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没落令嬢のおかしな運命~餌付けしたら溺愛されるなんて聞いてません!~  作者: 小蔦あおい


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第28話



「王子殿下はまたお店にいらっしゃったんですか? こう頻繁に時間を作って来るのは大変でしょう? 無理をしたら身体に障りますよ」

 なんだかんだネル君はエードリヒ様のことを心配しているようだ。

 エードリヒ様はネル君の気遣いに首を横に振る。

「心配無用。私だって日頃の息抜きは必要だからな」

「息抜きなら別の場所で、それこそ自然豊かな王宮の庭園ですればいいの。ここは繁盛しているお店の厨房なので慌ただしいですし、落ち着かないでしょ?」

「私は厨房にいるのが好きなんだ」

「へえ。だったら王宮の厨房にでも足を運べばいいと思います。その方が移動する距離も短いし、休憩時間も有効に使える」

「私が王宮の厨房に足を運べば宮廷料理人が萎縮して美味しい料理を作れなくなってしまう。だがシュゼットは手放しで喜んでくれる」

「…………ああ言えばこう言いますね」


 ネル君がジトッとした目で爽やかな笑みを浮かべるエードリヒ様を見る。

 それからむうっと頬を膨らませると、視線をイベリスの花束へと向けた。

「花束まで持ってきて。いろいろとあからさますぎません?」

「こうでもしておかないと、身の程知らずの虫がくっついて離れないからな」

「ふうん。それは厄介ですねえ」

「ああその通り。どこが厄介かというと、小さくて可愛い見た目で花を騙そうとするところだな」

「それはどの虫のことを言ってます? 僕の目の前にも害虫がいるんですけど?」

「ははは、どの虫だろうな。自分のことを棚に上げているようだが、君も時間を作ってここに来ている」

「僕はお嬢様に頼まれてお手伝いをしているんです。油を売りに来たあなたと一緒にしないでください!!」


 二人の会話はヒートアップしている。なんだかんだ仲良くなっている二人の会話に耳を傾けながら私は黙々と手を動かした。

 ネル君はまだエードリヒ様のことを警戒しているけれど、このまま打ち解けられたらきっと二人は仲良くなれると思う。

 頭の中で二人が仲良く手を繋いでいるところを想像する私は、最後のピースをお盆にのせるとぱんと手を叩いた。

「悪いけどお喋りはそこまでよ。ケーキが切り終わったから気をつけて持って行ってね」

「ありがとうございます」

 ネル君はエードリヒ様に向かって舌を出すと、私からガトーショコラがのったお盆を受け取って店内に戻っていく。

 エードリヒ様はネル君の反応に喉を鳴らして笑った。



「まったく。揶揄い甲斐のある奴だ」

「まあ、エードリヒ様ったら。小さな男の子を揶揄っちゃだめよ」

 私が腰に手を当てて眉を吊り上げるとエードリヒ様が肩を竦める。

「ああ、悪かった。……だが、一番苦労を掛けさせているのはシュゼットなんだがな」

「え?」

「いや、何でもない。気にするな」

 私はエードリヒ様の言っている意味がよく分からなくて小首を傾げる。

 気にするなと言われたら余計に気になるけれど、ラナがお菓子のことで質問しに来たのですぐにそのことは忘れてしまった。






 翌日、開店前にエードリヒ様の遣いがやって来て野菜の現物が渡された。

 箱の中にはツヤツヤとしたミニトマトと細長いニンジン、色むらのない鮮やかなホウレンソウが入っていた。どれも土が綺麗に落とされていつでも調理ができるようになっている。

「立派に育った野菜ばかりでどれも美味しそう。どんな仕上がりになるのか今から作るのが楽しみだわ」

 今日のお店は比較的落ち着いているし、追加のお菓子の準備も既に終わっている。したがって私はせっせと野菜のお菓子作りに取り掛かった。


 三種類の野菜を見た瞬間、何のお菓子を作ればいいのか答えが頭の中に浮かんでいた。

 ――今回作る上で大切なのは、手が汚れない簡単に食べられるお菓子にすること。

 エードリヒ様によるとお菓子は庭園に設けられた休憩スペースのすぐ隣で販売される。

 バザー会場である庭園内を歩き回って疲れた貴族たちは、必ず休憩スペースに立ち寄って小休憩を取る。その隣に手軽に食べられる美味しそうなお菓子があれば小腹を満たすために買うはずだ。

「お菓子の売上はすべて慈善事業へ回される。ちょっとしたお金で自分のお腹を満たせて、寄付にも繋がるから良い気分になれるわね。野菜を使ったお菓子だから自分の身体を労ることもできる。まさに一石二鳥のお菓子だわ」


 私はバザー当日に色鮮やかなお菓子がずらりとテーブルに並ぶところを想像しながら、一気に作り上げた。三種類の野菜からは想像通りのお菓子ができあがる。

 味に問題がないか試食していると、小走りでラナがやって来る。

「お嬢様、アル様が来られましたよう」

「え? もうそんな時間なの!?」

 集中して作っていたせいで時間をまったく気にしていなかった。時計の針を確認すると既に閉店の三十分前になっている。


 私は慌ててできあがったばかりのお菓子三つを皿に盛り付ける。いつもとは趣向が違うお菓子だけれど、アル様は美味しいといってくれるだろうか。

 少し不安になったけれど、すぐに幸せそうにお菓子を食べるアル様が脳裏に浮かぶ。皿に盛られたお菓子を綺麗に完食した後、美味しかったと口にしてくれるアル様。その時の笑顔はいつだって溜め息が出るほど美しくて未だに慣れなかったりする。


 私はアル様の笑顔が頭を過った途端、綿あめのようなふわふわとした感覚と心臓がきゅうきゅうと締め付けられる感覚を覚えて胸の上に手を置いた。



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