7話 先輩の過去と威厳
「大丈夫なのか?」
「…大、丈夫です」
俺は荒くなった呼吸を整えながら先輩の隣にまで追い付く。
今は宮乃先輩と乃体力作りに励んでいるのだが…如何せんキツ過ぎる。
「(…って言ってもまだ走り始めて1時間も経ってないんだけどな)」
運動は普段もそこそこしてるし余裕だと思ったが…長距離は対象外だ。
「ちょっと休憩しよう。少しキツそうだしな」
そうして俺と宮乃先輩は近くの公園で休憩することにした。
「自販機あるし飲み物買うけど…要るだろ?」
「…炭酸で」
妥協しようと思ったが此処は素直に自分の欲求に従うことにした。
ほらよ。と炭酸飲料を受け取り喉に流し込むとようやく息を吐いた。
「随分と疲れてるな。まぁ、最初だしそりゃそうだよな」
「…先輩は普段もこんな練習をしてるんですね」
「まぁな。普段は、そうだな。3時間は軽く走ってる」
どうやらこの人とは控えめ言って化物らしい。そう思ってると
「勿論、ぶっ続けに走ってる訳じゃないよ?」
そう苦笑した。まぁ、何方にしろ俺には到底出来ないことなのだけど。
「先輩は何でそんなに頑張れるんだ…あ、すみません」
「気にするな。俺も先輩呼びはよそよそしくて嫌だったしな」
そうして暫く黙り込み…ゆっくりと口を開いた。
「…俺の師匠との訓練だったんだ。もう、師匠は死んだけどな」
死ん…だ。その言葉を噛み締め…意味を理解した。
「あの組織と関連してたり…」
そう尋ねると宮乃先輩は軽く頷き_吐き捨てた。
「事務所に入る前は師匠と探偵事務所をしてたんだ…今は閉じたけどな」
ー3年前。
「この依頼を受けるって本当なんですか?」
彼女は俺の師匠でありこの事務所の探偵だった。
「私は探偵だからね。どんな仕事でも依頼されたら受ける義務があるんだよ」
そういうと彼女は紅茶を手に取った。
「この依頼をこなすことで相手は喜ぶ。それが私たちの役目でしょ?」
だから、君が仮に否定的であってもこの依頼を私は受けるよ。
…その時に何度止めれば良かったと。何度も後悔することになるなど。
誰が考えたのだろう?誰が思ったのだろう?誰が…。
命日。
「意思、を…?」
「それだけが私の最期の願いだから。だから…」
もし、叶えてくれたらまた会えると思うよ。そう彼女は笑った。
そうして、ふっと微笑み_彼女は静かに目を閉じた。
「師匠?」
そう声を掛けたが…彼女は返事をしなかった_。
降り頻る雨の中、俺は…亡骸となった師匠の身体を抱き締めるばかりだった。
師匠との別れは残酷なモノだった。彼女は…死んだのだ。
あんな日常が崩れ去るなんて誰が_。誰が…想像出来たのだろう?
「先輩?」
ふと横を見ると少し苦しそうだったので声を掛けてみたのだが…。
「ー気にするな。別に唯の偏頭痛だ」
それ以上、俺は何も言及することはしなかった。その日の練習は此処までだった。
「それで早く帰って来たんだ?」
家に帰ると推理がソファで読書をしていた。この景色も日常になったものだ。
「あぁ。それで…宮乃さんの過去を知ってたりする?」
「知らない。でも、あんまり詮索するのは止めるべきだよ」
過去の話なんて滅多にしないし。そう推理は言うとパタンと本を閉じた。
「それにしてもどうして急に体力作りなんて言い出したんだろう」
「どういうことだ?」
「宮乃先輩ってあんまり人に強要するタイプじゃないんだけどね。意外だなぁ…」
「あの男子の体当たりに受け身も取れなくて呆れたんだろ」
「まぁ、病弱な助手よりは強くあって欲しいしね。精々、絞られることだね」
そういうと再び彼女は読書を再開し始めた。
「なぁ、推理。お前って何時勉強してるんだ?」
「勉強はあんまりしない主義なんだ。授業で殆ど理解出来るしね」
復習も必要最低限だしそんなにしてないよ?と真顔で言ってくる。
「(つまり、天才肌ってことなんだな。俺には到底無理な話だ)」
別に俺自身も勉強は其処まで好きじゃないしやりたくはないのだが…。
読書に参加しようと思ったものの考えた末に勉強することにした。
天才と付き合っても自分だけ赤点の未来なのは簡単に想像出来た。
そうして自分の為にも始めたのだが…探偵が黙ってる訳もなかった。
「助手くん。この探偵を差し置いて勉強だなんて良い度胸だね」
「…急に助手呼びするの止めてくれ。後、俺は集中してるんだ」
「…其処の5番間違えてるよ。後、7番の記述は少し不足してるね」
「お前は先生じゃないだろ」
でも君の上司だよ。そう笑って返された_腹立つな。
「お前、そんなに俺に構って好きなの?」
「え、違うよ?私は面白そうなモノと人間を愛してるだけだよ」
多少は動揺したり_なんて思ったけどそんなこともなく即答された。
「それとも…君はそんなことで勘違いしたりするんだね」
「…俺だって人間なんだ。勘違いすることもあるだろ」
そういうことじゃないんだよなぁ。と呆れたような表情を見せた。
「明日って暇でしょ?」
「…面倒になりそうだし用事を作っておく」
「駄目だよ?そんなことしたら。何しろ、助手の予定は私が管理してるんだし」
何時、俺はお前の管理対象になったんだ。とジト目を向けると彼女は笑った。
「まぁ、君も明日は普段なら体験出来ないことを体験出来ることをするのにな」
残念だったなぁ。と無駄に嘆く姿に俺は興味をそそられてしまった。
「…具体的に何処に行くんだ。それ次第で決める」
「別荘だよ。君も知ってるでしょ?」
行く。俺は即答した。
「別荘とは言ったけど…隠語の方だなんて_」
「私はあくまで別荘と言っただけだよ?」
目の前にあるのは…壮大な自然でも…鮮やかな海でもなく…警察署である。
知ってる方は少ないだろう。別荘は警察の用語で刑務所の意味を含んでいる。
俺もその意味自体は知っていたものの…あの場面で出る言葉じゃない。
「普段なら体験出来ないことなのも間違ってない、けど…さぁ」
推理の隣に並び中へ入ると警察官がそれはそれは沢山居た。
「(悪事をやった覚えはないが変な気分になるな)」
仮に俺に容疑を掛けて逮捕するなら不法侵入する探偵も逮捕して欲しいものだ。
「此処で待ってよう」
応接室に通されて暫く待っていると奥から男性が入って来た。
「よぉ、刃のガキと…誰だお前?此奴の彼氏だったりするのか?」
俺と推理の姿を見た途端、そんな暴言が飛んで来た彼の階級は…警視だった。
「(警視…警視だと?こんな失礼な人なのに?)」
警視とは警察の階級で巡査、巡査部長、警部補、警部の上に当たる階級だ。
つまり、どう考えてもエリートなのに…何なんだ、この人は。
「驚くだろうけど、この人はこんなスタンスなんだよ」
隣を見れば推理も理路平然としてるし本当のことなんだろう。
「この人は日暮傑さん。階級は言わなくても分かるよね」
「水野弘乙…で推理の助手です」
「助手…それに、助手ねぇ_。お前、辞めたって言ってたな?あの事務所を」
「そう。で、探偵事務所を開くに当たって…助手は要るでしょ?」
「成程な。で、お前は何をするんだ?情報収集は此奴の得意分野なんだが」
そう言われて俺は気付いた。俺は助手として何の役目を負ってるんだろう…と。
情報収集は推理の仕事だし実践は宮乃先輩の十八番だと刃さんも言っていた。
「何だ、答えられないのか?そんなガキを良く助手に選んだな、お前も」
「まだ、日が浅くてね。今は研修期間だと思ってくれたら良いよ」
「…探偵に助け舟を出されてるようだと助手としては勿論、不合格だ」
そう鼻で笑われたが事実だからこそ俺は何も言い返せない_否、言えなかった。
「そろそろ本題に入るけど…最近になって変な事件があったりした?」
「変な?…そうだな。数日はないんだが…奇妙な出来事はあった」
「奇妙なこと_」
その言葉に俺と推理は互いに顔を見合わせた。推理も心当たりはないようだった。
「_あぁ。数日前にこの警察署に変な電話が掛かって来たんだ」
奇妙な電話?そう推理が尋ねると日暮さんはポツリと呟いた。
「ーある馬鹿な探偵の調査を今すぐでも止めさせろ。とな」






