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第5話



「ラナ、入り口のプレートを営業中にしてちょうだい。お店を始めるわよ!」

「はい、お嬢様!」

 ラナはぱたぱたと小走りで入り口に向かうと、扉に掛かっているプレートを閉店中から営業中にひっくり返す。

 いよいよ今日から私のパティスリーがオープンする。

 店員を雇う余裕なんてないので従業員は私とラナの二人だけ。

 ラナはカウンターで会計や商品の説明、ラッピングなどを担当する所謂販売スタッフだ。私はというと厨房でお菓子を焼く製造スタッフ。基本的に店内への顔出しはしない。


 不安と期待が入り交じって胸がドキドキするので私は深呼吸をしてから一度心を落ち着かせる。

 ――一人でも多くの人を笑顔にできますように。

 私は手を組んで祈り終えるとお菓子作りに精を出すために厨房へと戻った。



 開店してから十分と経たないうちに数回ドアベルが鳴る音か聞こえてきた。ショーウィンドウの飾り付けを可愛くしたことが功を奏したのか、やって来たのは年頃の女の子たちだった。

「いらっしゃいませ。よろしければこちらのフィナンシェをお召し上がりください。味はプレーンにココア、ストロベリーの三種類ですよう」

「え? 食べても良いの?」

「はい。他のお店では見かけないですが我がパティスリーではお菓子の美味しさを一人でも多くのお客様に知っていただきたいので試食を行っております。どうぞ、こちらですよう」

 ラナが試食用のフィナンシェのところまで女の子たちを案内をすると、彼女たちはにこにこ顔になった。


「見てみて、試食のフィナンシェの形がウサギさんよ!」

「他にもリスさんやハリネズミさんもあるわ。こんな形のフィナンシェを見るのは初めてよ!」

「可愛い~! 味もアーモンドとバターが芳ばしくて美味しいっ」

 彼女たちの反応を耳にした私は確かな手応えを感じていた。

 というのも、一般的なパティスリーは試食なんて行っていないし、お菓子だって味重視なところがあるから見た目はそこまでこだわっていないのだ。

 補足しておくと、どこのパティスリーも芸術品の如く美しい見た目はしている。しているけど、どれもこれも定番な形ばかりで退屈してしまう。要は個性がないのだ。


 そこで私は見た目も可愛いらしくて美味しいお菓子を作ればお客様に注目してもらえるのではないかと考えた。

 新規参入するお店が昔からあるお店と同じ土俵で戦うには、個性を出して差別化し、さらに試食して味を覚えてもらうことが一番名前を売るのに手っ取り早い。

 そして一般的にお菓子を嗜好品としているのは女性だ。彼女たちの舌を唸らせるだけでなく、見た目も楽しませることができれば経営を軌道に乗せることができると私は結論づけた。

 この三ヶ月はお店の開店準備と並行してお菓子の市場調査や分析も行っていた。


「見てこのいちごタルト。葉っぱの形をしたチョコレートと花の形をしたパイがのってて素敵!」

「こっちのガトーショコラもハートの形をした生クリームの上にドライフルーツがのっててカラフルだわ」

「こんなに可愛いケーキでお茶をしたら至福の時が過ごせそうよね。店員さん、今から言うケーキを買わせてください!」

 私の分析は当たったらしく、彼女たちは焼き菓子と数種類のケーキを買ってくれた。ラナが他の友人にも広めて欲しいとお願いすると彼女たちは心得顔で帰っていった。

 その後も程よい人数のお客様が入れ替わり立ち替わりやって来て、その度に可愛くて素敵だと感想を口にしながらお菓子を買って帰ってくれる。

 こうして用意していたケーキや焼き菓子の大半が売れていった。



「凄いです、流石です! お嬢様はお菓子作りにおいて天賦の才をお持ちだとは思っていましたがここまで飛ぶように売れるなんて驚きですよう」

「褒めすぎよラナ。だけどこのままの勢いが継続できるよう頑張るわね」

 本日最終分のケーキを取りに来たラナは感銘を受けた様子で私に店内の状況を報告してくれる。

 経営に関しては伯爵夫人としてフィリップ様の仕事を補佐するために経済学に加え、経営学や商学なども勉強していたからそれが非常に役に立った。

 可愛い見た目のケーキはお母様の教えのお陰だ。お母様はいつも「あなたらしいお菓子を作りなさい」と口にしていた。

 恐らくそれは常識に囚われないお菓子を作れということを意味していたのだろう。その言葉のお陰で私は可愛い見た目のお菓子にたどり着くことができた。


 ――初日から上手くいったのはお母様の教えのお陰ね。経営の勉強だけじゃ周りのパティスリーと差別化できなくて埋もれてしまっていたはずだから。

 私は天井を仰いで天国にいるお母様に感謝の念を抱いた。

 再びドアベルが鳴ったのでラナはケーキがのったお盆を両手に持って店内へと戻っていく。私の方は片付けをするだけなので、どんなお客さんが足を運んでくれているのか観察するため、厨房と店内の間に設けられた小さなのぞき窓から中の様子を窺った。



「いらっしゃいませ」

 ラナがお盆をカウンターの上に置いてから挨拶をすると、令嬢がお付きの侍女を連れて店内をじっくりと観察し始める。ツバの広い帽子を被っているので私からは令嬢の顔をはっきりと見ることはできない。

 店内を一通り見終えた令嬢はやがてフンッと鼻を鳴らして顔を上げた。

「あらあらあ、ここが本当に婚約破棄されたことで有名なキュール侯爵令嬢のお店なの? 侯爵だというのに随分とちんけなお店ですこと。没落しかかっているのがよく分かりますわあ」

「ジャクリーンお嬢様の仰る通りです。到底商売が繁盛するとは思えません」

 令嬢の顔がはっきり見えたことと侍女が名前を呼んだことで、誰がやって来たのか分かった。

 あれはキュール侯爵家の政敵であるヴァニア伯爵家の令嬢・ジャクリーン様だ。


 ――ジャクリーン様はカリナ様の親しい友人でもあるわ。もしかして、カリナ様に代わって偵察に来たのかしら? うーん、家が政敵だから難癖を付けにきたとも考えられるわね。

 どんな意図で来たのかは図りかねるけれど、ジャクリーン様に敵意があることだけはひしひしと伝わってくる。

 婚約破棄された侯爵令嬢が開いたお店とあって、冷やかし目的で来る人間が一定数いると予想はしていたけれど、まさか開店初日に大物が来るなんて思ってもいなかった。

 早速お店の評判を落としたいジャクリーン様と侍女は細かく店内を観察しては、どこかに不備がないか粗探しをしてくる。

 ジャクリーン様は手に持っていた扇をバサリと開くと優雅にそれを扇ぎながら口元に寄せた。



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