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没落令嬢のおかしな運命~餌付けしたら溺愛されるなんて聞いてません!~  作者: 小蔦あおい


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第27話



 まさか王妃殿下がフォーチュン・カヌレを口にしていたなんて!

 嬉しいやら畏れ多いやらでまごついている間に、エードリヒ様はくすりと笑って話を進める。

「母上が求めるのは皆に親しまれる身近な存在のお菓子だ。そして今回のメインは菜園で採れた野菜。我が国でもっぱら食べられる野菜のお菓子といったらキャロットケーキくらいしかないだろう? 母上はニンジン以外の野菜でも美味しく食べられるお菓子をバザーに出したいと仰っていた」

「野菜を使ったお菓子ですか……」

 メルゼス国では野菜を使ったお菓子はあまり存在しない。

 唯一親しまれているのはキャロットケーキだけで、あれは大昔に砂糖を輸入していた大国が内戦で貿易できなくなってしまったのが原因だ。

 砂糖が輸入できない間、甘いお菓子の代替品として発案されたのがキャロットケーキだった。今ではメルゼス国の定番お菓子で伝統菓子の一つになっている。


 野菜を使ったお菓子はエードリヒ様が言うようにキャロットケーキくらい。あとは秋に採れるカボチャを使ったカボチャパイなんかがあるけれど、あれは挽肉が入ることも多くてどちらかというとお惣菜に近いのでお菓子とはいえない。

「考えてみれば、野菜を使ったお菓子ってあまりないわね。野菜のお菓子が成功すればバザーの目玉になるかもしれないわ」

 私が思案しながら呟くと、腰に手を当てるエードリヒ様が「そうだろう」と言って大きく頷いた。


「今回の件は宮廷料理人よりもシュゼットが適任だと思う。君ならきっと斬新で皆をあっと言わせるようなお菓子を作ってくれるだろうからな」

「それは大袈裟よ」

「そんなことはない。店頭に並ぶお菓子は可愛いだけじゃなく、機能性や楽しさを兼ね備えたお菓子がいくつも存在する。君はうちの料理人と違って固定観念に囚われず、柔軟な思考ができる。プレッシャーを掛けるつもりはないが素晴らしいものを作ってくれると信じている」

「あのお菓子たちは……」


 クランブル入りのアップルタルトもフォーチュン・カヌレもすべてはアル様のアドバイスがあったからで、私一人の力じゃない。

 そうつけ加えようとしてエードリヒ様が私の言葉を遮った。

「安心してくれ。お店の経営で忙しいだろうから、君はレシピを監修するだけでいい。それに母上のバザーのお菓子を君が監修したとなれば、パティスリーの売り上げも伸びるはず。そうすれば借金の返済額だって増やせるし、社交界に広がっている君の悪評だって綺麗さっぱりなくなるはずだ」

 エードリヒ様の意見に、たちまち私の表情に暗い影が落ちる。

 フィリップ様に婚約破棄されたあの日から私は社交界と決別した気でいるけれど、貴族たち(むこう)はそう思っていない。


 パティスリーを開いた当初はジャクリーン様のような冷やかしに来る貴族のお客様は何人もいた。ジャクリーン様がお茶会で私のお菓子を使ってくれるようになって、うちのお菓子の美味しさや可愛さが広まり、徐々に軟化はしたけれど……それでも婚約破棄された負け惜しみでお店を始めたと思っている貴族が大多数を占めている。

 残りの人生を一人で楽しく謳歌するにしても、社交界やそこに身を置く貴族たちに私という存在が悪い記憶として残るのはごめんだ。

 できることなら生涯独身を貫いた、結婚に恵まれなかっただけの女として終わりたい。


「……もしかして、迷惑だったか?」

 黙考しているとエードリヒ様は不安げに尋ねてくる。

 つぶらな瞳でこちらをじっと見つめてくる姿はまるで捨てられた子犬のようで、そんなエードリヒ様を私が断れるはずもなかった。

「迷惑だなんてとんでもない。またとない機会に恵まれてありがたいし、身に余る光栄よ。是非やらせていただくわ!」

 私は挑むように顎を少し持ち上げて答えた。



 王妃殿下のバザーで成功すれば悪い評判を払拭できるし、さらにはパティスリーの名声を高められる。エードリヒ様が提案してくれた千載一遇の機会をみすみす逃すわけにはいかない。

 私の答えを聞いたエードリヒ様は破顔した。

「それでこそシュゼットだ。母上も喜ぶだろう。後で現物を遣いの者に送らせよう。……それから、これをもらってくれないか」

 そう言って後ろ手にしていた手を前に持ってくる。手にはイベリスの花束が握られていた。

 こんもりと球状に咲く白い小花は砂糖菓子のような見た目をしていて可愛らしい。


 差し出されたイベリスを受け取った私は感嘆の声を上げた。

「小さい頃歩いた王宮の庭園にはたくさんイベリスが咲いていたわ。よくエードリヒ様と眺めたものね。……懐かしいわ」

 当時、お父様は王宮長官の仕事と並行してエードリヒ様の侍従職も務めていた。年が近いこともあり、私はエードリヒ様の遊び相手として王宮に通っていたのだ。

 昔の思い出に浸っていると、店内に繋がる扉が開く。


「お嬢様、そろそろガトーショコラが品薄になってきていま……何をしてるんです?」

 元気よく厨房に入ってきたネル君は私とエードリヒ様を見て眉を顰めた。

「ああ、ネル君。エードリヒ様からイベリスをプレゼントしてもらったところなの」

 私は受け取ったイベリスの花束をネル君にも見えるように前屈みになった。それからイベリスの花束を邪魔にならない場所に置くと手を洗う。

「ガトーショコラが品薄なのね。すぐに用意するからちょっと待って」


 棚にはいくつものケーキスタンドが一列に並んでいて、その上にはチーズケーキやシフォンケーキ、レモンパイなどがワンホールでのっている。その中からガトーショコラがのったケーキスタンドを手に取ると作業台へ運んだ。

 ガトーショコラの上には生クリームと大粒の苺がのっていて、苺の周りにはフランボワーズとハートの形をしたクッキーが添えられている。

 私はケーキナイフを使ってガトーショコラを均等に切り分けると三角形のケーキトレーに移してお盆の上にのせていった。


 作業を進めている間、ネル君はというと腰に手を当ててエードリヒ様に話しかけていた。



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