンの照れ顔、破壊力すさまじいな。
しばらく間が空いて、ポツリと返される。
「…覚えておきます。
それと…………その、もし宜しければ、マーヴィンと、お呼びください。
こ、んやくしゃ、ですので。」
引き続き真っ赤なロイス伯爵、もといマーヴィン様のお顔をチラリと盗み見る。
恐らく、というか確実に、私も人の事を言えないほど真っ赤になっているはずだ。
婚約者と言い慣れないイケメン。
最高すぎるけど、キャパオーバーしそう。
「はい。マーヴィン様。
私の事は、ルシアとお呼びくださいませ。」
「では、ルシア嬢、と…」
「はい……」
その後は、お互いに俯き加減で、言葉少なに、庭園を歩いたのだった。