6話 助手は探偵に肖るべきらしい
次の日、俺と推理は刃さんに言われた場所へ来ていた。
「これまた…随分と質素な建物だな」
「…そんなこと、菫さんの前で言わないでね。傷付くと思うし」
そう推理にジト目を向けられながら俺たちは建物内に入った。
「待ってたよ、推理。それと…推理の助手くん、だったかな?」
中に居たのは刃さんと同じくらいの年齢の男性が座っていた。
「この人が菫さん。そして、こっちは私の助手の弘乙。菫さんも元気そうだね」
「あぁ。最近になってまたガタも来たがまだまだ現役さ」
珈琲を淹れながらそう応える菫さんはまた何処か刃さんとは違う風格を感じた。
「さて、刃は何処まで話してくれた?まぁ、大体の予想は付くけど」
「全部、菫さんに丸投げだってよ。暇だって言ってたし適任だろうって」
「彼奴らしいな。まぁ、私も説明しやすいし構わないのだがな」
そういうと菫さんは珈琲を口にし息を吐いた。
「KLEAという人物は狡猾で計画的だ。そして…人を騙すことに長けている」
実に厄介な存在だ。そう菫さんが言うと推理も少し唸った。
「既に罠は仕掛けてあるが正直、頼るのは止すべきだと言っておこう」
対策はあるだろうか?そう疑問にふした時だった。
「結局は相手も狡猾なんだし此方が動きを見せなきゃ流石に厳しいと思う」
「じゃあ…どうするんだよ?」
「私が囮になる。あっちも男より女の方が警戒はしないでしょ?」
「囮って顔は…割れてないのか?」
そう心配したが裏社会に素顔を晒すような馬鹿じゃないと笑われた。
「そうだとしても…危険過ぎるだろ。囮になるなんて」
「危険だけど…。私たちはそれ以上にこの事件を解決する義務を背負ってる」
「でも…お前は…」
そう口答えしようとする俺の意見に挟むようにして菫さんが声を上げた。
「少年、心配する気持ちは分かる。勿論、私も協力はするから心配するな」
そうして俺は菫さんに頭を撫でられた…何年振りなのだろう。
「じゃあ、そういう方針で行くよ。事務所には私が連絡しとく」
「すまんな。手数を掛けてしまって。日程は…そうだな。また、後で送ろう」
そうしてある程度の作戦を固め菫さんと別れた。
ーあの時。止めることが出来たのなら…危険に晒すな。とそう言えば良かった。
ー何度、振り返っても_。何度、記憶を蘇らせても_後悔をする。
推理と家に戻って来た俺は自室へ入り溜息を吐く。
「流石に…キツイな」
菫さんと別れて急に倦怠感に襲われたお陰で思考も半ば停止した状態だった。
ベッドに倒れ込み目を閉じる。身体も少し怠く偏頭痛もする。
「(熱は、ないな…)」
念の為に体温計で測っても平熱。異常なしだ…表面上で見れば。
頑張って身体を起こし水を口に含ませ水分を取っても何も変化はない。
「怠いしちょっと寝る」
念の為に探偵にそう連絡し改めてベッドに倒れ込んだ。
「(早く治れば良いんだけど…)」
再び目を開けると少し身体が楽になっていた。
「起きたようだね」
声の方に視線をやると推理が立っていた。
「…何で居るんだよ、お前」
「看病してあげた恩人にその言葉は酷だと思うんだけど…」
そう憤慨しながら俺の頭に手をやると彼女は笑みを浮かべた。
「うん、ちょっとだけ熱は下がったね」
「…熱出てたんだな」
「其処に体温計あったし測ったと思ったんだけどね」
そう指し示した体温計は8度を指していた…どうやら頭は既に死んでいたらしい。
「本当に大丈夫なの?」
「別に俺は貧弱じゃないんだけどな」
「無理してたんだよ。私にずっと付き合ってたばかりにさ」
そんなことはない。そう思っても声が出ず咳き込んでしまった。
「何時頃、来たんだ?」
「君に連絡を貰った後に作業をしてたんだけどね。気になって来てみたんだ」
「…それで不法侵入と」
「恩人に対する態度じゃないんだけど。ところで御飯は食べれる?」
「食べれる…けど…。何だ、食べさせてくれるのか?」
そう貧弱な笑みを浮かべると推理は真面目そうに語った。
「君がどうしてもって言うのなら…世話好きな探偵がしてあげるけど?」
「…なら、遠慮しておく」
して欲しい欲求を我慢して俺は断った…推理にもう頭上がらなくなるしな。
その後、推理はタオルや飲料水を新しくすると自身の部屋に戻って行った。
俺の睡眠の邪魔することを危惧したらしい。…本当に調子を狂わせる奴だ。
俺が再び目を覚ましたのは0時を過ぎた辺りだった。
「(寝過ぎたな)」
推理と喋った時にはまだ日も出ていたことを踏まえると大分寝てしまった。
それほどまでに身体は疲労を抱えていたか…それとも本当に寝過ごしたか。
真相はどうでも良かった。結局は寝ていたのだから。
「少し倦怠感も治ったな」
偏頭痛こそ残っているものの大分身体も楽になっていた。
「(そういえば家に帰って何も食べてないんだな)」
帰って早々にベッドに倒れ込んだので当たり前なのだが。
身体を起こし台所の方へ寄るとお粥が置かれていた。
「起きたら冷えてても食べること」
ラップで包まれたお粥だったが…恐らく推理が作ってくれたのだろう。
レンジの中に放り込み体温計で熱を測る_熱は大分下がっていた。
「(本当に世話好きだよな、彼奴…)」
そう心の中で突っ込みながらも看病してくれた推理には感謝する。
ーお粥の味はこの上なく美味しかった。
「随分と呑気だね。君は」
今は朝の7時を回った頃だ。
「そうやって不法侵入する癖をそろそろ直すべきだと思うんだ」
「私は君の上司だよ?なら、君の家に入る権利もあるはずだ」
「あくまでそれは筋書きであって血縁関係でも何でもないんだけどな」
「そうやって固く生きてると人生損するよ…んっ、美味しい」
はむっとピザを食べながら推理は新聞を読んでいた。
「病人(仮)の部屋で良くピザを喰えるよな…太るぞ」
「デリカシーの欠片もない発言だね。ビックリだよ」
その時、玄関の方でチャイムの音が鳴った。
「…こんな朝早くに誰だよ」
「さぁ?そんなことを言っている間に早く出たらどう?」
どうやら推理はあくまでも満喫することを選ぶらしい。
…昨日まで俺は死んでたんですけどね。
「よぉ。体調は大丈夫なのか?」
玄関のドアを開けると宮乃先輩が立っていた。
「…その様子を見る限りは…うん、大丈夫そうだな」
ほら、色々と買ってきたぞ。とスーパーで買ったらしい袋を貰い中へ招き入れた。
「推理も来てたのか。てっきり、昨日の看病をしたら帰ったと思ったんだが」
「助手の面倒を見るのは探偵の役目でしょ。例え…それが反抗的な助手でもね」
そう呆れたような声で宮乃と喋る様子に苦笑しながら袋の中身を片付ける。
「それにしても、自分で気付かずにそんな状態になるなんて…何してるんだ?」
「…余り心当たりはないんですけどね」
「やっぱり、体力作りしよう。今は病み上がりだけど…来週には」
そうして俺と宮乃先輩での特訓を始めることとなったのだが…
「…無理させ過ぎて死なせないでよ」
「そんなに心配するなんてお前も好かれてるな」
そう突っ込まれて反抗されたのは…少し…心に傷を負ったが。
ー数日後、事務所にて。
「そんなに気になるのなら正直に話すべきだと思うんですけどね?」
「俺に彼奴の相談をするのは無駄だと分かってるだろ?」
「…元は上司なんですし多少は読めるんじゃないかと期待してるんですけどね」
「期待外れになると何度も言ってるだろう。…俺にとって彼奴は要らないんだ」
「…言葉の綾を間違えるのは止めるべきだと思いますよ」
そんな言葉じゃ勘違いする人も居るでしょうし…そう助言したものの…。
「要らないのは語弊なく事実だ。それとも…理由を話した方が良いのか?」
そういうと刃さんは煙草の火を消しゆっくりと息を吐いた。
「俺じゃなくて面倒を見るのはお前だろう。何度も言ってるはずだ」
「そうだとしても…時間は有限ですよ」
そう言えたら良かったのかもしれない。でも…俺の弱さ故に言えなかった。
「…俺は作業に戻る。お前も今日は用事があるんだろう」
「午後から弘乙と少し練習をしようかなと思ってます」
「…弘乙?あぁ、彼奴の助手だったな。仲良くやれてるようだな」
「それは勿論さ。何しろ、俺の後輩だ」
「1歳下だったな。どう思ってるんだ?」
「冷静な奴で推理とはちゃんと関係性を築けてるのは流石だなと」
「…信頼してるのにお前らは話さないらしいな」
「信頼してても話さない真実だってあると俺は思ってます」
…随分と愛着を沸かせてるようだな。ビールを注ぎながらそう刃さんは答えた。
午前中なのにも関わらず…朝から優勝する気なのだろう。
「何しろ、此処の事務所は推理と刃さんのみだったんで」
…爺で悪かったな。そう刃さんはボヤくと奥の方へ消えてしまった。
「昼はどうするつもりで?」
「…適当に。推理は来るのか?」
「来ませんけど…食べたいんですか?推理の料理を」
…別にそうでもない。そう言うものの覇気はなかった。疲れてるのだろうか?
「…いつもの置いとくので…ちゃんと飲んで下さいね」
俺はそう言い残し残務所を出た。
「…俺はどうするべきなんだろうな」
刃さんの言うことには理解も出来るしその意思を尊重する為にも事務所に入った。
だが、今はどうだ?その刃さんの意見にも賛成出来ない状況だ。
「(歪んだな、俺も…。違うな、俺は刃さんの_を認めたくないんだな)」
でも、誰だって大事な人の_は認めれなくなるのは普通のことだろう。
「…俺は何を…どうするべきなのが正解なんでしょうね。影、師匠」
そう今は亡き師匠の名を呼んだ微かな声は誰にも届くことはなかった。