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第三章 聡太再び

思うところあって連載します

ここまで言っても誰もポイントを入れずブックマークを登録してくれないことにイライラしながら聡太は指をL字に動かすフィンガージェスチャーでブラウザのページをすっと閉じた。


スマートフォンのブックマークに表示されているのは相変わらず『文筆家に(なりなん)とす』という古文系小説投稿サイトのトップページだ。


「何で編集ページの未投稿の方に書きかけの文章が表示されなくて、新着一覧の配下のあなたの活動の方に だ け あるんだよクソが! 分かり辛れーよ! 消えたかと思って二章だけ先に投稿してもうたわ!注意力散漫な馬鹿にも使えるように作ってくれ!描く阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら書かなきゃ損々で書いたんだから阿呆なんだよこっちは!

それからカササギとかいう奴変わってから見づらいんだよ! アクセス負荷減らす策か!!」


そう、聡太はとうとう手を出してしまった。この闇のサイトなりなんとす作家として、鮮烈なデビューを飾ったのだ。有名作家の仲間入りを夢見て。

古典文学なんて読んだこともなかったが、こんな「あなおかし」しか言わないような文章がこんなに評価されるのだと知って、自分ならもっと面白いものが書けるのにという妄想に取り憑かれた彼は地獄への一本道を自己責任で駆け降りた。


「誰も評価なんてして紅!んだああああああ!」


聡太はその無念を絶叫に変えて叫ぶ。

更新ボタンを何度も押して、ポイントは増えない。


「こんな面白うてやがて悲しき爽快な展開なのにい!」


自分の書いたものは百倍よく見えるという法則があるが、聡太はまだそれを知らない。

学校の調理実習で自分で作った料理は味付けも手間も大したことないのに美味く感じる。それと同じで他者は百倍不味く感じているのだ。


「むべなるかな、むべなるかな!」


同僚の営業マン、妹子ちゃんが狂った聡太をみて心配げに声をかけてくれる。


「ちょっと、大丈夫?」


「結婚してくれ」


「は? 別にいいけど」


「いいのかよ!」


営業カーの中でサボって寝ていた妹子は聡太のプロポーズを面倒くさそうにあしらった。

そういう関係ではない。彼氏持ちだった筈だ。

自身の絶望感、ポイントゼロの悲哀を心配してくれただけの妹子に聡太は聖母マリアの姿を見た。


「じ、じゃあ今ここで、その誓いの契りをしよう」


古い方の光源氏を少し意識しながら聡太は手をワシワシさせた。原典ほどではないが妹子はかなり年下だったはずだ。他に誰もいない車の中で、行われるこの先の行為をブックマークが増えて気分が乗ったら18禁サイトに移動して投稿しよう、と聡太は強く決めた。


しかしあいも変わらずポイントは増えない。


「それより何見てんのそれ。何それ。あなうれしとかあなおかしとか。そっちの趣味?」


「違うわ! ばかあ!」


スマホを奪われて読まれてしまった。もうお嫁に行けない、と少ししょげた。自作を身近な知り合いに見られるのは顔から火が出るほど恥ずかしい。そういうものだ。余談だが作者は親に『幼馴染がエロい言葉しか喋れなくなってしまった件』というタイトルの自作小説を読まれて自殺未遂を計ろうと二秒考えた。


「これはさ、実は今流行りのなりなんと小説って奴、描き始めたンだわ。俺さ」


小室なんとかいう歴史上の人物が「金ねンだわ」とのたまった、それと同じイントネーションで言った。


「へえー、古今和歌集とか新古今和歌集みたいな奴?」


「いやそれ程でもねえよぅ」


少し照れる。


「んでも和泉式部日記くらいのレベルはあンじゃねえかって、自分じゃ思ってんだけどさ」


「何それ、知らなーい。蜥蜴日記だったら知ってるけど」


「ばっか、それを言うなら蟷螂日記だろ」


蜻蛉日記が藤原道綱母の平安時代の作品だった筈だが、この時空間ではもしかしたらそういうものがあるのかも知れない。


「人気なの?」


「それがさ、誰も見てくれないんだよね」


「えっ、何で?」


「自分が思ってるより、本当はつまんないのかも。ポイントだってずっとゼロだし」


「えっ、入ってるよ?」


「うそっ」


スマートフォンを見ると、そこにはブックマーク1の表示。


「誰だよ、本当にありがとうございます」


凄く嬉しかった。こんな作品を理解してくれる名も知らぬ読者がこの世の何処かにいる事を、聡太は妹子とこれからする予定の卑猥な行為よりもむしろ余計に嬉しかった。

なので、


「ブクマだけじゃなくてポイントも入れろよな」


と鼻を掻きながらうそぶいた。

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