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 私は王家に仕える騎士だ。間もなく隣国に嫁ぐ予定である王女付き筆頭近衛騎士だ。

 

 リアーナ様は幼少期から優しく聡明で容姿も王女らしく美しい。

 金色に輝く滝の様に流れる髪。新緑のエメラルドの瞳。

 

 大国の王女であればよかったのに……。


 我が国は歴史は長くとも国土は小さく、そして近年は天候不順などが続き農作物にも影響を与え深刻な問題になっていた。

 我が国近辺の他国でも同じ状況。

 ただ、我が国には他国でも噂される位美しく聡明で慈悲深いという噂の王女がいた。

 隣の大国の王はそんなリアーナ様を手に入れるべく、援助と引き換えに王女を求めて来た。

 ……すでに王妃がいる大国の王の第四妃として。


 民にも人気があるリアーナ様。民は大国の妃に迎えられるなんて素晴らしいと噂していたが私から言わせれば強欲な王の第四妃になるなどリアーナ様には不幸でしかならない。

 隣国の王は王女から見れば父王よりもずっと歳が上。王太子に嫁ぐのなら納得もするが、強欲な王は息子にリアーナ様を渡す気はないらしい。


 我が国は支援される側。しかも小国で強く出る事も出来ない。援助してもらえなければ民はこの冬を越す事が難しくなるのだ。


「リアーナ……済まない……」


 父王と王妃がリアーナ様の手を握り頭を下げ、涙を堪えながらながら謝っている。小さい頃から可愛がっていた娘だ。


「リアーナ……」

「お父様、謝らないで下さい。お兄様も。私は大丈夫です」


 うっすらと笑みを浮かべているリアーナ様と対称的に王太子は眉に深い縦皺を刻み口を引き結び耐えていた。


 今は謁見室に隣国の使者の姿はない。我が国の重臣達の姿もない。閑散とした謁見室に残っているのは王家の方々と護衛のみだった。

 

 隣国の使者は不躾で品がない下卑た者だった。リアーナ様を舐める様にジロジロと視線を絡め、舌舐めずりしそうなだらしない口元で口上を述べたのだ。

 その内容もひどいもので、物資に関してはきちんとしていたもののリアーナ様に関しては配慮の欠片も無いものだったのだ。

 一国の代表としてあり得ない言動。だが我が国はそれでも恭順しなければいけない現状。

 

 私はただじっとリアーナ様、そして国王一家を見ていた。


 ずっとリアーナ様について行く事が出来るのならばお守りする為に隣国まで付いていくのに……。


 どこの国も他国に嫁ぐ時は侍女や侍従の追従は許されても騎士の追従は認められない。

 今回のリアーナ様に限っていえば侍女の追従も認められずたった一人で向かう事になっていた。

 ……我が国の者が付いていけるのは国境までだ。


「アーヴィン、部屋に戻ります」

「はっ!」


 リアーナ様から声をかけられ私はすぐにリアーナ様の警護に就く。

 リアーナ様はまだ一六歳。ついちょっと前まではお転婆な子だったのに……。


「アーヴィンとも会えなくなりますね」

「……そうですね」


 私とリアーナ様は六歳差。リアーナ様が生まれた時から面倒をみていたといっても過言ではない。警護兼お世話係兼お目付役みたいなものだった。

 イタズラをすれば怒り、泣けば宥め、お転婆でヤンチャなリアーナ様には手を焼いた。

 寂しくないと言えば嘘になる。幸せな婚姻が待っているのならばまだ諦めはつくがどう考えてもリアーナ様が幸せになれる未来はないと思う。


「……リアーナ様」

「何でしょう?」


 リアーナ様は前を向いて王城内の広い廊下を自室に向かいながら返事を促してきた。


「一度だけ問います。逃げたくはないですか?」

「…………逃げません」


 きっぱりとリアーナ様は答えられ、私は小さく溜め息を吐き出した。  

 そう答えられるのは分かっていた事だが。


「国境まではよろしくお願いします」

「は!」


 あの使者を消したらいいだろうか? ちらとそんな考えも浮かぶが、そういうわけにもいかない事も分かっている。

 リアーナ様も王族も耐えているのだ。国の、民の為に。

 


   ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 リアーナ様が大国へ輿入れの日になった。私は国境までの警護隊長で忙しかった。

 国が貧困であるが為にリアーナ様の為のご持参の品も何もかもが貧相であるはず。きっとリアーナ様は隣国で馬鹿にされてしまう……。

 それでも我が国にとっては最大限に陛下はどうにか体裁を整えた。

 ……使者はどうせ金も食糧も不足しているのだからリアーナ様の身一つで結構なのにと嗤っていた。

 隣国の警護兵の中にも自国の使者に対し眉を顰める者がいる位の下卑た者だ。私が睨みつけると後退りしながらみっともなく喚く使者。


 ……………………リアーナ様が嫁いで本当に大丈夫なのだろうか?


「出立!」


 王族の方々が見送る中、私の馬上からの号令でゆっくりとリアーナ様の輿入れの行列が動き出した。

 我が国は田舎で農地が広がっている。小さな我が国は隣国との国境に、輿入れのゆっくりな行列でも明日には到着する。

 明日からはもうリアーナ様はいなくなってしまうのだ。

 妹みたいな存在だった。私が留学していた時期以外ほぼ毎日顔を見ていたのに……。

 

 順調に、そして確実に国境へと近づいていく。

 ここ数年長雨が続いたと思ったら今度は日照り、と農地にとっては過酷な環境になった為に痩せた土地。リアーナ様を見送る為に並ぶ民も貧相だ。

 国が豊かであれば……。もっと大きな国であれば……。

 色々な事が頭を過ぎる。


「お疲れではありませんか?」


 馬車の外からリアーナ様に声をかければ大丈夫ですというしっかりとした返事。

 リアーナ様は何を考えているのだろうか? 何を感じているのだろうか?


 予定通り野営の場所に着いて野営の準備でバタバタする。私にはゆっくり考え事をする時間も与えられなかった。

 リアーナ様は国境までついてきてくれた侍女と一緒にいて大人しくしている。お転婆だったリアーナ様だが今は立派な淑女だ。



 ………………表だけは。

 

 私はリアーナ様がでっかい猫を飼っている事を知っている。


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