8話 遺された言葉の真意とは
俺と推理が警察署を出たのは昼過ぎだった。
「このまま家に帰るのも癪だし外食しない?」
「俺、金持ってないんだけど」
別に奢るよ。そう彼女は笑うと俺を引き連れて近くのファミレスへ訪れた。
「何気に君と来るのは初めてだよね」
そうだな。そう俺は答えた。この関係性になって既に3週間は経過していた。
「何を食べるの?」
「…そうだな。どうせなら、推理に合わせるさ」
「なら、この海鮮丼にしようかな。食べたかったし」
値段もそこそこだけどそれに見合って美味しそうだった。
「注文の海鮮丼でーす」
そうして受け取った海鮮丼を見て普段は余り表情を出さない推理も嬉しそうだ。
「好きなんだな。海鮮丼」
「まぁね。美味しい料理なら何でも好きだけど海鮮は特に好きなんだ」
「そうなんだな。推理にも好きな物あったんだな」
失礼だね、君。そう推理は呆れたような素振りを見せながらも御満悦だった。
「あ、そうだ。あーんしてあげるよ」
「何を言ってるんだよ。別に俺は要らないんだけど」
「あれ、男の子ってこういうの好きじゃないの?」
疑問符を浮かべる推理だが俺は別にそういった趣味はない。
「そうなんだ。じゃあ、私がしたいし。ほら、あーん」
スプーンを向けてくる推理に悪気はしないので貰うことにした。
「結局、君も欲しいんじゃん」
「無料で貰えるのなら有難く貰うのは俺の主義なんだ。趣味じゃない」
「…そう。でも、私も人生でしたいことだったし機会をくれて有難うね」
そう無駄に畏まった感謝を貰ったのだった。
「お前は消えるべきだ」
家に帰って俺はそんな電話を貰った。
「ー日暮さん、ですよね?」
「そうだ。別に隠すことでもない。そして、話題を逸らすな。それで」
お前は消えるべきだ。改めてそうハッキリと言われた。
「消えるって…推理の助手を辞めろって言いたいんですよね」
「あぁ。理解する脳はあるらしいな。で、辞めるんだろう?」
冷徹な声だった。それだけで日暮さんは本気で言ってるのだと分かる。
「…何で日暮さんにそんなことを言われないと_」
「当たり前だろう。お前の所為で死ぬ奴を誰が黙って見届ける?」
「俺の所為で…死ぬ?」
「あぁ。嘘だと思っても無駄だ。俺も伊達に警視をしてる訳じゃない」
言葉の重みは探偵を知ってるお前なら分かるだろう?_電話は切れた。
「俺の…所為で_死ぬ?」
「そういえば、最近になって助手…弘乙の奴、来なくなったな」
「瑛都との練習はしてるんでしょ?でも、事務所は行きたくないって」
理由も話さないし。俺はその言葉を聞き少し疑問に思った。
「おい、虐めてる訳じゃないんだよな?」
「当たり前ですよ。俺も馬鹿じゃないですしちゃんと話してます」
やる内容は弘乙と話してるし問題はないはずだ。無理をしてる様子もないし。
そうして軽く推理と話し合った結果、次の練習で聞くことにした。
そして日は流れ次の練習日。俺は弘乙に尋ねた。
「最近、事務所に来ないよな。どうしたんだ?」
「…その時に用事が入って行けないんですよね」
「…そうして無理な嘘を吐いてまで何をしてるんだ?」
表情を見るにやはり隠している。考えた結果、俺は待つことにした。
何時だって、待つのは得意だ。何せ…人生を浪費するのは俺の生き甲斐だから。
「…その様子じゃ俺が話すまで待つようですね」
「あぁ。何しろ、待つことは得意なんだ」
その言葉に折れたのか弘乙はゆっくりと話し出した。
「もし、先輩と仲良しな人の安全の為に離れろって言われたら…どうしますか?」
「…そうだな。俺なら…するよ」
その日の練習は無しになった。
「来ると思ってた。お前はお守りじゃないんだろう?」
「あぁ。だが、お前の言葉は鞭だとしてもキツ過ぎるんだよ」
応接室でそれぞれ煙草の息を吐くと俺は傑の奴に声を掛けた。
「お前のところにある探偵と助手が来たらしいな」
「…それを真っ先に聞くと言うことはやはり2人はお前のところの人なんだな」
呆れたような素振りで資料を眺めていた。恐らく事件の関係資料なのだろう。
「此処まで来てまだ仕事を優先させるなんて律儀な奴だな」
「俺は警視だ。職務放棄なんてする訳ないだろ。その話題を止めて本筋を話せ」
「助手に随分と言ったらしいな?」
「あぁ、言った。俺は現実主義者なんだ。感謝してくれても構わないだろう?」
資料に目を通し終えたのか机に置くと軽く溜息を吐いた。
「俺は最善の選択を選ぶことを重要視しているのは知ってるだろう」
「あぁ。だからと言って他人の関係性を侵食することはないだろう?」
「俺は其方の利益を考慮した上での最善策を提案しているんだ。それに…」
君も助手と名乗ったガキとの関係は浅はかなものだろう?そうニヤリと笑った。
「あぁ、そうだ。だが、俺らの言うことじゃないだろう?」
それは彼奴ら自身で決めることだ。そう俺は言い切った。
「そうか。俺は助言をしたからな」
「あぁ。俺が生きている間は…お前に迷惑は掛けないさ」
「…長く続くことを願ってるさ」
そうして俺は普段通りに書類を受け取り後にした。
「彼奴も…変わっちまったな」
煙草に火を点けようとして1本なことに気付いた。
「はぁ…どうせなら、取っておくとしよう」
考えた末、吸うのは止めた。数としても…もっと先だ。
「今日は…彼奴の飯、食えると良いんだがな」
学校を出て俺は友達と別れた。
「今日も用事ってお前、頑張り過ぎなんだよ」
そう別れる直前にそう言われた。まぁ、事実だし何も言えないんだけどな。
「あぁ、推理?今日は来るんだろ?…知ってる。…そうだ。どうせなら…」
そうして電話を切り…俺は大通りを逸れた。暫く歩くとその場所は見えてくる。
「ー来たね。今日も補習だったんだ?」
「あぁ。正直に言えば俺も赤点ギリギリだったんだ」
そう苦笑しながら師匠の墓場の前に立った。
「先輩って生物苦手でしたもんね。仕方のないことですよ」
そう言いながら推理は和菓子を持って来た。
「そろそろ、助手も来るよ。ほら、来た。此処だよ」
「はぁ…はぁ。すみません、先輩。遅くなってしまって」
「大丈夫だ。何しろ、俺も今になって来たばかりだからな」
そうして丁寧に包まれた花を受け取ると移し替えた。
「先輩…まだ推理から詳細は聞いてないんですけど…この人が…」
そう尋ねられ俺は頷く。
「あぁ。俺の師匠で俺の…恩人。影野綾目さんだ」
「君はもうちょっと柔らかくなるべきだよ」
私はそう助手に向かって本音をぶつけてみた。
私が選んだ助手は無駄に真面目。私からすれば助手はふざけて欲しいのに。
「俺が真面目じゃなくなってもあんまり変わらないと思いますけどね」
「そんなことはないと思うけどなぁ」
そう頬杖を突きながら依頼書を読んでいた。内容は簡単に言えば危険そのもの。
「この依頼を受けるって本当なんですか?」
そう不安そうな表情を浮かべる助手だけど私は軽く答える。
「私は探偵だからね。どんな仕事でも依頼されたら受ける義務があるんだよ」
そうして私は紅茶を手に取った。
「この依頼をこなすことで相手は喜ぶ。それが私たちの役目でしょ?」
だから、君が仮に否定的であってもこの依頼を私は受けるよ。そう答えた。
そうして彼が奥へと消えた時、自分の右手が震えていることに気が付いた。
「(方便でも…身体は正直だね)」
私はそう苦笑した。正直、私自身もこの依頼は断るつもりだった。
でも、私は助手を信頼していたし仮に…。そう仮にだ。
私に危険が及んでも彼なら折れることはないだろう。
そう思って…そう信じて…私は彼を助手に任命したのだから。
「(そう思ってないと無責任になっちゃうしね)」
誰だって…どんな人物だって…どんな主役だって…舞台を退場する日は来る。
だから、私はあの日。あの時。助手に向かって笑って言えたんだろう。
どんなに辛くても…どんなに痛くても…どんなに寂しくても…。
「じゃあね、助手。探偵の意思は助手が継ぐんだ」
と。そうすることで私はちゃんと遺せたんだ。
「(私が心から好きになった君へ。また、会える日まで)」