戦闘訓練〜準備〜
〜破魔乃氷見〜
コツコツと後ろを向いてドアの方へ歩き始める。
彼は、この闘いでは本気を出してくれないのだろうな。あの、万人を魅了する魔法を、もう一度見せてくれることはないだろう。なぜなら今までずっと本気を出してくれなかったから。
隠したい理由がなければ今ごろ彼はこの学校のカースト最上位だったんだろうな。少し、嫉妬してしまう。
でも、別にそれでいい。むしろその方がいい彼の秘密はこの学園で私だけが知っている、そんな特別感は「幼馴染」という肩書があっても止まることのない、この独占欲のせいだ。
「じゃあ、また後で」
「うん。頑張ってきてね」
ドアの取手に手をかけて彼に微笑み返す。音もなくドアを押して音もなく閉める。
最後まで、彼は私のことだけを見てくれた。それだけで今は満足。
「いつか、あなたの全てを貰いに行くね」
来たときよりも軽い足取りで、私は仲間の元に向かうのだった。
〜刈谷銃兎〜
静かに扉が開き、静かに扉が閉じる。最後まで冰華を見届けてから、ゆっくりと前を向いて、もうすぐ終わりそうな鋼座の試合へ目を落とす。
鋼座たちは息を切らし、魔力も枯渇している。それに対して戦術機甲は依然として淀みのない魔力を纏い、一切の隙もさらしてなどいなかった。
鋼座たちの連携自体はたしかに悪くはなかった。だが、それ以上の実力が相手にはあったというだけのこと。
再び、戦術機甲が動き出す。
これが最後だと言わんばかりに鋼座達は死力を尽くす。
だが、焼け石に水だった。
度重なる加速。ついには鋼座達は動くことも許されなかった。
まさに、蹂躙。
だが、わかったこともある。攻撃のときに一瞬ある、魔力の鎧が薄くなる瞬間。そこを狙って攻撃をしないとあまりダメージが入らないようだ。
初見殺しにもほどがあるな。今まではそんなことをしなくても相手にダメージは与えることができた。
だが、今回はそうじゃない。
本当に試合の順番が最後で良かったな。心の底から自分の運の強さに感謝する。
戦術機甲が構えを取る。その風貌はまさに一流のハンター。魔力の鎧が一瞬消えて、より一層強く魔力を身に纏う。
もう、おしまいだ。それは誰の目から見ても明らかだった。
『死爪』
詠唱破棄。無慈悲に、何一つの抑揚もない声。その声は、より一層と絶望と恐怖を与える声だった。
繰り出される全てを包みこむような漆黒の斬撃は、意図も容易く鋼座達を飲み込んだ。
「勝者、戦術機甲」
教官の淡々とした声があたりに響く。落胆も、喜びの色も、何一つ混じっていない声が。
わかっていたんだ、きっと。彼らが絶対に、勝てないことを。
「予定よりも早く終わったな」
一人呟いた声は、誰にも届かずに観覧席で空しく響いていった。
空を見上げてみれば雲一つ無く透き通った、無限に広がる青が見える。
地上を見れば、ガラス越しにも、先ほどの魔法の威力の凄さが分かるほどの惨状がひろがっている。鮮血は池となり、千切れてしまった腕や足はあたりに飛び散っている。
平和に見える空と、下に見える惨状は不釣り合いにそこにあった。
「ふぅ、少し気分転換に仲間のところにでも言ってみるか」
観察は終わった。作戦を組み立てるための材料もおおよそ揃っただろう。
後は『構築』するだけだ。いつも隠している程度の実力で、どんなことができるのか。吟味を繰り返してこの課題をクリアしてやるよ。
うん。オワタ\(^o^)/
だってぇ、あんだけ強いのに?隙もないのに?威力も、速度も、とてもとても中途半端な『今』の実力でぇ、
「どうやってクリアしろというんだよぉぉぉ!!」
閑散とした観覧席。その静寂を突き破って、僕の悲鳴だけが虚しくあたりに響いたのであった。
武道場
ガラガラと音を立てて重々しい扉を開ける。その先にいたのは数人の生徒。
彼らは魔法や剣、盾、槍など、多種多様な武器を用いて生徒同士で戦闘形式の訓練を行っている。その理由は唯一つ、来る戦闘実習にてできるだけ良い結果を残すためのいわばウォーミングアップのようなものだ。
端から武道場の奥へと移動する。一番奥には扉が設置してあり、そこから外に出れる。外には野外闘技場が設置してあり、岩や木々が設置されており、地面は土になっている。
要は、実践練習に適している施設になっている。
だが、あまり人気はなくこちらも観客席と同様に閑散としていた。
理由は単純で、一つは実習として森の中などで戦うことがほとんどないということ。そして、高低差がある分、魔力の消費なども激しくなるからだ。つまり本来の力を発揮できなくなるということ。
この学校の連中はプライドの高い奴らばかりだ。だから、たとえ練習だとしても「本気を出す前に負けた」なんていう情けない事実は彼らにとって最も屈辱的なことの一つ。
彼らはあえてここを選ばない。それは僕にとって、いや、僕らにとって、とても好都合な事実だ。
木々をかき分け、岩を登って、この場所の一番奥にたどり着く。
そこにいたのは水筒を片手に休憩している3人の男子生徒。
黒髪に緑のメッシュがある生徒は、槍を傍らに置いて立って話していた。
銀髪の生徒は、刀を鞘に納めている状態で横に置いて岩にもたれかかっていた。
シンプルな黒髪の生徒は座ってメガネを拭いていた。隣には魔導杖が置いてある。深い青の魔石がついた杖は宇宙を想起させる。
「よ、首尾はどうだい?」
と声を掛けると向こうも僕も気づいて返事をしてくれる。
「あ、お疲れ様。俺等は大丈夫。そっちこそどう?」
黒髪の生徒、景通玄都はねぎらいの言葉とともに情報の開示を促してくる。
「いいって言えばいいけど、正直なところ決めあぐねてるんだよね」
「だから、ここに来たってこと?」
「大正解!」
冗談めかしながら答えるとさっきまで張っているように感じた雰囲気が一瞬で柔らかくなった。どうやらみんなリラックスできたようだ。良かった。
その後は自分の持っている情報を仲間に共有をした。特定の条件で強力なスキルを放つこと、武器を使わずに拳で攻めてくること、隙が少ないこと、極めつけに、その僅かな隙の間でしかダメージを与えられないこと。
「え、それって結構チートじゃない!?」
「ああ、『結構』どころじゃない。『かなり』チートだ」
「なるほど、悩む理由がわかる」
それぞれ三者三様の反応を示す。
銀髪の生徒、木上涼は明るい声で驚いた様子を見せ、メッシュの生徒、春日谷風氣は冷静に分析をし、玄都は僕に賛同するような言葉をかける。
「んでも、どうせあの幼馴染様からの情報提供はあるんだろうから、もっと楽になるんじゃねーの?」
「冷やかしはやめてくれよ、涼」
「別にいいじゃん。ほんとのことなんだし」
それはそうなんだが、と心のなかで思いつつも言葉にはしないでおく。だって面倒なことになりそうだし。
ふと、気になってスマホで時間を見ると、2時20分くらいになっていた。今からヒビキの試合のある場所の観覧席に行けばちょうどいい時間になりそうだ。
「ごめん、もうすぐひーちゃんのが始まるから戻るね」
「おう、ちゃんと吸収してこいよ」
走り出した背中に仲間からの期待が追ってくる
「わかってる!!」
一瞬だけ振り向くと親指を立てた仲間たちが見える。
本当にいい仲間に巡り会えたな。
走りながら、今更ながらこの運命に感謝をする。
今の僕はみんなより弱い。でも、みんなは僕に期待してくれている。それに答えなくては。