幼馴染みのあの子
有紀と別れた後、俺は時間帯が夕方だったことに感謝した。
「ハゲても愛してあげるよ。か。さすがに参る」
真っ赤になった顔を両手で押さ悶絶する。
有紀の母親は俺が通っている保育園の先生だった。有紀は保育園の裏にある幼稚園に8時になるとおじさんが迎えに来て行ってしまう。有紀と遊べる時間は有紀の母親がが早番の日だけだった。母親と7時に登園してくるので俺はパンを一枚持ち有紀が来るのをずっと待っていた。車の中から笑顔で手を振る有紀は最高に可愛かった。3歳にしては体が大きく力が強かった俺を最初は怖がっていた。ゆきはどちらかというと引っ込み思案で母親の後ろや大人の後ろに隠れるような子だった。有紀は保育園の児童ではないから、なおさらそうだったのかもしれない。
「ゆき!なに作ってるんだ?」
「たかくん、おはよー。これはゆきの将来のおうちよ」
小さな有紀の前にはありきたりの三角と四角の家が出来ていた。
「赤い屋根のいえってかわいいのよ。だから、ゆきも大きくなったら三角の屋根のお家に住むのです」
「その家に俺もいるか?」
「たかくんはいないよ。だってゆきのお家はとても小さいの。大きなたかくんは入れないの。でもね」
ゆきの世界に俺がいなことにむっとした
「じゃぁ、家をおおきくしたらいい」
ゆきが作った積み木を崩して大きな四角い家を作った。
「よし!ゆき、出来たぞ!しかも2階建てだ!」
満足して有紀を見たら、有紀は大きな目にいっぱい涙をためて顔を真っ赤にしていた。
「なんで崩しちゃうの?嫌い嫌い大嫌い!」
ゆきは泣きながら先生のところに走って行った。先生は笑いながら有紀を抱き上げて、それくらいで泣かないの。とゆきに言っていた。その日のゆきはずっと先生の後ろにいておじさんが迎えに来るのを待っていた。ゆきが幼稚園に行った後、おれは先生のところに行った。
「せんせい。ゆき、まだ怒ってるかな」
「大丈夫よ。ゆきちゃん、すぐ忘れちゃうから」
「ゆき、泣いてた」
「そうね」
「おれ、大きな家にして俺も住めるようにしたかっただけだったのに、ゆき泣いてた」
「ゆきちゃんはこだわりが強いからね」
「ゆきは悪くない!おれが、ゆきの家を崩しちゃったからそれで。うわーん」
ゆきの悲しそうに怒っていた顔が目に焼き付いて、たまらず大泣きしてしまった。先生は笑って大丈夫よ。明日になったらまた仲良く遊べるからと、ゆきそっくりな笑顔で言った。先生が言った通り翌日ゆきはいつもと同じ笑顔でおれに手を振っていた。
「ゆき、昨日はごめんな!」
「きのう??」
おれはビックリして先生をみたら、少しあきれて困った笑顔をして小さく「ね、覚えてないでしょ」と言った。
「たかくん、今日トランポリンしよう。早く食パン食べちゃって」
「おう、ゆきをビュンビュン飛ばしてやる!」
有紀は笑いながら俺の手を引っ張っていった。
パンを食べているとゆきがちょこんと隣に座った。
「たかくんは、いつも食パンだね」
「ゆきも食べるか?」
「いらない。ゆきはパンは好きじゃないの」
「何が好きなんだ?」
「おばあちゃんの漬物。キュウリが好きなの。あとは食べたくない」
そういえば、先生が有紀はあまりご飯を食べなくて困ってる。みんな沢山食べていいわね。と給食の時間に言ってたな。
「たかくん、昨日泣いちゃってごめんね。昨日ね、たかくんは住めないけど、たかくんはゆきの隣に住んでね。って言いたかったの。なのに、たかくん勝手に家を作ったから、ゆき悲しかったの。ママに怒られちゃった。たかくんぎゅっして仲直りね」
ゆきにぎゅっとされながら、3歳のおれは人の話しは最後まで聞くものだと学んだ瞬間だった。
「ゆき、トランポリンするぞ!たくさん動くとおなか空くから今日のお弁当はおいしくなるぞ!」
「うん!」
おれは有紀の笑顔が大好きだった。ひまわりみたいな笑顔が小学校になると首を少しかしげながら笑う仕草がとても可愛かった。きっと有紀はどんどん綺麗になっていく。おれは確信していた。有紀は美人になると。有紀が中学生になると、少し困った感じで笑うようになった。あの笑い方がとても好きだった。不思議と中学1年生の1学期が終わる時、有紀は雰囲気がガラリと変わった時期があった。どこか不安気で懐かしむような表情をしていた。中学生とは思えないくらいどんどん綺麗になっていった。そして、中学三年になりようやく昔みたいに話しかけてくれるようになった。好きな子が出来ても彼女が出来ても、俺の中で有紀を超える子はいなかった。改めて有紀が大事だと悟った日、目の前でかっさらわれるように抱きしめられるのを呆然とみていた。
「あいつ、抜く瞬間俺を見て笑ってたな。しかも、アイス落としやがった。くそ」
真っ赤になって離れてといってる有紀の顔は積み木を壊された時の顔に似ていた。あの表情を見れるのは自分だけだと思っていたのに。
「あいつには有紀を取られるわけにはいかないな。いっちょ頑張りますか。おれ有紀ちゃんはモテモテだからライバルがいっぱいだ」
両手を顔から離し俺は新たな決意を胸に自宅へ戻った。