プロローグ
東京にある、世界最難関ダンジョンの一つと言われる東京第六ダンジョン。通称「深淵」にて、三人の女性が走っていた。
懐中電灯で先を照らしても、その光は全て闇に飲まれるこの空間で、ただ彼女らは走っていた。
生きるために
観測不能なおぞましい『何か』に追いかけられていて、漠然とした恐怖に身に包まれながら走っていた。
ここに迷い込んでしまった者の思いは一つ。
「逃げたい」
そして、闇の中に見えた希望の光に飛び込んだ彼女らは安堵する。もう、大丈夫なのだと。
だが、現実はそう甘くない。疲れ果て、思わず下げてしまった顔を上げた先にいたのは怪物。
見えることのなかった、怪物。
人型を成してはいるが、牛の頭を持ち、鎧のような作りをした体からは、その隙間から黄色の液体が漏れていた。
漏れた液体は地面に落ち、腐食していく。
とっさに後ろに逃げようとしても、そこにいたのは同じ怪物。右を見ても、左を見ても、それは同じだった。
下卑た視線を浴びせられる中、一番前にいる女性は神に乞うた。この地獄からの開放を。
だが、神は気まぐれ。自らに影響されることでなければ願いは到底叶えることはない。故に、彼女たちに怪物の腕が伸びた。
何も、神からの救いは、無かった。
『紅蓮の噴火』
だが、運命だけは見放さなかった。
彼女の周囲にいる怪物ではなく、その奥にいる怪物。その足元の大地は隆起し、紅蓮の炎とともに爆発する。炎は天井にまで届き、空間を貫く。
更に爆発の余波で周囲の怪物は吹っ飛んで壁にぶつかる。
その影響は彼女らにももちろん及ぶ。
だが、吹っ飛ぶことはなかった。爆発の余波に巻き込まれぬように張られた、魔術防壁。それによって彼女らの安全は保障されたのだ。
「まったく。今回の目標はあくまでも救出だ!お前の魔法は大規模なんだからもっと出力を絞れ。狙撃様に言われたことを忘れたのか?」
そう言いながら、現れたのは両腕に巨大な盾を付け、重そうな甲冑を身にまとう屈強な戦士。髪の無い、たくましい顔つきをした顔の右部分には大きな傷跡があった。
「ごめん、分かってはいるんだけどさ、あの魔法は難しいんだよ。そういうの」
次に現れたのは、赤髪のいかにもチャラそうな人。おそらく、彼が先ほどの魔術を撃った人だろう。戦士とは対照的に半袖半ズボンに引き締まったおなかが見える、軽装姿である。
「だったら、他の魔法を使えばよかっただろう!」
「イーや、あれ以外の魔法だと火力不足になるか、余計被害を出していたね」
「だから、そうならないように修行をしろと何度も・・・!」
「はい、言い合いはそこでおしまい」
口げんかの仲裁をしながら出てきた人はフードをかぶり、顔を見せないようにしていた。だが、そこから感じられる魔力は異常なほど濃くて、気を許したら飲み込まれそうな魅力があった。
「いいんだよ。焔がみんなに見えないところでコソ練してるのを僕は知っているしさ」
飄々と、何にも恐れるものは無いと言うように、おそらく焔という人が隠していたことを話す男性。その後ろには、もう何もなかった。後ろまで取り囲んでいた怪物をたった数秒で殲滅していたのだろう。
「それにね、盾。君のことを信頼しているからあのタイミングで魔術を撃ったんだよ」
「ちょ、狙撃さん、あのこと知ってたんですか」
「それ言うってことはコソ練をしていたのを認めたのと同じだよ」
アッ、というように口を隠す焔さん。どうやら墓穴を掘ったみたいだ。
「さて、片付けようか」
「今回は、私がやります」
「いいよ、僕がやる。それにさ、僕からしたら彼女たちのことは知っているからね。少しカッコつけさせてよ」
そう言って何もない空間に手を伸ばしたかと思ったら、腕の関節までもが虚空に消える。次に肘を曲げた時、少し前にネットで見た、ウィンチェスターライフルというものを握っていた。
彼の体からは魔性の魔力が解き放たれる。その存在感は目の前にいる怪物たちがそろいもそろってみっともなく逃げようとし始めるほどの恐怖。
左半身を後ろに引いて、右手だけで銃を構える。その姿には一切の隙はなく、それでいて余裕を醸し出していた。
そして、ゆっくりと引き金は引かれた。
『破滅と大罪の魔弾』
詠唱破棄。そこから放たれる魔法は美しく、壮大で。神様すらも嫉妬するほどの一撃だった。
きっと、いや、絶対。私はこの魔術を忘れないだろうと神に乞うた女性は思った。
光は収束し、視界が開けた先にあったのはまたもや暗闇だった。すべてを吸い込む闇。
でも、今回は少し違った。紫色をした魔力の膜に、荘厳な装飾を施された門。「深淵」の出口だった。
「あっぶね。危うく壊してしまうところだった」
「まぁ、もし壊しても狙撃さんならここから戻れるんだからいいじゃないですか」
と、焔と呼ばれた人が言う。それに盾と呼ばれた人もうなずいて同意していた。
「あぁ、申し送れたね。僕は樋之口焔。炎の勇者だ」
と、チャラそうな雰囲気の人が自己紹介した。
「守崎盾。盾の勇者だ」
それに続いて、盾を装備している男性も自己紹介をしてくれた。
でも、一人だけ、自己紹介をせずに門へと歩きだそうとした人がいた。
「あの、貴方は?そこのフードの貴方。」
どうしても聞いておきたかった。あれほどまでに美しく、強力な魔法を撃った、彼の名を。
「僕かい?僕は名乗るほどの名前は持ち合わせていないんだけどね」
と、前置きをしてこちらを向く。そのはずみで一瞬フードの中が見えてしまう。その顔は、見間違えるはずのない、私の片思いの相手の顔だった。
「狙撃の勇者、とだけ、答えておこうか」
プロローグを読んで頂き、ありがとうございます。
この作品は不定期投稿の午後六時に追加していくつもりです。
またこの物語は、だいたい4〜8万字の構成で考えていますので、宜しくお願いします。