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「婚約を解消してください!今すぐに!」
開いた扉の向こうで、相変わらず見目麗しいロイス伯爵が、陛下の執務机に両手をつき、身を乗り出して、大きな声で言っているのが聞こえ。
お父様からの話に、大いに膨らんでいた私の期待は、しゅるしゅると音を立てて萎んでいった。
*
昨日、私とロイス伯爵は婚約した。
急な話に大変驚いたが、どうやら薔薇園での一件にかなり大きめの尾鰭がついて、国王陛下に伝わったらしく。
ロイス伯爵の婚姻に悩んでいた陛下は、その噂に飛びついたとの事。
至近距離で恋人同士のように見つめあっていたとか、手を取り合っていたという噂が出たそうだ。
やだぁ、そんな風に見えてたの〜!?
恥ずかしい〜♡
と内心照れまくっていた私だが、同時に期待が膨らんでいた。
これはワンチャンあるのでは!?と。
色々やらかしてしまった訳だが、お父様とお母様は大丈夫だと仰ってくださったし。
昨日お詫びのお手紙も、出せたわけだし。
私、一応、絶世の美女(白玉だけどね)だし。
昨日付で、こ、婚約者になったわけだし?
これだけ外堀が埋まってしまえば、ロイス伯爵も流されて、私のことをちょっと意識して下さったりとか、あるのでは!?
そういう期待である。
そうして、朝からルンルンとご機嫌だった私。
目一杯可愛くしてね!と侍女達にお願いして、一生懸命オシャレをした。
普段は衣装選びなど、侍女に任せてしまうのだが、今日は自らドレスを選んだ。
本日は淡いピンク色のドレスである。
本当はロイス伯爵の瞳と同じ薄紫!と思ったけれど、あの瞳のような美しいドレスは持っていなかった。
あと、ちょっと恥ずかしくて、思い切れなかったのもある。
でも、アクセサリーは薄紫にした。
そうして、意気揚々と、お父様と登城したのだが。
そこで待っていたのが冒頭のひとコマである。
うわぁぁぁぁぁぁぁ!!
私のやらかしは健在であった。
まぁ、それはそうよね……
一瞬の夢だったわ……
私にとっては、ロイス伯爵は、二次元から飛び出してきたような、まさに芸術品というべき美貌をもつ男性。
転んでいたところを助けてくださり、しかも傷まで治してくださった恩人であり、常に紳士的な対応をしてくれた、好感度しかない相手だけど。
ロイス伯爵にとって私は、出会い頭に後ろへひっくり返り、お尻から生垣にはまっていた女であり。
助け起こした上に傷を引き取ったのに、怒って説教くさい事を言って、最後は名前も告げずにいなくなったやばい令嬢なのだ。
そりゃ、即刻、文句を言いにくるよね。
陛下相手にあの剣幕。
よほど嫌なのだろう。
あぁ〜……
マジで初対面やり直したい。
あの日の私を殴りに行きたい。
内心で猛省している間に、陛下が嬉々として私たちを部屋へ招き入れた。
陛下の執務室は、扉を入ると正面に大きな執務机があり、その前に、大人3人が余裕を持って座れるサイズの、モスグリーンのソファが、対面で2脚置かれている。
ソファの間にはテーブルもあって、陛下から見て右手側が広くなっており、補佐をする人の為の机と、壁一面の本棚がある、実務的なつくりだった。
宰相閣下が陛下の右後ろに立っており、ロイス伯爵は反対側から陛下を問い詰めていらっしゃるところだ。
陛下がにこにこ笑顔で私たちを招いている間に、ロイス伯爵も執務机に置いていた手を離し、姿勢良く立たれる。
父が簡単に挨拶をして私を紹介したので、淑女の微笑みを浮かべてご挨拶。
「オードニー侯爵家が長女、ルシアでございます。」
渾身のカテーシーを披露する。
私は!
今この瞬間のために!
淑女教育を受けたのだっ!!
そんな気持ちを込めたカテーシーだ。
いや、どんなだよ。
というツッコミはやめて頂きたい。
これ以上、ロイス伯爵からの好感度を下げるわけにはいかない。
私は必死なのだ。
顔を上げたら、陛下を見てにっこり。
宰相閣下を見てにっこり。
そして、ロイス伯爵を見てにっこり。
サラリとゆれる、艶のあるブラウンの髪。
マリアライトのような淡い紫色の、宝石のような瞳。
相変わらず芸術的な麗しさである。
しかし。
形の良い眉は、本日はきゅっと寄せられて、眉間に皺が寄っている。
……不機嫌そうだなぁ。
そう思っていると、ロイス伯爵は眉間の皺を伸ばし、貴族的な微笑で紳士の礼を返してくださる。
「王宮魔法使い、マーヴィン・ロイスと申します。伯爵位を賜っております。」
はい。
顔も大層よろしいが、落ち着いて、艶のある響きの声も大変良い。
挨拶だけで、うっとりである。
何故、こんな素敵なイケメンから嫌われていなければいけないのか。
つくづく自分が嫌になる。
引き続き、自らのやらかしを猛省していると、陛下が「座って座って!」と嬉しそうにソファをすすめてくださった。
社交界デビューの時にご挨拶させて頂いただけで、非公開の場で会うのは初めてだけど、陛下ってこんなに気さくなんだなぁ。
第一王子殿下がそのまま成長した感じの、大変人の良さそうなお顔に、懐っこい笑顔を浮かべて手招きしてくださっている。
そんな風に思いつつ、お父様と並んでソファーに腰を下ろすと、反対側のソファーに、ロイス伯爵が座られた。
と、思ったら。
ロイス伯爵は、即、立ち上がって、腰を90度近く折った、深い礼をする。
「この度は、誠に申し訳ございません!」
いきなりの謝罪に驚くが、隣のお父様は驚く事なく、穏やかに、
「謝罪は不要です。おかけください。」
と言葉を返した。
ロイス伯爵は「ですが…」と困ったようにこちらを見た。
しかし、笑顔のお父様と、状況について行けていない私の顔を見て、一旦座ることにしたようだった。
えっ
なんの謝罪?
まさか、貴女と婚約なんて絶対嫌です、ごめんなさいの、謝罪???
そうだったらどうしよう……
衝撃で固まる私を残し、国王陛下とロイス伯爵が話し始めた。




