始まりの夜
「ですからぁ、私はサイトウさんの為に言ってるんですよ。いつまでも仕事ができないと困るのは私たちなんですぅ。分かってますかぁ?」
脳まで響く甲高い声にめまいがする。こういう物言いをする人には何を言っても無駄である。何が私の為だよ。ただの憂さ晴らしだろ。と思いつつも感情をぐっと殺す。
「はい、すみません。」
「謝ってほしいわけじゃなくてぇ、覚えてほしいんですけどぉ」
「はい」
何の徳にも為にもならないこの会話はいつまで続くんだろうか。うんざりしながら転職がまた失敗した事を痛感する。早く今日という日が終わることだけを祈った。
「って事が今日あったんです。」
ビールをグラスに注ぎながら、今日の出来事を娘に話す。
「ママって本当に職場運ないよね。前回もやばかったじゃん」
「そうなんだよねぇ。何がダメだったんだろうって最近ずっと考えちゃう。いい職場を求めて転職したけど、結果いい職場に当たらないじゃない。仕事ってよっぽどじゃないと辞めたらダメだね。まず、人間になれない。女の職場は悲惨だよ。慣れたら辞めたらダメだね。だから、始めにしっかりリサーチして受けないと大変だよ」
「私、働いたことないけど、ママの話聞いて本当にそう思うわ。とりあえず、頑張って。私は将来のために勉強してくるわ」
「本当にそれ、大事ですぅ。ママも人生やり直したいわ」
なんとも言えない気持ちになりビールを一気に流し込むと、テレビをみていた息子たちがこっちを見て
「お母さんは何歳に戻りたいの?」
と聞いてきた。子供の質問に真剣に考えてしまうのは、今の職場のせいか今の自分の生き方に満足していない成果は定かではない。
「中学生かな。ただし、今の記憶をすべて持って行くことができるならね」
「なんで?」
「何でって記憶がないと同じ結果でしょ?」
「ダメなの?」
「ダメなのは今の職場」
「じゃぁ、違うところで働けば?」
「まだ結論出すのは早いでしょう。まだ4か月しか経ってないし、お母さんが仕事覚えてないのも事実だからね」
「大人って大変」
「ぼくは大人になりたくないな。ずっとこのままがいい」
「お母さんも子供のままが良かったわ」
他愛ない会話も終了し寝室へ行く。
「あぁ。明日目が覚めたら中学生に戻ってないかなあ。そうしたら、今よりいい人生が待ってる気がする。神様、次こそは努力しますか機をくを残したまま中学生に戻して下さい~!なんてね。戻ったところで私の学生時代なんてたかがしれてるわ。さぁ、寝よう。明日もあの子にキャンキャン言われるんだろうな。うんざりだわ」
寝る直前までこんなこと言ってたら良くないわね。と思いつつ眠りについたのである。