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このシナリオを書いたのは誰だ?

たからもの

作者: 恣意的な因果律の策定者

咳き込んで口元を手で押さえる。

喀血(かっけつ)が手に張り付く。


なんでこんな時にわたしはひとりなんだろう?

いつも居たから、今はとてもさびしい。

もちろん理由はわかっているつもり。

でも、それはやっぱり焦っているとしか思えなくて。

わたしをひとりにしないで。わたしを見て。


このお願いも届かないんだろう。

気づいてわたしは泣いて、目を閉じた。

 「それじゃあ、お兄ちゃん行ってくるから」

 「いってらっしゃい、おにいちゃん……」

 心苦しいが、妹を助けるためだ。


 妹は難病に侵されている。薬はあるのだが、それは恐ろしく高価で、僕らにはとても買えなかった。

 そんな時だった。潮風香るこの海沿いの町で、宝島の噂が流れたのは。僕がいつものように漁を手伝っていると、おやじさんがそんな噂があると言ってきたのだ――「貴重な宝物があるに違いないぜ!」と、今の僕を惹きつける一言とともに。


 漁の手伝いをしていれば、今の暮らしを続けていくことはできるだろう。でも、このままだと、妹を助ける事なんてできない。

 だけど、もし、宝を持ち帰ることができたなら……治療費に充てて、妹の病気を治してやれるかもしれない。


 無謀だとしても、僕はそれにすがりたかった。妹の笑顔こそが僕の「たからもの」で、それをつかみ取れる可能性があるのなら、僕はそれに賭けたかった。

 そうやって、妹がこれから先も笑っていられるように、僕は大海に漕ぎ出した。






 その島は、べらぼうな蒸し暑さに包まれていた。


 赤道に近いこの島は、西に岩山が広がり、東から吹く風を遮らない。そのせいで、湿気を含んだ東風がもろに雲となり、大雨を降らせる。そういうわけで、島の東側には熱帯雨林が広がっているのだ。


 東の砂浜から上陸した僕は、暑さに体力を奪われるのであろうことにげんなりしながらジャングルに入っていった。




 汗が服に染み付き、服は肌に張り付いて気持ち悪い。少しでも涼しくならないかと、服の胸もとをつまんでバタバタと仰ぐが、じっとりと湿った温かい空気は、不快な体温とさして変わらなかった。

 水分が空気中にたっぷりとあるのに、その水分がつくりだす暑さのせいで水分を摂らなければならないことに憤りを感じながら、水筒のぬるい水を飲み干す。

 こうなっては仕方ない。まず水を確保しなければ。僕は宝を持ち帰らなければならないのだ。暑さにやられて死んでしまうわけにはいかない。


 僕の目の前に湧水が現れたのは、そう考え始めていた時だった。




 その水場で夜を越すことにした僕は、考え込んでいた。


 水はしっかり確保した。危険な獣もこの孤島には居ないようだったし、野宿の知識は一通り覚えたつもりなので、夜を越せないという心配はなかった。

 今の僕の心を占めていたのは、泉のそばにあった石碑のことだった。


  宝を求める者よ 見極めよ

  その行いは 汝の路を拓くか 否か

                   」


 宝を遺した人間が書き残したのであろうこの警句。その意味を考えてみる。


 素直に考えれば、宝を獲ろうとすればロクでもないことになるぞ、という意味のようだが……宝を獲った後のことを言っているようにも思えるのだ。だがそうだとして、宝を獲ることで起こる不利益とは何なのか? というか、得ることで不利益を(もたら)すようなものを宝として隠すだろうか?

 もちろん、本当は宝なんて無いのに、噂が拡散する中で誤った情報になっていった可能性はある。だが今の僕は、その可能性を考えるにはあまりにも切羽詰まっていた。旅の疲れと妹への焦りで、頭が塗り潰されている。

 「宝を持ち帰れば、妹は治るんだ。余計なことは考えるな」

 僕は自分に、そう言い聞かせた。


 さすがに島全体を調べるわけにもいかない。明日は西の岩山にアテをつけて調べてみよう。そんな曖昧な予定を考えながら目を閉じた。




 「お?」

 東の森と西の岩山の境目。ここだ、と言わんばかりに柱が2本、門のように建っている。

 「絶対なにかあるだろ……!」

 駆け寄ってみれば案の定、洞窟が口を開けて待っていた。ただ、さすがに暗い。松明か何かを用意した方が良さそうだ。逸る気持ちに乗っかって、いそいそと準備を始めたとき――――


 「ねえ」

 「!? ぇ、ん、なぁ!?」

 後ろから女の声がして、飛び上がった。馬鹿な。先客が居たのか!?

 「あー、ごめんごめん」


 振り返れば、女が寄りかかっていた柱から体を離してこちらに近づいてくるところだった。僕の驚きようがよほど面白かったのか、クスクスと笑いながら歩いてくる。笑われたことにムッとして警戒する。……いや、それ以前に。

 この女、単純におかしい。金色の髪をポニーテールにしたその女は、長いスカートを履いていたのだ。およそ絶海の孤島を探検するための格好ではないし、それに……何も背負っていない。道具を何も持ち合わせていないというのか?


 「誰……いや、何者だ?」

 「それ毎回訊かれるのかなぁ……」

 警戒度を強めた声で投げた質問は、よくわからない愚痴で返された。首にひっかけた何かを指で弄びながらの返事だった。

 「アタシは【調律師】」

 「……?」

 遅れて来た答えもそれはそれでわけがわからない。調律師とはピアノの調律をする技師のことだ、というのはわかるが、どう考えてもそんな雰囲気ではない。

 「もう一度訊くよ、何者?」

 「アタシのことはどーだっていいじゃない。それにね、訊かれてもあまり答えらんないの」

 「答える気はないってこと?」

 「そーね」

 出で立ちやこのケラケラと笑う態度からして、どうも宝を狙っているわけではなさそうだ。そう判断して、松明の準備に戻ろうと地面に置いた荷物に向き直るが、女――いや、【調律師】とやらは僕に松明の準備をさせたくないらしい。


 「キミ、本当にそれでいいの?」

 「……なんのこと?」

 【調律師】は僕のそばにしゃがみ込んで、僕の顔を見て微笑んだ。


 「アタシ知ってるのよ。キミが妹ちゃんの為にこういうことしてるって」

 「なっ……」

 絶句する僕をよそに【調律師】は続ける。

 「だからね、気になっちゃってね。キミのその行動はどういう結果になるのかなー、って」

 「妹を助けることが? これしかもう方法が思いつかないんだ」

 「あー違う違う。もっと根本的なところからよ」

 僕は思わず怪訝な顔になる。根本的なところ?


 「……僕のやることは変わらない。宝を換金して、治療費に充てて、妹を笑ってられるようにしてやるんだ。だって、病気を治さないと妹は死んでしまうんだから」

 僕は赤の他人に決意表明していた。状況だけ切り取るとおかしいが、それでもこれは僕の確たる決意だ。だというのに―――


 「謙虚なのは良いことなんだけどね、ちょっとは自惚れても良かったんじゃないの、キミ」

 「? 自惚れ? どういうこと?」

 「あー……まぁその意味がわかるようだったらまずここに来てないだろうしなぁ……」

 さっきからあなたの言っていることは意味がわからないぞ、という言葉はさすがに飲み込んだ。


 「ま、こんだけ言っときゃ充分かな。この島不快指数高すぎるし、アタシはさっさと退散するわ。邪魔したわね、それじゃーまたね」

 【調律師】は踵を返して森の中に消えていった。

 「本当に何だったんだ……いや、そんなことより」

 僕はようやく松明の準備を再開することができたのだった。






 「話の筋に干渉はできないかー。全く()な仕事を任されたもんだわ。結末を知ってると尚更……。まぁ、そんなだから【愚盲(ぐもう)の兄】なんて不名誉な名前が付けられるわけだけど」






 今、僕の目の前には、宝箱が置いてある。

 この洞窟に枝分かれはなかった。道なりに進んできて、ここが行き止まり。ここが洞窟の最奥らしい。


 こんなにわかりやすく宝箱が置いてあることに安堵か警戒かするべきなのだろうが、宝箱を前にして、そんな冷静さを保てる人間はまず居ないと思う。

 だが、さすがに開けるための冷静さは必要だろう。

 「スー……ハー……よし、落ち着いた。さて、何が出るかな?」


 宝箱のフタを、松明を持っていない方の手で一気に持ち上げる。松明の明かりに照らされた箱の中には――


 古びて黄ばんだペラ紙が一枚入っていた。


  ここに辿り着いたということは

  泉の警句を読んでいるということ


  それでもなお

  汝がこれを読んでいるということは

  徒労にも身を(やつ)せる余裕があるということ


  この島に来ること

  警句に思考を巡らせてなおこれを目にする余裕

  それら即ち[実行力]


  その力こそが(よろず)に通ずる[宝]なり

  その力を持ってすれば何事も成される


  汝 事を成せ

                        」




 「今はキレイゴトは要らないんだよふざけんな!!!」

 僕は紙を握りつぶして箱の中に投げ捨てた。ぐしゃぐしゃになった紙を睨みつけ、手を握りしめる。松明の炎が揺れた。


 ―――ああ、僕は何をやってるんだろう?

 宝なんてなかった。僕は賭けに負けた。

 ……妹が心配だ。帰ろう。






 そうして家に帰ってみれば、妹は冷たくなっていた。

 その顔は、ちっとも笑っていなかった。頬には涙の跡すら見えた。

 「僕は馬鹿だ」






 あの[宝]を誰が考えたのか知らないが、そんなものより大事なものがあるんじゃないか? 今の僕ならわかる。

 それは[必要なことは何か]を見極めることだ。僕はそのことを今の今までちっともわかっていなかった。


 『自惚れても良かったんじゃないの、キミ』

 【調律師】の言葉がちらつく。


 妹は、僕さえ居れば笑っていられたのではないか?

 妹にとっての「たからもの」は、僕だったんじゃないか?

 ちょっと考えればわかりそうなことだった。だけど僕は、妹の命という蠟燭(ろうそく)が熔けていく様に気を取られて、こんなことも(かす)んで見えなくなっていたんだろうか。


 ……いや、やめよう。もう妹は居ないのだ。

 僕は妹に何もしてやれなかった。この事実は揺るがない。

 僕はもう、なにもできない。




 そうして気づいたら、僕は、扉まみれの白い部屋に居た。

Title:たからもの

Theme:目的と手段

Type1:悲劇

Type2:冒険譚

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