1捨てられました
召喚された聖女様ものです。続きます。
「やったわ……とうとうすべての瘴気だまりを浄化出来たわ……!」
「ああ、これで任務終了だ! さあ、王都に帰るぞ!」
この国の瘴気だまりと呼ばれる、災いを呼ぶ源を浄化魔法で清めてきた旅がとうとう終了した。
最後の最後が一番大きくて大変な場所だったが、何とか浄化することが出来た。
1年に及んだ旅が終わったのだ。
私は自分のボロボロになった姿を見下した。城にいた頃はシミ一つない綺麗な白い手だったのに、今やカサカサで爪もボロボロだ。
髪もしっとり艶やかな黒だったのに、ボサボサの伸び放題。途中で何度か切ってもらっていたが、手入れなどしっかり出来なかったから切れ毛だらけだ。結い上げたって戦闘ですぐに崩れるから、ずっと一つにくくっていたせいで、首の後ろ当たりの長さにくびれる癖まで付いている。
顔もこの世界には日焼け止めなどないし、日よけを使う余裕などないからそばかすだらけ。肌自体もお手入れもできていないから、まだ20代なのにカッサカサに乾燥して小じわができ始めている。
しかしそんな生活ももうすぐ終わる。私は満足感と充足感を噛みしめながら、浄化を終えたその地に背を向けた。
***
私はこの国、レプストプラ王国に日本から召喚された日野日葵という。
東京の某大学を卒業し、そのまま大学院への進学が決まっていたのだが、その入学を目の前にしたある日、いきなり私を眩い光が取り囲んだと思ったら、この国に召喚されていた。
楽しみにしていたイベントに向かう途中だったのでおしゃれ着だったのが、まだ幸いだった。
なんだか荘厳な建物の中で、神官みたいな人たちとマンガなどで見るような貴族装束の人たちのど真ん中に落とされた私は、茫然と周りを見るしかなかったが、皆の品定めをするような視線に、化粧していて、おしゃれワンピース着ていて良かった、と漠然と思ったものだ。
すぐに『成功だ』と盛り上がる周りから、一人の司祭っぽい人が出て来て私に手を差し伸べ、「あなたは聖女だ」と言い出した。なるほどこれがうわさに聞く聖女召喚かと納得した。納得する場面ではないけれど私もそれほどに混乱していたのだ。
本で聖女召喚の話は読んでいたが、まさか本当にある話だとは思ってもいなかった。こうなると日本で読んでいた話は、召喚された人が帰ってから友人知人に話したものが広まったのかもしれない。
そこからの展開は、だいたい本で読んだものと同じような流れだった。40代後半と思われるイケオジ司祭に連れられて向かった別室では、これまた本とコスプレでしか見たことがないメイドさんたちと、イケメンの騎士やら魔導士、貴族の令息たちが待ち構えていた。
中央にいたのがこの国の第2皇子で、彼は優雅に立ち上がって優雅な礼をした。
高貴な人間というものは、そこにいるだけで優雅なのだという事をこの時初めて認識した。もう一つ一つの動作が私などとは全く違う。慌てて日本式の礼をしたが、その動きがガサツに思えて恥ずかしくなるほどだった。
彼はそんな私に微笑んで、簡単な自己紹介をしたのちにこういった。
「いきなり何が起こったのか、と混乱しているでしょう。今から説明させていただきます」
説明されたが、それも本で読んだ話に似ていた。彼曰く、この国に悪い気の塊、瘴気が発生した。いろいろと手を打ったが、どうやっても太刀打ちできない。古い文献などを調べた結果、外の世界から聖女を召喚すれば瘴気を消すことができると判明した。だからあなたに瘴気を消す手伝いをしていただきたい、というのだ。
「いきなり呼びつけてこんなことをお願いするのは無礼だとはわかっています。わかっているのですが、もうこれしか手立てがないほどに、我が国は追い詰められているのです。どうか我々に手を貸していただきたい」
「そう言われましても、私には特別な力などありません」
「いいえ、こちらの世界に召喚された事で、あなた様には瘴気を払う力が宿っているはずです」
そう言われてイケオジ神官にやり方を教わって半信半疑ながら掌に集中してみたら、確かに何らかの力であろう光が発現した。
それを見て第2皇子王子ボルデテラが私の前に歩み寄り、私に跪いて微笑んだ。
「やはりあなたは聖女だ。どうかお力をお貸しください」
「……私は、元の世界に戻れるのでしょうか?」
「瘴気を払うことが出来れば、その時は、尽力しましょう」
「帰れるんですね?」
「ご心配なく」
そうして私の手をそっと取って、甲に唇を寄せた。
ちょこちょこ彼氏はいたが、一昨年に進路についての意見の相違で別れて以来、彼氏はいない。しかもこんなイケメンで高貴な雰囲気の人に優雅にそんなことをされたら、普通の女なら落ちる。
私には強力な推しが居るし、10代でもないからそんな簡単には落ちないが、それでもクラクラ来たのは確かだ。
そこからは、先ずは力を使う訓練をしなければいけないからと、王宮の離れに部屋を貰い、イケメン総出で私の補助をしてくれた。
メイドさんにより風呂でのマッサージやいわゆるエステを受け、綺麗なドレスを着せてもらい、美味しい料理とスイーツをいただき、訓練では上手くできれば過剰に褒められ、できなくても大げさな位に励まされた。
私の力は浄化と回復の力という事で、先に回復魔法を習得した。練習台には騎士たちがなってくれた。訓練でのけがを治させてもらったのだ。騎士たちは私に大げさな位に感謝してくれた。
怪我を治す魔法を習得した次には、病気回復魔法も習った。こちらは例えばウィルスを除去するというよりは、体力と免疫力を上げるというイメージが近い。あまり実用的とは思えなかったが、彼らに言われるままに習得した。
最後に浄化魔法を習った。回復魔法で魔法の使い方自体がわかるようになっていたので、習得は早かった。彼らには飲み込みが早いと褒めちぎられた。
毎日第2王子が様子見と言って励ましに来てくれるし、護衛の騎士たちもイケメンだし、やさしい。
使命が終われば帰れるとはいえ、これだけちやほやされたらこのままこの国にいても良いんじゃないかとすら思い始めた。
だって帰っても日々研究と後輩指導に追われ、博士号を取れたとしても次は就職先の心配だ。それで日々お金の心配をしながら過ごすくらいなら、こちらに残って聖女として生活をした方が良いんじゃないか。そう考え始めていたころだった。
浄化魔法も習得したから、浄化作業に入りましょうという事になった。この国のあちこちに瘴気だまりという瘴気が湧き出している場所がある。瘴気に触れたり吸い込んだりした動物たちが変異を起こし、いわゆる魔物と化す。彼らは理性を失い、目につくものすべてに襲い掛かるそうだ。
また魔物に噛まれた動物もまた、魔物になり、人を襲う。魔物が現れた地域に住んでいた人たちは退去を余儀なくされ、せっかく作った畑も何もかも失ってしまうらしい。
この国には日本のような機械はなく、江戸時代とかその辺ののんびりとした農業とちょっとした産業で成り立っているから、その農業が打撃を受けると大変なことになるようだ。
まあそんな程度ならば簡単に片付くだろうと快諾したのが間違いだった。
護衛もかねて、28歳の司祭と、27歳の魔導士、26歳の剣士と騎士、私たちの身の回りの世話をしてくれる25歳の従者、そして24歳の第2王子ボルデテラ様というパーティで出発したのだが、正直に言おう。これがクソパーティだったうえに、予想外の過酷な旅となったのだ。
国中で瘴気だまりが発生しているので、国を時計回りに回っていくことになった。王都周辺はまだ無事だとのことだったが、全員で馬に乗って(私も手ほどきを受けていた)1日移動した先の森が、最初の瘴気だまりだった。
1日宿で休み、早朝から森に入った。途中までは馬で行けたが、妙な気配が漂い始めた部分からは馬は従者に任せてその場に待機してもらって、剣士を筆頭に歩いて森の中を進んでいった。
この妙な気配というのが瘴気で、馬が吸い込むと魔物と化してしまうのだ。私たちはマスク代わりにスカーフで鼻と口を覆い、さらに私がこまめに全員に浄化魔法をかけながら進む。
そうして森の奥深くの開けた草原で、魔物と化した元乳牛の群れに襲われた。
牛ごときと馬鹿にしてはいけない。愚鈍に見えるが彼らはもともとものすごい力を持っている。蹴られたら怪我では済まないし、体当たりなどされたら普通に死ぬ。それが狂暴化しているのだ。
最初、私の練習台にちょうどいいと魔物乳牛を浄化してみようと試みた。だが狂暴すぎて近づけない。呪文を唱えている間に突進されてしまうのだ。
そこで剣士と騎士、魔導士が私の周りに立ち、襲ってくる牛を返り討ちにし、司祭の防御魔法で守られている間に私は何とか呪文を唱え、広範囲に浄化魔法を展開させた。
「お見事です。牛たちは無事に浄化されました」
「……全部、死んでますけど?」
「彼らは長い間、瘴気を吸いすぎたのです。もはや瘴気が彼らの体力の源でした」
「それを浄化したら、生きていられないではないですか!」
「仕方がありません。もう少し早く浄化出来ていれば、あるいは生き永らえたのでしょうが。しかしこれで彼らの肉は、食肉として使えます。命は無駄になっていません」
正直、もっと早くその情報が欲しかった。だけれども知っていたら浄化をためらい、パーティにけが人が出ていたかもしれない。情報を伏せられていて正解だったのかもしれない。
私は気落ちしながら周りを見回した。そしてけがをしている剣士たちを見て、慌てて浄化と治療魔法をかけた。
「ありがとう、日葵」
「けがをしたらすぐに言って。魔物に付けられた傷だから、瘴気を帯びているのよ」
「そうなのか。わかった、次からはすぐに報告する」
「ええ。お願い」
無傷だったのは後方で見ていた殿下と司祭と、守られていた私だけだ。瘴気の浄化などと簡単に考えていただけにこの初回の出来事は、私にとって衝撃だった。
その後も湧いて出てくる元動物たちを浄化という名の元に倒し続け、夕方に瘴気だまりに到着した。
悪夢だった。瘴気が魔物たちの食事となっている時点で気が付くべきだった。
瘴気の源は沼だった。ヘドロのようなべったりとした黒い水場には、多くの魔物が集まっていた。それらが一斉に私たちに襲いかかる。
私が使えるのは回復と浄化だけ。浄化で魔物を倒せるが、あまりに多い数、一匹ずつ対応していたら時間もかかるし魔力も尽きる。牛の時と同じように護衛の彼らに守ってもらいながら、私は範囲浄化用のそれはそれは長い呪文を必死に早口で唱え、印を結び、沼とその周辺を一気に浄化させた。
それまでの戦いで、この時にパーティメンバーも浄化してしまえば、傷から瘴気が入ることはないというのが判明していたので彼らごと。
そうして広範囲の浄化魔法に成功した私は、その場で魔力を使い果たして気絶した。
気が付けば宿だった。剣士たちが馬の待機場所まで私を背負って運んでくれて、そこからは馬に揺られて戻ってきたそうだ。
丸1日と半日寝ていたそうで、早朝に目が覚めた。魔力は休めば回復する。完全回復ではないが、動ける程度には回復していたので、部屋を出て宿を歩いているときにすでにこちらも起きていた従者に会い、そう説明を受けた。
沼は浄化出来たが、魔物は森に散らばっている。彼らを浄化するためにあと2日滞在し、大物魔物を倒して回った。本当は浄化で助けたかったが、どうにもならなかった。ただ肉は浄化されているというので持ち帰って、村人たちに喜ばれた。
そんな苦い経験となった初回は、実はまだまともだったのだ。初回、王子は戦闘には参加しなかったが、見届け役としてきちんと現場までついてきていた。従者は馬と待機していたが、彼が倒した魔物の処理なども一手に引き受けてくれていた。
だが次の場所では、王子が宿で待機していると言い出したのだ。
「僕が行っても足手まといになるだけだろう? だったらここで待っていた方が、君たちも遠慮しないで戦える。僕はその間に書類作業と領地視察をしているから」
確かに一理あった。後方でメインの戦闘には加わっていないとはいえ、いつ魔物が出てくるかわからない。王子も一通りの剣技はできるが、狂暴化した魔物に襲われたら防げるかわからない。それを騎士が気にしながら戦っているのを、私も気が付いていた。
そういう事ならと了承しようとしたら、それならば私もと司祭が言い出した。
「私も浄化に参加したいですが、そうしたら誰が殿下の護衛をするのです? 日葵の浄化レベルは十分に上がっています。前回も私は念のために防御魔法を使っていましたけれど、なくても十分でした」
確かに第2王子が一人で歩き回るわけにはいかない。剣士と騎士は魔物を撃退するのに必要。魔導士がいてくれれば防御魔法も何とかなる。
従者も連れて行っていいというので、王子の馬を荷物持ちに借りて5人で出かけた。
4か所目場所で、魔導士も残ると言い出した。護衛は二人で良いだろうと。防御魔法がないと安心して呪文を唱えられないと抗議したのだが、『日葵の呪文詠唱の速さは、実戦経験でとても上達したじゃないですか。前回、私が防御魔法を唱えて発動するのと、日葵の浄化魔術が発動する速さがあまり変わらないくらいでした。でしたら、私はいなくてもいいでしょう?』などと言い出した。
そんなことはない、魔術師の攻撃魔法も助かっていると言ったのだが、『試しに4人で行ってきてください、ダメそうなら次はちゃんと一緒に行きますから』とにこやかに言い切られてしまった。
また司祭も、殿下の護衛が防御魔法しか使えない自分だけでは心もとないから、魔導士がいてくれたら安心だとか言い出し、結局火力2人と私と荷物持ちの従者で進むことになった。
いつもは途中で従者が馬と残るのだが、人数が少ないからと彼が荷物を背負って、馬は森に放して4人で森の中を進んだ。飲食料の補給が完璧だったのも良かったのか、5人いた時と同じくらいスムースに任務を果たすことが出来た。
これで司祭と魔導士は、王子と共に現場に出てこなくなったのだ。
私は必死だった。一緒に来てくれる剣士と騎士と従者が怪我をしないように、できるだけ早口で呪文を唱えた。そのうちに一部の呪文を削っても、多少威力は落ちるが術自体は発動することに気が付き、6か所目が終わるころには無詠唱に近い状態での浄化術発動ができるようになっていた。
このころには私も多少有頂天になっていたのかもしれない。脇から出てくる魔物を『浄化』の一言と指さしで倒していた。単体の遠距離も行けたから、牛や熊程度の魔物ならば近づかずに倒せるようになっていた。もちろん範囲攻撃もレベルが上がったのか、その範囲も広くなり、また詠唱を短くしての不完全版の範囲浄化を使えば、気絶するほど魔力を消費することもなくなっていた。
もちろん威力が落ちる分、何度か術を多めに使う必要はあったけれど、汚染された場所自体を浄化出来ればよいのだから。
威力が落ちた浄化なら、魔物たちも即死しなかった。体内の一部の瘴気が浄化された程度では死ななくて済むらしい。おかげで小動物の多くは浄化されても生き延びる個体が増えた。
彼らを捕まえて移動しながら調査したところ、体内の汚染が軽くなり、瘴気と接触することがなくなれば、徐々にもとに戻ることが判明した。私は無意味な殺戮(お肉にはなるが)にならずに済んで、心から安堵した。
それからは大型魔物も浄化量を制御して、元に戻す事が多くなった。手間だからやめておけと剣士たちには言われたが、全滅させて回っていたら生態系が乱れてしまう。できるだけ保護するべきだと力説し、彼らは理解してはくれなかったが、根負けして折れてくれた。
そして半年かけて国の半分を浄化し終わったころには、浄化についてくるのは従者だけになっていた。剣士と騎士も殿下の護衛に回ったのだ。
「日葵はもう、無詠唱で個別攻撃も範囲攻撃もできるだろう? 遠距離攻撃もできる。それに防御魔法も覚えた。無敵じゃないか。もう俺たちが出る幕はないよ」
「そんなことはないわ、あなたたちがいてくれるから、私は安心して術を発動できるのよ!」
「この3か所、日葵が先頭で進み、俺たちは後方支援だったじゃないか。瘴気だまりでも俺たちが日葵を守る位置に着く前に、日葵の浄化魔法が発動して、その場にいた魔物たちの戦意も消失していた。もう俺たちの出番はないよ」
そう、私はやりすぎたのだ。誰にも怪我をしてほしくない一心だったのだが、彼らの護衛としての仕事まで奪ってしまっていたのだ。唇をかみしめて下を向いた私に、殿下が優しく声を掛けてくれた。
「日葵は頑張り屋さんだね。無詠唱で浄化魔法発動なんて聞いたことがないレベルにまで上り詰めてくれたんだね」
「……剣士たちにけがをしてほしくないから」
「優しいね。やはり聖女と呼ばれるだけのことはあるね。そんな素晴らしい君だから、伝説の無詠唱発動ができるようになったんだろうね」
そして私の頭を撫でてくれる。いやらしさを一切感じさせないそれは、確かに必死に頑張っている私には、それを認めてくれる嬉しい行為だった。
さらには司祭や魔導士も、魔法の観点からべた褒めしてくれた。天才だ、努力の結果だと持ち上げられ、私も徐々に一人でも行ける気がしてきてしまった。
「日葵が戦っている間、私も王族として現地視察を遂行しているよ。最近は僕があちこちに出没することが噂になっていて、ごろつきたちが絡んでくるようになったんだ。司祭や魔導士だけではなかなかけん制にならなくてね。君が一人でも大丈夫なら、剣士たちを貸してほしい。もちろん無理だと思ったらすぐに撤退してくれていいし、次からは必ず誰かを同行させるから」
「……本当ね?」
「もちろんだとも」
殿下をはじめ、超イケメン全員ににこやかに微笑まれてしまえば、許諾する以外にない。
そこから私と従者二人だけの戦いが始まった。
そしてさらに半年。ようやく浄化の旅が終わった。これでこのクソパーティともお別れだ。
最後の最後の瘴気だまりは、範囲も広いし瘴気も濃いしで最悪だった。無詠唱でも威力が上がっていた私の浄化魔法は、3回掛けてようやく魔物の狂暴性が収まってきた、くらいにしか効き目がない。
ここはどこよりもひどいという事前調査の結果もあったのに、剣士も騎士も魔導士もついてきてくれなかった。私は一人で魔物の攻撃から逃げ回り、5回目の浄化で何とか魔物がおとなしくなったところで、全詠唱の浄化魔法で半分を浄化することに成功した。
半分だ。半分だけ。何せ範囲が広すぎるのだ。東京ドームで何個分? という広さなのだ。ネズミーランドよりは狭いと思いたい、というくらいに広いのだ。当然一日では終わらずに1週間かけて周りを浄化し、一度物資補給に街に戻り、援軍を頼んであっさり断られ、泣く泣く一人でさらに10日かけて浄化した。
パーティってなんだっけ? 確かに従者は来てくれているけれど、彼は戦闘には加わらない。それでも飲食料の準備や野営での見張りをしてくれたから、何とか達成できたのだ。
こんなに大変な想いをしたのだから、褒美はたっぷり貰わなければ。ってかやっぱり日本に帰りたい。この経験があれば、どんなブラック企業にも立ち向かえる気がする。いや、やはりブラック企業には近づきたくないが。
従者だけは最後まで付き添ってくれた。戦ってはいないが戦友だ。彼は殿下達ほどはイケメンではないが、人間顔じゃない。こういう風に支えてくれる人のほうが良い。彼には恋人がいるそうだから、私とそういう関係にはならないし、私も帰る身だからそんな気にもならないけれど。
そんなことをつらつらと考えながら、王都へ向かう道すがら、なぜか偉そうに馬に乗っている王子を胡乱な目で見ながら、私たちは王都へと帰還した。
「聖女日葵、浄化の旅、ご苦労であった」
国内の魔物は鳴りを潜め、故郷を追い出されていた人達は家に戻った。衰退しかけていた農業も立て直しが始まり、国内の浄化終了という知らせに、王都もどこもお祭り状態だった。
帰還した私は、まずは最初に世話になった王城の離れで風呂に飛び込み、国王への謁見日まで2日かけてしっかりと手入れをしてもらった。
旅の間、街に入るときには聖女らしい法衣だったが、移動中と森に入るときは動きやすいズボン姿だった。それの新調もままならず、泥だらけでボロボロの服を着ていたものだ。それなのに王子たちは綺麗な服を着ていて、たまには私の服も買ってくれというと、渋い顔をした神官が、ケチケチしながらようやく1着買ってくれる。下着を買い換えたら服は無し、というケチぶりだった。
当然苦情を言ったが、『国から支給されている旅費で全員が移動しているのだから、食費と宿泊費で手一杯。贅沢はできない』『私たちも街で自分たちで洗っている』などと言い、要求は通らなかった。
そんな我慢し通しだった日々が終わり、久しぶりに豪華なドレスを着せてもらう。女子だからドレスを着たら、それだけでテンションが上がるものだ。
そして十分に休んだだろうと3日目に王城の広間にパーティメンバーと共に呼び出され、国王の謁見を受けている。
「聖女の活躍はボルデテラから報告を受けている。褒美を取らそうと思うが、何が良いか?」
来た。この1年の苦労が実る瞬間が。私は膝立ちで両手をファラオの像のようにクロスさせてうつむくという、この国の礼を執ったまま、国王の問いに答えた。
「恐れながら、元いた世界への帰還をお願いいたします」
「ほう。この国はお気に召さなかったかな」
「そうではありませんが、元の世界には両親も友人もおります。私自身の生活もございます。この世界の役目を終えたのであれば、即刻帰還させてください」
「そんなにすぐに帰らなくても良いであろう? これからお前のための凱旋パーティも開かれるのだぞ?」
「……それであれば、それが終わり次第、帰還させてください」
パーティは出てみたい。今までの苦労を報われたい。美味しいものを一杯食べて、楽しみたい。
そんなに長期にはならないだろうから。そのくらいは。
「そうか。では、そのように手配しよう。とりあえず2日後から浄化成功の祝いを開く。良いな?」
「身に余る光栄です」
そんなやり取りをして、私は謁見の間を辞した。その時、国王の側には第2王子がにこやかに控えていたし、一緒に旅に出たメンバーも広間に控えていて、私と目があるとにこやかに微笑んでくれた。
あの役立たずどもが、と思わなくもなかったが、それでも彼らがいてくれるという心強さは確かにあった。多少? の不満はあっても、私はもう帰るのだ。それまでもう少し、仲良くすることはやぶさかではなかった。
そして、その宴当日。
「日野日葵! お前は聖女を嘘を名乗り、浄化の旅などと言って国民の税金を湯水のように使い、その実は司祭や魔術師に浄化を任せて遊び惚けていたな! その上、主役面して宴にも出るなど言語道断!」
「な、なにをおっしゃているのですか? ボルデテラ殿下」
「お前が遊び呆けていた事は、この国の全員が知っている! 言い訳など許さん!」
「はい?」
「その罪を認め、さっさと帰還すれば見逃してやったものを、国王に頼み込んでこのような宴を開いた上に聖女として参加するとは!」
「ちょ、ちょっと? 司祭様、魔導士様、剣士様に騎士様、これは一体どういうことですか?」
「言語道断! われらは全員、お前の代わりに浄化して回っていたのだ!」
「はあ??」
「お前は今、この時刻を持って国外追放とする! 先ずは明朝までにこの王都を出ていけ! 出て行かなかった場合は、その場で処刑する!」
「なにそれ!!」
「本来ならこの場で切り捨てている! だがこちらもお前を召喚してしまった責任があるから、追放で手を打ってやるんだ! 文句があるのなら切り捨てるぞ!」
「国外追放するのなら、帰還させて! 最初から私は帰りたいと王様にお願いしたのだから!」
「帰還には金がかかる! その費用はお前が旅で散財したせいで残っていない!」
「私が散財!? あんなボロボロの服を着せられてたのに!? こんなに激やせしたのに!?」
食料事情もよろしくなかった。浄化に出てしまえば携帯食料と森で捕まえた元魔物のお肉くらいしかない。美味しくいただいていたけれど、魔力と体力を使いすぎて私はここに来た時よりも10キロは痩せていた。メイドたちがコルセットがいらないと嘆いているほどには。コルセット代わりに、痩せすぎた腹を隠すため、ドレスのラインを出すために腹に布を巻いているほどには。
「お前の言葉はすべて嘘だ! 召喚によってお前が身に付けたスキルは魅了と幻惑だ! だが我々は騙されない! 衛兵! この女を通りに放り出せ!」
「ちょ、ま、みんな、え、ナニコレ、ちょっと痛い、そんなに腕を掴まないで!」
私が茫然としているうちに駆け付けた衛兵に囲まれ、掴まれて引っ張られた。高いハイヒールなど履いていたからすぐに転び、ベシャッと床に倒れこんだらそのまままたドレスの肩を掴まれて引きずられた。
いくら叫んでも暴れても無駄だった。
さらに王城に集まっていた貴族たちに罵声を浴びせられ、会場から廊下を見せ物のように引きずられ、庭の砂利の上を引きずられている頃には、肩の布地も、裾もビリビリだった。さらに砂利で背中の布地も裂けていく。せっかく綺麗な刺繍がしてあったのに、とどこか冷静な頭で考えている間に門にたどり着き、4人がかりで持ち上げられて、大通りに文字通り、ペイと投げ捨てられた。
咄嗟に防御魔法をかけたおかげで大怪我はしなくて済んだ。そしてこの時、もっと早くに防御魔法を使っていたら、こんなにボロボロにならずに済んだのに、と気が付いた程度には、私はパニックを起こしていたのだ。
周りでざわめく一般市民に、衛兵の隊長らしき人が、私を偽聖女だ、詐欺師だとののしる。一般市民たちは戸惑い、怪訝そうに私たちを見つめている。
私はゆっくりと立ち上がって、衛兵たちをにらみつけた。
「何が詐欺師よ。浄化作業を手伝わなかったのは王子たちじゃない! 私は従者と二人だけで浄化作業していたのに!」
「その嘘はもう通じない! 聖女ならぬ魔女よ! 処分しないのは王子のお慈悲である、即刻この国から立ち去れ!」
魔女、という言葉に周りがざわつく。この国での魔女は『悪の魔導士』という意味を持つ。大昔にそういう魔法使いの女性がいたからだ。男もいるけれど、性別に関係なく『魔女』というレッテルを張られる。そして彼らの多くは、処刑されている。
「王子が嘘を言っているからさすがに処分できないだけでしょ! もう良いわ! こんな国、こっちがゴメンよ! 私をもとの世界に返せ! この嘘つき!!」
力いっぱい叫んだとたんに衛兵の一人がさや入りのまま剣を振り回してきた!
咄嗟の防御魔法のおかげでけがはしなかったが、防御層と剣の物理的接触の余波で私は吹っ飛んだ。
そして、そんな私を置いて、衛兵たちは門の中に戻り、門も閉じた。
残されたのは、お祭りだと浮かれていた一般庶民と、ボロボロの私だけだった。
続きます。聖女様は反撃しますよ。
楽しみだなあと思っていただけましたら、イイネをぽちっとお願いします。