第三幕の一
「鈴ちゃんのおすすめのここ。かわいいね。学校の近くにこういうところないからうらやましい」
「わかります。学校周辺、私のところも何もなくて。寄り道などはないです」
「そうそう。だからいつも帰り道は決まってて。まあ。こういうところ来たとしても、あいつと来ることはないんだけどね」
そうきたか。
「朔さんも絢さんも、彼氏さんとよくご帰宅されてるんですか?」
「部活ないときは。といってもあいつ基本自主練するから、帰るのはほんと週一ぐらいかな」
「部活後まで待たれないんですか?」
「うん。またんよ。遅くなるし」
とってもあっさりしている。
まあこの先輩だとそういう感じなのは納得。
「鈴ちゃんは待ってあげるの?」
「はい。図書館で待つようにと言われているので。迎えに来てくれます」
「うわぁ。かっこよ。イケメンじゃん」
「いいね。毎日帰ってるの?」
「はい。私や彼に予定がない限りは」
たんぱくに見える彼は思っている以上に彼女のことが好きなのかもしれない。
「いいなあ。そういうのあいつないよ。帰るねっていったら気をつけてで終わるし」
「待ってくれとは言えないのでは? 帰るのが遅くなってしまうというのと、わがままだと思って」
「わがままなの?」
「え」
「いや。彼氏が彼女に何かお願いすることがわがままなの? って」
……。
「一緒に帰りたいなら帰りたいって言えばよくない? 遠慮とかするん?」
私のわがままという言葉にそう返してくるとは。
「朔さんは、彼氏が彼女に何か求めることは、わがままも遠慮もいらないと?」
「うん。そういうのいらないと思う。だって言わないで察しろとかそっちのほうがわがままだよ。言葉に出して伝えたうえで、それに応えるかどうかは関係値によるからそこは話し合いなりしてもらって。で。ちゃんと言えないっていうのも関係値的にどうなん? て思うかな」
……かっこいい。
「かっこいいです」
「……かっこいい彼女。……彼氏さん大変そうですね」
私と鈴さんの言葉にきょとんとされている。
「ふふふ。絢さんは私たちとのこの会をデートと呼んでくださるということは、特別なものなんでしょうか?」
「特別の特別だよ」
……さらっと言われた。
「こういうところがかっこいいんですよね」
「そうだね。かっこいいからこそ、自分もかっこよくありたいと思われるんでしょうね。だからこそ言えない。負けたくないというのがあるんじゃないですか?」
「そういうもんなの? なんかあいつもそんなこと言ってたんよ。あんまりかっこいいことして女の子をたぶらかすなって言われた。男子から不興を買うぞって」
それを言ってしまうのはよくないと思うのだけれど、そう思ってしまうのも納得する。
「さっき私が座る時、椅子を引いてくださったり。並んで歩いているとそっと車道側に行かれたり。それこそ初めてお会いした時も、声をかけてくださって」
確かに鈴さんのいう通り、そういったエスコートは私も体験している。
すごく自然にされるから、やろうっていう意識もしてあげているという意識もないんだろうなって。
「えー。当然じゃない? かわいい子にはそういうことするのって。それでたぶらかしてるとかいわれても困るんだけどってかんじ」
これもさらっと言われるから。
「本当にそれが当然と思ってるんですね」
「彼氏さんはそれ以外に言われるんですか? 注意してほしいこととか、お願いとか」
「あいつが私に何か言うことはほとんどないよ。好き勝手してる」
「とても信じられているですね」
「だからこそ、戸惑うんでしょうね。デートなんて言われて」
「そうなの? 二人は彼氏から何かいわれるの?」
「デートとはそもそも言わないので」
「私も女子会ということはあります」
「……私だけ?」
不満そう。
……。その表情はずるい気がする。
「私たちとのこの会は特別だとおっしゃってくださいましたが、彼氏さんはなにか感じられているのでしょうかは?」
鈴さんの質問に。
「多分。今日だって朝からテンション高いって言われた」
「朝から楽しみにしてくださっていたんですね」
「うん」
……かわいい。
そして嬉しい。
私たちと会うことがそう言ってもらえて。
「ありがとうございます」
鈴さんがにっこり笑って軽く頭をさげた。
「こっちこそありがと。今日声かけてもらえてうれしかった。あいつに言いそうになっちゃったもん」
「思わず話してしまいたくなるほどなんですね。うれしいね」
私は鈴さんをみて、うなづいた。
鈴さんも私をみてうなずいてくれた。
「彼氏さんは言わないということですけど、朔さんは彼氏さんに何か言いたいことありませんか?」
鈴さん?
「言いたいことかー。さっき言ったことかな。遠慮なのかカッコつけたいのか知らないけど、言いたいこと言ってねって」
すこしだけ宙をみて言われた。
「あいつさ」
すこしだけ姿勢を低くされた。
声もトーンが落ちたから自然と三人の距離が近くなった。
「部活のとき。特に試合中はめっちゃ言うの。こーしてあーして。どうしたいか。絶対中心にいるの。のくせにさ。私にはそういうのなくて。それが嫌。試合のときのそれがかっこいいなって思ったのに。まぁ、普段のあいつも好きなんだけどさ。遠慮しちゃう相手なのかなって思うとそれって嫌じゃん」
ぷくっと頬を膨らませている。
考えや行動が、かっこいい先輩はこういうのもとてもよく似合うかわいい先輩。
きっと心からそれが嫌なのが伝わる。
「今、のろけられたんですかね」
「そうだね。とってもかわいいところを見られたね」
「ちょっとなんでそうなる?」
本人にとってはそうでもなくても、三者目線だと惚気にみえる。という、現象。
「それは言わないんですか?」
「言わない。だってあいつが言わないんだもん。私だけ言ったらフェアーじゃない」
すっと厳しい声になって、お顔をすこし怖い。
「そういうところがかっこいいんですよ」
「絢ちゃんは? 彼になんでも話すんでしょ?」