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第12話



 雨は小雨になったけれど、おやつ時になっても来店するお客様は少なかった。

 店内のショーウィンドウから街行く人の様子を窺ってみてもその数はいつもよりまばらだ。ネル君には土砂降りの中お店に来てもらったけれど、活躍する場はなかった。

 これ以上いてもらっても貴重な時間を奪ってしまうだけだし、また本降りになったら大変だと判断した私はネル君を早めに家へ帰すことにした。

「今日は折角来てもらったのにごめんね。お天気が不安定だから今のうちに帰って。今日のお菓子はネル君の好物をたくさん詰めておいたわ」

 ネル君はお菓子の包みを受け取ると鞄の中にしまう。

「僕は少しでもお嬢様の役に立ちたいだけだから気にしないで。明日もよろしくお願いします」

 礼儀正しく頭を下げたネル君は傘を広げて帰って行く。


 私はネル君を見送った後、踵を返して店内にいるラナに声を掛けた。

「今日はもうお客様も来ないだろうから早めにお店を閉めましょうか」

 時間を持て余していたラナはお店の棚や窓を雑巾で拭いて綺麗にしてくれていた。

「分かりました。……あっ、それなら私は材料の注文をしに商会へ行ってもいいですか? きっと商会の方もいつもより混んでいないと思うんです」

「確かにその可能性はあるでしょうね。待ってて。注文リストを渡すから」

 私はあらかじめ紙にまとめていた注文リストをラナに手渡した。


 ラナは厨房勝手口の脇に置いていたレインブーツへ靴を履き替え、壁に掛けていたお遣い用の手提げ袋を手に取る。

「それではお嬢様、行って参りますので閉店作業の方をお願いしますよう」

「待って。馬車の代金を渡しておくわ」

 私は馬車に乗れるように銀貨を一枚差し出した。

 小雨になったとはいえまだ雨は降り続いている。商会までは結構な距離があり、途中また本降りになったらラナが風邪をひいてしまうかもしれない。

 ところがラナはそれを突っぱねて決して受け取ろうとしなかった。


「馬車なんて使わなくても平気ですよう。私にはレインブーツとレインコートがあるので大丈夫です。このお金は借金返済の足しにしてくださいませ」

「だけど……」

「それでは行って参りますよう」

 ラナは私が反論する前にレインコートを引っつかんで出ていってしまった。

「ラナったら、変に気を遣わなくても良かったのに……」

 残された私は肩を竦める。

 ラナは早く借金を完済して欲しくてああ言ってくれたのだろう。その気持ちは非常にありがたいけれど、冷たい雨風に当たって風邪をひかれたら大変だ。

 ラナが帰ってきたら身体の芯まで温まるジンジャーと喉に良いハチミツ入りの温かいハーブティーを淹れてあげよう。



「――さて、そうと決まればラナが帰ってくるまでに閉店作業と売り上げの確認をしておかないと」

 まずは閉店作業に取り掛かる。

 今日はお客様が少なかったのでいつもより多めにケーキが余ってしまった。

「結構余っちゃったから屋敷に持ち帰って皆に食べてもらおうかしら」

 現在キュール家で働いている使用人はラナを含めて七人、家族は私を含めた四人の計十一人だ。

 ケーキは十二個余っているので一人一個行き渡らせることができる。

 カウンターのレジ後ろの棚には、包装紙や折り畳まれたケーキ用の箱がサイズごとに並んでいる。私は一番大きな箱を手に取ると組み立て始めた。

 手を動かしているとチリンチリンとドアベルの鳴る音が聞こえ、店内に雨の匂いが入ってくる。

 私が顔を上げると、そこには雨で全身がずぶ濡れになった青年が立っていた。


 金髪からは雨粒がしたたり落ち、着ている白いシャツはぴったり肌に張りついて中が透けて見えている。程よく筋肉が付いた身体が露わになり、色気のある姿に私の心臓が一瞬止まった。

「……っ!!」

 シャツを着ていても裸に近いその姿は目のやり場に困ってしまう。またさらにそれを助長させる原因は、青年の容貌が恐ろしいほど整っていることだ。

 ふわふわとした金髪に紺青色の瞳は切れ長で、目鼻立ちの整った華やかな容姿は見る人を引きつけるものがある。

 容姿端麗な美青年が色気マックスな格好をしているので私はどこを見て良いか分からず、暫く視線を彷徨わせた。


「あのう、お客様……」

 青年は私のもとに近づいてくると、濡れた前髪を掻き上げて口を開いた。

「……すみません。まだお店はやっていますか?」

「は、はい。やっていますよ」

「間に合ったなら良かった。ここのケーキを食べたいんです。そこのショーケースにある中でおすすめを一つ用意してもらえるかな」

「かしこまりました。…………ですがお客様」

「はい?」

「ケーキを召し上げる前にその格好をなんとかしてくださいっ!!」


 自分の格好に無頓着な青年は私の指摘に対してきょとんとした表情で首を傾げる。

 ケーキを注文してくれるのはありがたいけれど、無自覚に色気を垂れ流されては堪ったものじゃない。

 ――もうっ! こんなの逆セクハラよっ!

 耐えきれなくなった私は厨房から大判のタオルを持ってきて、青年の前に進み出ると王族に献上するように顔を伏せて頭上にタオルを掲げる。

 自分の格好が私を困らせていることにやっと気がついた青年はすまなさそうに頬を掻いた。

「なるほど。僕がこんな格好だから困っているんだね。それなら遠慮なくこのタオルを使わせてもらおうかな」

 青年はタオルを受け取ると濡れた頭や顔を拭いてからシャツの上に羽織る。

 やっとまともに見られるようになったので私は安堵の息を漏らすとケーキとお茶の準備を始めた。



 ずぶ濡れになっているからきっと身体は冷えているはずだ。だから身体が温まるようにはちみつとジンジャーがたっぷり入ったハーブティーを淹れた。

 今回はお茶が甘めなのでケーキは甘さ控えめなミルクレープを選んだ。

 可愛らしさを演出するためにクレープ生地にはいちごのジャムを練り込んでいる。全体的にほんのりとピンク色をしていて、ケーキの表面には丸く絞った生クリーム、その上に小さいピンク色のマカロンをのせ、手前にはラズベリーと葉っぱの形をしたチョコレートを飾っている。


 私はケーキプレートにミルクレープをのせると生クリームと飾り用のミントを添えて、青年が座っているイートインスペースへと運んだ。

「どうぞごゆっくりお寛ぎください。ティーポットには冷めないようにティーコージーを被せておきますね」

「ありがとう」

 青年はカップに注がれたハーブティーを飲んで身体を温める。



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