学校にて
一つ、あくびをする。
教室の中、朝のHR前に友達と挨拶を交わして、休日に何があったか、どんなことをしたか、報告しあう、ありふれた日常の風景。
そこに溶け込んだ、眼鏡を掛けたいかにもな陰キャのぼっちは、ぼっちゆえに話す友達もいない。
つまり、ただ外を眺めてこれから何が起きるか、つまらないことばかりを考えることしかやることがないのだ。
「あー、眠」
またまたあくびを一つかましてそんなことを呟いた。
今日はたまたま家に暇潰し用の本を置いてきてしまったのと、昨日の出来事で疲れていたのとであくびが止まらなかった。
「よう、陰キャ。今日はどんな気分だ?」
「最悪だな」
さて、ここに金髪の顔がある程度整っている輩が来た。
制服を着崩して耳にはピアスをつけている。
つまり、いかにもな陽キャである。
名前は鋼座幽鬼。
そんなやつがこんな端っこで欠伸をしている陰キャ君の友達なんていうのは小説の中だけだ。
つまるところ、
「最悪とはどういうことだ?この、才能に満ち溢れている鋼座様に向かって、そんな言葉遣いしていいと思っているのか?」
バン!と僕の机を思いっきり叩いて、周囲の空気を震わせた。僕と似た境遇を持つ者達は、それだけでほとんどが震え上がった。
この学校は、弱肉強食を人間関係として具現化したようなシステムが構築されている。
つまり、僕は食われる側の人間ということ。
表向きはな。
「・・・すみませんでした。謝りますので許してもらえないでしょうか」
椅子から立って深々と頭を下げる。眠くなって頭が回っていなかったこともあって、今の自分の立場において、最も言ってはならないことを言ってしまったことをひどく後悔した。
これから面倒なことになるだろうな。
「へぇ、その程度で許されるとでも?」
少し顔を上げるとにやにやした顔をこちらに向けて楽しそうにする鋼座とその取り巻き。
それと対照的に俺を哀れんだ目で見てくる一部のクラスメイト。
この空気になれることなんて全くないな。
右足を少しだけ後ろに引く。それに合わせて膝もできるだけ自然に地につける。三角にした両手に顔を突っ込むようにして頭を下げる。
「申し訳ありませんでした」
「よくできたじゃねぇか。G以下」
「はい、ありがとうございます」
「あ、間違えた。Gは動きが速くてあまり仕留められないもんな。だから、お前は生ごみ未満だ」
地面すれすれまで下げていた頭の上に重みが感じられる。その拍子に額と地面がぶつかって重い音があたりに響く。
「生ごみ未満。最後まで頭を下げて許しを乞えよ。ほら、もっと!」
やばい、いつもより面倒くさいパターンになってきた。本日二度目の後悔。とっさに言葉を紡いでこの場をやり過ごそうと口を開いた瞬間、教室の扉が開く音がした。
「ちょっと、何してるの鋼座!」
凛々しく響く女性の声。これだけで教室の空気は物理的にも、精神的にも冷え切ってしまう。
「チッ、氷見かよ。今ちょうど盛り上がってたとこなのによ。あー、しらけた。やめだ。」
頭にかかっていた重さがきえて、見上げると忌避するように鋼座が見下していた。
「良かったな。だぁ~い好きな氷見ちゃんに助けてもらって」
そんな嫌味だけを残して自分の席に戻っていった。
「ありがとう。ひーちゃん」
「いいんだよ。悪いのは完全にあっちだし、それに幼馴染の銃兎が困っていて助けない私は嫌だもん」
そう言いながらひーちゃんは僕の隣に座る。その周りには何人もの女子生徒が集まっていく。
破魔乃氷見
僕の幼馴染で初恋相手。才能に甘えず努力を怠らない正義の塊。さらに言うとひいき目で見ずともそこら辺のモデルよりも長身で容姿が整っている。
ただ、スタイルは物足りないけど。(だが、そこがいい!!)
「ねぇ、今朝のニュース見た?また『勇者』達が『深淵』から人を救ったって!」
「うん、見たよ。やっぱり格好いいよね。ところで、みんなは十人の勇者の中で誰が一番好き?」
どうやら、昨日の出来事の話をしているみたいだ。
正直に言うと、こういう話をされていると内心気が気でなくなってしまう。今まで徹底的に自分の素性を明かさないようにしてきたのに、最近になって都市伝説として僕の存在が浮上してきたから。しかも、今日は特に。
興味がないふりをして、机に突っ伏して寝たふりをする。でも、耳は隣の女性陣の会話を聞けるように耳を澄ましていた。
そうして、刻々と時間だけが過ぎていく。彼女らは炎の勇者やら、剣撃の勇者やら、水砲の勇者やら、思い思いの人の名前をあげていった。
そして、ひーちゃんの番になった。
「うーん、誰かと言われてもね~。あ、強いて言うなら『狙撃の勇者』かな」
心臓が、思いきり跳ねる。嘘とも、夢だとも、思いたかった。
でも、次々に放たれる言葉達がその全てを否定した。
「その人って、都市伝説じゃないの?」
「ううん。実はね、昨日助け出されたのが、私だったの。その時に、狙撃の勇者さんが、助けてくれたんだ」
「私、ずっとただの噂だと思ってたんだけど、本当にいるの?」
「ね、私もそう思ってた。でも、氷見は嘘なんてあまりつかないからな」
女子達の楽しい楽しいおしゃべりの時間はこの話題によって隣の人にとっての地獄となった。
そうだ、きっとこれは悪い夢なんだ。そうに違いない。それに狙撃の勇者の名が広がったとしても僕だとは到底分かるまい。
未来を信じて、ぎゅっと目を固く閉じて無理矢理寝ようとした。だから、気づかなかった。ひーちゃんがこちらを見つめていたことを。