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第15話



「――……力を取り戻すことができれば、例の物は一発で探し出せるんだけどな」

 ふうっと息を吐くアルは握り締めていた拳をゆっくりと開く。

 歯がゆいことに今はまだ元の状態の三分の一にも満たない。やっと数時間だけ動ける身体にはなったけれど、それだけでは足りない部分が多い。

 ――せめてあと半分くらい力が戻れば、国王陛下の依頼も完遂できるんだけど。

 困ったなあ、と心の中でぼやいていると棚の上の置き時計が視界に入る。針の位置を確認すると既に終業時刻は過ぎてしまっていた。


「いけない。そろそろ彼女のお店に行く時間だ」

 アルは机周りを整理整頓すると、はめていた腕章を引き出しにしまった。壁に引っかけていたコートに袖を通すとボタンを留める。

 まほろば島で暮らしていたアルはメルゼス国の通貨を持ってはいなかったが、島から持ってきていた鉱物石を商業ギルドで換金していた。懐にお金が充分あることを確認すると、アルはいそいそとシュゼットのパティスリーへと足を運ぶ。

 ――今日は一体どんな可愛いケーキが食べられるのか。……楽しみだ。

 アルは生き生きとした表情でお菓子を説明してくるシュゼットの姿を思い出すと、フッと笑みを零す。


 これまで数々の国を転々としてきたが、お菓子に情熱を注ぐ貴族令嬢など見たことも聞いたこともない。

 アルがシュゼットのお菓子を口にしたのは偶然によるものだった。だが、その時の衝撃は未だに忘れられず、こうして毎日足を運ぶまでになっている。

 シュゼットの作り出すお菓子はどれも美味しい。菓子職人と遜色がないと言っても過言ではないし、何よりも彼女のお菓子からは愛情を感じられる。

 お菓子は可愛い見た目で斬新なものもあるけれど、きちんと美味しくなるよう工夫が凝らされている。

 シュゼットからお菓子のコンセプトを聞いていていると、どうしてその形状にしたのかがよく分かるし、普段とは違うお菓子の見方ができるので面白い。これまで食べ物には無頓着だったけれど、作り手の思いがこもっていることを知ってしまうとじっくり味わうようになった。


 ――たかがお菓子、されどお菓子。甘く見ていると痛い目に遭う。

 はじめこそアルの目にはシュゼットがおかしな令嬢に映っていた。貴族令嬢が始めた気まぐれな道楽だと信じて疑わなかった。だが、お菓子に注ぐ情熱や直向きに努力する姿を見ているとそれが間違いであることに気づかされた。

 アルがシュゼットを応援するようになるのに時間はさほど掛からなかった。

 もっと一生懸命なシュゼットを見ていたい。

 アルはほぼ毎日シュゼットのお菓子を食べにパティスリーへ向かう。アルにとって()()()()()()という理由もあるけれど、お茶とお菓子を堪能しながらシュゼットと楽しい一時を過ごしたいという気持ちが大きい。


「……さてと。大人の姿になったことだし、美味しいお菓子をいただきに行きますよ――お嬢様」

 うっとりした表情を浮かべたアルは王宮の外に出ると、人目につかない場所に隠れて指を鳴らす。と、一瞬で人気(ひとけ)のない路地裏に移動する。路地裏から出ると正面にはシュゼットが営むパティスリーが佇んでいる。

 アルは軽やかな足取りでお店へと歩き始める。

 そして、今日も閉店間際になったお店のドアベルを鳴らすのだった。





 ◇


 宣言通り、アル様は閉店の三十分くらい前になるとケーキを食べに訪ねて来てくれた。

 王宮勤めという忙しい身だから多少時間は前後してしまうけれど、それでもほぼ毎日来てくれるのだから仕事ができる人なんだと思う。

 フィリップ様も王宮勤めだけれど、会う約束をしたところで毎回すっぽかされていた。総務部の中でも気楽だと言われている宝物庫の管理なんだから時間には余裕があったはずだ。

 それなのにすっぽかされるあたりを考えると私のことは眼中になかったんだと思い知らされる。


 一方でアル様は、仕事内容を伏せてはいるけれどフィリップ様と同じで総務部で働いているようだ。というのも一度だけ腕章をつけたままやって来たことがあったのだ。

 二の腕につけられた腕章は部署によってそれぞれ色が異なっている。

 赤色は財務部、青色は人事部。そしてアル様がつけていたのは緑色の総務部。

 私はアル様に日々の疲れをとってもらえるよう、いろんなケーキセットを用意した。毎日訪れてくれるので一週間もすればすっかり打ち解けてしまった。


 アル様はネル君と同じようにクッキーやフィナンシェといったバターやアーモンドプードルが効いた焼き菓子が大好物だ。ケーキだとタルト生地を使ったものが好みでショコラタルトやフルーツタルトを出せばいつも以上に笑顔を見せてくれる。

 その笑顔がまた眩しくて、気を抜いてしまうとコロッと恋に落ちてしまいそうになる。アル様に他意がないのは分かっているけれど、容姿が整った青年を独占しているとこの笑顔は自分だけに向けてくれているのだと勘違いしてしまいそうになる。


 それが助長する要因は、毎日足しげく通ってくれているからだと思う。アル様がここへ来る目的がお菓子であることは重々承知している。

 私に興味があるからじゃない。私のお菓子に興味があるのだ。




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