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パパが頑張っております
オードニー侯爵視点
外で控えていた護衛騎士が、陛下の執務室の横にある、扉を開く。
ここは、陛下がごく小さな会議や応接等をする際の部屋だ。
重厚な扉が開くと。
中にいたのは、陛下と宰相の2人だけだった。
ここまで共に来てくれたジョンは、それを見て入室をやめ、一礼して下がる。
私だけが、挨拶して入室した。
さて。
目の前に、今まで見たこともないほど、幸せオーラの溢れている陛下がいる。
私の方は、背中にびっしょりと汗が吹いてきた。
「来たか、オードニー侯爵!!
そなたの娘は素晴らしいな!!!!」
全開の笑顔で娘を褒められた。
普段であれば即座に同意する内容だが、今回ばかりは苦笑いで誤魔化す。
「堅苦しい挨拶はよい!そこは座ってくれ!」
陛下の言葉で、ソファーへ腰掛けると、直ぐに本題が切り出された。
曰く。
ルシアとマーヴィン・ロイス伯爵との婚姻を決めたい、と。
私は一旦落ち着いて、昨日のルシアの話をする。
「………と、娘からは聞いています。
ですから、2人は昨日が初対面であり、娘が転んで怪我をしてしまったところを、伯爵に助けて頂いたのでお礼を申し上げた、というだけの事なのです。
この状況で、翌日いきなり婚姻を、というのはあまりに話が飛躍していると思わざるを得ません。」
私の説明に、国王陛下はふむ…と考えるような素振りを見せた。
そして、隣に立つ宰相閣下に、
「そなたはどう思う?」
と聞いた。
私は宰相閣下のほうを見る。
閣下は常識的な方だ。
私の話を聞けば、わかってくれるはず。
「よろしいのではありませんか。
素晴らしい出会いかと。
恐らく、運命の2人なのです。」
違うだろ!!
何を都合よくロマンティックな事を言っているんだ!!
「何故ですか!?
ただ手を貸して頂いて、お礼を言っただけだと申し上げているではありませんか!!」
私の悲鳴に、閣下はしれっと答える。
「だからですよ。
ロイス伯爵であれば、目の前で令嬢が転べば、間違いなく一度は手を差し伸べるでしょう。
しかし、その手を取ることのできる令嬢はどれほどおりますか?
まして、笑顔でお礼を言い、傷の事を思いやれる方など。」
それは確かにそうだろうが!
娘は決してそのようなつもりではない!!
ルシアはただ、相手の見た目などに囚われることのない、大天使なだけなのだ!!!!
そう叫びたい衝動にかられるが、ここで冷静さを失ってはならないと必死に耐える。
このままでは良くない。
攻め手を変えねば。
「…助けられれば、お礼を言うのは当たり前のことです。
それより、ロイス伯爵はどのように考えるか。
お2人ともお考えください。
薔薇園で令嬢が転んだところに出くわし、手を差し伸べ、お礼を言われた。
すると次の日、王命でその令嬢と婚姻させられた。
これではあまりに、ロイス伯爵の気持ちを無視しておりませんか?
貴方にお礼が言える令嬢などそういないから、彼女と結婚してくれ、とおっしゃるおつもりなのですか?」
私の言葉に陛下はむむ、と唸る。
「陛下がロイス伯爵の事を心配されている事、私もよくわかっているつもりです。
陛下と伯爵の関係も理解しております。
ですが、だからこそ、これは悪手であると進言させて頂きたい。
繰り返しになりますが、2人は昨日が初対面で、名前すら伝えあっていないのです。
まずは、2人の茶会でもセッティングして、話をさせてあげるところから始めませんか。」
あらん限り譲歩し、大いに妥協して、見合いのセッティングなら……と話してみたが、陛下も宰相閣下も考え込むだけで返答がない。
「……今や、ロイス伯爵の移動魔法はこの国随一。
もし本気で逃げる気になられたら、追えないのでは?」
追撃で脅してみる。
陛下が、小さい声で、そうなんだよなぁ…と呟いた。
「だが、見合いをさせて、オードニー嬢を気に入ったとしたら、マーヴィンは絶対に婚姻を頷かないだろう。
大切なものほど、自分と距離を置かせたがる男なのだから。」
陛下の言葉に、今度は私が黙る。
そう言われてしまうと、確かにそうかもしれないと思ったからだ。
沈黙が流れる。
宰相閣下が口を開いた。
「ひとまず、婚約とするのはいかがですか?
オードニー侯爵のおっしゃるように、いきなり婚姻では、ロイス伯爵の反感を買いかねません。」
我が家からの反感も考慮してほしい!!
切実に思うが、そこは故意に無視されているのだ。
「ですから婚約も話が飛躍しすぎています!
2人は互いの名前さえ名乗りあっていない!!
お互いに好意はない状態ですよ!!」
私の言葉に、宰相はニヤリと笑って、机の上に手紙とラッピングされた包みを置いた。
「好意がないとは思いませんね。
このように、手紙にプレゼントまで添えられておりますよ?」
「それはお礼の手紙と傷薬です!!!!
お礼をするのは当たり前のことだと申し上げたはずです!!!!」
その後は、宰相の婚約、私のお見合い、婚約、お見合い、婚約、お見合い、婚約………と、互いに譲ることなく意見を交わしたが、結果として、陛下の心は婚約で決まってしまった。
「マーヴィン・ロイス伯爵 とルシア・オードニー侯爵令嬢の2人を、本日付で婚約者とする。
これは命令だ、侯爵。
明日は、令嬢を連れて登城するように。」
そう言われてしまえば、現時点では私に打つ手はない。
こうべを垂れて、陛下の御心のままに、と返す。
こうして長い1日を過ごした私は、無力感をかかえたまま、帰宅したのだった。
*
家族団欒のソファに腰掛け、今日の出来事を話している間、アデルはずっと困惑した顔をしていた。
だが最後には、婚姻から婚約へ変わったことを褒め、私の努力を労わってくれる。
愛する妻の優しさに、心があたたまる。
一方のルシアは、終始きょとんとした顔をしていた。
あまりの出来事に、理解が追いつかないのだろうか?
時たま、「では、婚約はロイス伯爵のご意志ではないのですね…」などと、見当違いのところで、しょんぼりする。
あまりショックを受けていなさそうなのが、父としては救いだ。
私が話終わると、ルシアはにこやかに微笑んだ。
「お父様、私の為にご尽力くださり、ありがとうございます。
ご安心ください。
私、ロイス伯爵の婚約者となれたこと、嬉しく思いますわ。」
ルシアの言葉に、妻と共に、無理をしていないか不安になる。
いくら美醜関係なく平等に接する娘でも、婚約や結婚となれば、また話は違うだろうと思うからだ。
しかし、娘は笑顔のまま首を振る。
「私、ロイス伯爵の見た目に、嫌悪感などまるで無いのです。
それに、助けて頂き、紳士的で素敵な方だと思いましたわ。
お父様も、優秀な方だと褒めていらっしゃいましたでしょう?
お父様の人を見る目は信頼しておりますし、私自身、かの方にはマイナスの印象は一切ありません。
婚約者として過ごし、互いを尊重できるのであれば、結婚したいと思いますわ。」
…確かに、見た目が気にならないのであれば、彼は娘を任せるのに問題のない人物だ。
性格、能力、財力、貴族としての血筋などは、とても良いのだから。
私は妻と顔を見合わせた。
「本当に気にならないのであれば、今後はルシアに任せるよ。
ただ……もし嫌になったら、お父様が何をしてでも婚約を解消するから、そこは安心なさい。」
私の言葉に、ルシアは女神様もかくやという、愛に満ちた笑顔を浮かべ、ありがとうございます、お父様、と言ったのだった。




