同じクラスのあの子
昔から足は速かった。
体の小ささがコンプレックスだったが陸上をやる分には特に困らなかった。
思い切り走りきり一位を取る。俺にとっては特別なことではなかった。部活も何かに入らなければいけなかったから入っただけで、どうせやるなら一位がいいと思って陸上に入った。1年生はスター選手だったが、2年生の後半になって今まで負けたことがないやつに負け始めた。必死に練習したところで目標がない。負け始めたころから陸上は楽しくなくなったがなんとなく続けた。3年になった日、珍しく朝練に出て教室に一番乗りした。
「ねむっ」
窓を開け風を入れて涼んでいると教室のドアが開いた。そこに有紀が立っていた。今まで同じクラスになったこともないし全校生徒が多かったため有紀を見るのは初めてだった。第一印象は、同じ年の割に落ち着いてる子だなと思った。ショートカットがよく似合う小顔の子だった。
なんとなく、軽い口調で挨拶をしたら、律儀に出身小学校を言い始めた。俺は山奥からきたと冗談を踏まえて言うと、さっきまで緊張してこわばっていた顔がぱっと笑顔になった。少し困ってるようにな顔で首を傾けて笑うのがとても特徴的だった。有紀は性格がさっぱりしていて、とても話しやすく他の女の子とは違った。話しやすいと思っているのは俺だけじゃなく、他の男子にとっても有紀は話しやすい女子ポジションだった。席替えをして有紀の後ろになって喜んでたものの、有紀の前には小学校が同じというやつが座っていた。こいつは、有紀を好きじゃない。俺には分かる。ただ、有紀は話しやすいからしょっちゅう後ろを向いて有紀をからかっているのがとても気に入らない。
「虫め」
「え?虫?」
「ゆきちゃんの背中に着いてるよ。取ってあげる」
「ありがとう!」
「有紀!お前ここ間違ってるぞ!」
前から声がする。
「え?どこよ」
「ここだよ、バーカ!」
有紀の頭を叩いた。
「いたっ。叩くことないじゃん!」
「こんな簡単な問題も分からんとか馬鹿だなー」
有紀は言い返すのをやめたが、叩く音は結構響いた。
「おい、女の子に手をあげるなよ」
「は?」
「常識だろ」
「こいつは女ってよりおかまだろ。ブスめ!」
顔を赤くし少し涙目になっている紀を見てこいつを殴ろうと思い立ち上がったら、有紀に手を捕まれた。
「まこちゃん、ここ痛い。こぶになってないかな?」
有紀は俺の手を自分の頭にのせた。
「どこもこぶにはなってないけど。大丈夫?」
有紀の頭をなでる。
「痛かったけどもう平気。ありがとう。先生来から座って」
有紀に促されて座ると有紀は前をむいて
「ブスで悪かったな!」と前の席のやつの椅子を蹴り上げた。
好きにならずにはいられなかった。
中3の最後の大会の日、有紀ちゃんが応援に来てくれた。応援に来てくれるなら、もう少し練習頑張れば良かったなと思いながら精一杯やったが、4位で終わった。
「おれ、すごくダサい」
「そんな事ないよ」
独り言をつぶやいてたのに、いつの間にか隣に有紀がいた。
「まこちゃん、すっごくかっこよかったよ」
「一位が良かった」
「あはは、無理でしょ」
「え?」
「真、部活サボりまくってたじゃん。そんな人が1位とか無理でしょ」
さも当たり前のように言う有紀にポカンとした。
「え?一位取れると思ってたの?」
「さっきかっこいいって言ってた」
「うん、それはそれ。順位は別物」
「そっか」
「お疲れ様!じゃぁ、私もう行くね」
部活も終わり、やることがなくなった。山奥に住んでいるからか、娯楽には常に飢えていた。俺はいわゆる不良とつるむようになった。あいつらは簡単だった。俺もそう。殴りたいから殴る。走りたくなったらバイクで遊ぶ。金がほしかったらそこら辺にいる連中から取ればいい。俺は手は出さない。俺がやらなくても、他の誰かがやるし、年上のお姉さんにお小遣いをねだればくれたりもした。ただ、有紀にはなぜか知られてはいけない気がした。そんなある日、有紀が何かに気がついて質問攻めしてきた。気まずくて、うっかり強い口調で言い返してしまった。有紀は少し悲しい顔をしてたけど、おれはバスに向かった。バスに乗ったものの有紀の傷ついた顔が頭から離れずバスを降り教室に戻った。すると、有紀が隣のクラスの男子と仲良く話している姿が見えた。抱きつきそうな距離でまんざらイヤそうでもない有紀を見て無性に腹が立った。結局有紀を怒らせてその日は終わってしまった。なんとなく有紀に会えるかもと、彼女の家の近くのコンビニへ行ったらアイスを買いにきた有紀が見えた。大きく手を振る有紀を見て俺はとても幸せな気持ちになったのに、有紀の横には幼馴染みがいて俺の気持ちに水を差した。二人で並んでアイスを食べていた。一人じゃなかったのかよ。有紀に気づかれないように、ずっと有紀を目で追っていたら有紀が幼馴染み君にアイスを渡した。
後ろ向きに歩きながら大きな声で
「落としたら2コ買い直しね。私が走ったら走ってきてよ。ゴールは拉麵屋ね!」
と笑いながら電柱に向かう。
「おー!顔面にアイスつけてやる」
なにあれ?めっちゃ青春してんじゃん。
「おい、真どこ行くんだよ」
誰かの声が後ろから聞こえたが、俺は久々に全力疾走をした。ゴールは有紀。
幼馴染み君を追い越しついでにアイスを落としてやった。有紀ごめん。と思ったが、もういらないだろ。もう少し、もう少しで有紀に届く。久々に走るのは非常に疲れた。タバコを吸っているから肺が痛い。きゃーと笑っている有紀を抱き上げて、有紀の背中で思い切り呼吸をする。有紀は真っ赤になり俺から離れた。アイスを落とした幼馴染み君をかばうのも気に入らない。幼馴染み君と有紀の距離も気に入らない。有紀が見てないところで幼馴染み君に牽制をした。
「有紀ちゃんの好きな人は俺だから残念だね」
「距離が近いのは俺だけどな。お前には有紀は無理」
カチンとしたが、有紀の手前何も出来ない。
有紀と話しをして別れた。やっぱり、有紀は少し寂しそうな顔をした。それでいい。心配していつも俺のことで頭がいっぱいになってくれてたらそれでいい。
「真ー、お前、有紀が好きなんか?」
バイクを運転している伸也が話しかけてきた。
「あ?なんでだよ」
「どうみても好きだろ。早くやっちゃえよ」
「そういうんじゃねんだよ」
「はは。お前らが仲いいのはみんな知ってるくらいだからな」
「ほっとけ」
「ほっといたら、誰かに取られるかもな」
そんな事は分かってる。
「さっさとスピードだせよ」
勝負は2学期だ