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『カラスはなぜなくのシリーズ』

カラスはなぜなくの

作者: ドル猫

 どうもドル猫です。初めて、こういうイベント的なものに参加してみました。個人的には大分面白くできたのではないかと思います。どうぞ、暇潰しにでもお読みください。

 2011年、8月21日、深夜2時、彼、井村浩人(いむらひろと)(15歳)は、部活動の友人6人と共に中学最後の思い出を作るために、入ったら行方不明になるという廃マンションに肝試しに来ていた。

 この13階建てのマンションは、33年前に起きた毒殺事件以降、封鎖され、管理人もどこかへ失踪。24年前に取り壊しの工事の計画もあったらしいが、工事の関係者が次々に体調を崩したり、行方不明になったり、挙げ句の果てには、不審死を遂げたりと何かと曰く付きのマンションなのだ。

 その中でも、1番気味が悪いのは、508号室。ここで、例の毒殺事件があった。

 今まででも、ここに肝試しで入った大学生や社会人が行方不明になったり、ここから無事に生還した者も、記憶障害になったりと事件から30年以上経った今も未だに謎が多いマンションなのである。

 そこで、この謎の秘密を解き明かすべくして、『心霊・オカルト研究部』の3年生6人が、卒業記念の活動の1つとして、ここに来たのだ。


「さーて、ついに来ましたか」


 彼は、心霊・オカルト研究部の部長、青木孝明(あおきこうめい)。元は、サッカー部に所属していたが、1年の頃、素行の悪さが問題となり退部。その後、当時、委員会の先輩だった石垣という人物に誘われて、心霊・オカルト研究部に入部したという。


「幽霊だろうが、なんだろうがこんな所余裕よ。早く帰って、ゾンビパニック映画が観たいわ」


 彼女は、心霊・オカルト研究部の副部長、鈴村百合香(すずむらゆりか)。井村と同じクラスで、生徒会副会長を務める優等生である。学校では、誰にでも優しく、おっとりとした性格の彼女だが、実態は違う。本当は、スクラップ映画が大好きな殺伐とした性格をしていて、部員には、この本性を誰かに言ったら、「どうなるか覚えていろよ」と脅している。しかし、誰よりも仲間思いである。因みに、この部には面白そうという理由で入った。


「ワターシハ、スコシコワイデース。イマカラデモヤメマセンカ?」


 彼女は、ミーナ・スミス。今年、アメリカから日本に来た留学生。誰にでもオープンな性格で、クラスにもすぐに溶け込めた。普段は、学校指定の寮に住んでいる。この部に入った理由は、日本の心霊に興味があったからという。実家は資産家だそうだ。


「私は…少し、興味ある……それに、面白そう」


 彼女は、一之瀬(いちのせ)ひまり。成績優秀で、全国共通テストでも、上位10人に毎回入る程の実力を持つ秀才だ。元は、文芸部に所属していたが、今年、部員が足りず、廃部となってしまったため、双子の妹がいるこの部に入ったという。怖いのは苦手らしい。妹と区別がつくように、伊達眼鏡をしている。


「お姉ちゃんその意気ですよ!!スミスさんは、いざとなったら私が守ってあげますから。頑張ってください!!」


 彼女は、一之瀬美雪(いちのせみゆき)。一之瀬ひまりとは双子の妹にあたる。去年、別の中学からこっちに転校してきた。今のように元気ハツラツな、陽気な性格で、虐めなどがあれば、見逃さず、教師よりも先に行動している。勉強はひまりほどではないが、そこそこできる。ひまりによれば、「美雪は、みんなに隠していることがある」らしい。耳打ちで浩人だけに教えてくれた。この部に入った理由は、なんとなくらしい。余談だが、身長は美雪の方が大きい。


「じゃあ、行こうか」


 そして、俺、井村浩人。この部に入った理由は、単なる興味本意だ。他に説明するところは、眼鏡をかけていることと、一之瀬ひまりに片想いしていることくらいだ。


 そして、青木たちはマンションの門を潜った。5人が入ったところで、浩人は気づいた。その時、近くの電柱でカラスが鳴いていたことに。

 それはまるで、俺たちに向かって中に入るなと忠告しているようだった。俺は、一瞬中に入るのを躊躇ったが、青木に呼ばれて入っていってしまった。

 カラスはどこかへ飛び立ってしまった。


 6人は中に入り、まず最初に着いたのは、エントランスホールだった。


「いかにも雰囲気があるわね」


「ココクサイデース!」


「お、大声出さないでよミーナ。私たち、ここに無断で来ているんだから」


 少し、ごたついた雰囲気になりながらも、6人はまず、エントランスホールを調べた。少し、生ゴミ臭く、掃除は殆どされていないようだった。それに、新しい潰れたビールの空き缶があった。最近も誰かが来たようだ。

 6人は、人の形跡を見つけ、少し安心感が出ていたが、肝心の本館へ入る方法が見つからなかった。

 10分後、エントランスを一通り調べ終えた6人は、中央に集合した。


「そっちはどうだった?」


「ダメね。心霊現象どころか、本館への裏口らしきものも見つからない」


「コッチモナニモアリマセーン」


「…私も、念入りに探したけど、何も……」


「どうしますか?このガラス扉ぶち破って、中に入りますか?私、家から金属バット持って来ますよ」


「それはやめようか。音で近隣の住民が集まってくるよ」


 6人はどう入ろうか悩んでいると、


「よし。もう帰ろう」


 鈴村がそう言った。


「え〜なんでですか」


「だって、何もなかったし、人が来た形跡もある。きっと、事件や行方不明のやつもデマだったんだよ」


「確かに、そうかもな」


 その意見に部長の青木が納得した。勿論、俺も納得した。


「じゃあ帰るわよ。私、映画観たいし」


 鈴村に続いて、他のメンバーも出口へ向かった。すると、浩人がなにか錆びついたものに気付いた。


「レバー…?」


 それに近づくと、錆びついたレバー式のスイッチだということが分かった。


「おーい浩人、帰るぞーー、しょうがないからこの後は、鈴村さんの家で映画でオールしよう」

 

 青木が浩人にそう呼びかけた。

 後一歩、声を掛けるのが早ければ、運命は変わったかもしれない。

 浩人は興味本意でレバーを引いてしまった。


「!?」


 レバーを引いた直後、鈍い音を立てながら、入り口付近にあった、避難用の隠し扉が開いた。

 6人は、隠し扉に目が釘付けになり、その扉の前まで来た。


「おお!!やったじゃないか浩人!」


「こんな所に隠し扉があったとはね」


「コノワクワクカン、マサシク、ボウケンノヨカンデスネ!!」


「・・・・・・・・・・・・・」


「お姉ちゃん?どうしたんですか?」


「いや……、ちょっと怖いなぁと思って…、」


「どうする?入るか?」


「入るしかないだろ」


 青木、鈴村、ミーナの3人が興奮してる最中、残りの3人は少し、中に入るのを躊躇しているようにも思えた。


「中は、地下に続く隠し通路のようね」


 鈴村は、扉の中に入り、下を向くと、そこには、地下への通路があったことを確認した。


「じゃあ、私と青木が先頭を歩くよ。私たちに続いて、4mくらいの感覚を空けてひまりと美雪が2列目、その後にミーナと浩人が来て」


(え?中に入るの決定!?)


 他人の意見を聞かず、鈴村は2人1組を作って、中に入ってくるよう指示した。

 

 最初の1組目が入って、数秒経った後に、先陣の2人に続いて4人も入っていった。

 全員、携帯電話(ガラケー)のライトで壁や、降りていっている階段を照らしたが、携帯のライトだけでは中々明るくはならない。

 階段を降りていくうちに、6人は狭い地下通路に出た。


「じゃあ、ここからは1列になって、ゆっくり行こうか」


 そう、声を全員に掛けた青木が先頭に、女子4名、最後に浩人という、見飽きた順番で地下通路を進んでいった。

 道中、浩人は後ろから何かの足音と視線を感じて、後ろを振り返ってみたが、そこには何もいなかった。

 

(やけに鳥肌が立つな、地下で少し寒いからか?)


 3分程歩くと、行き止まりの壁と地上へつながる縄梯子を見つけた。

 大分、年季も入っていたため、登っている内は、縄がちぎれそうで心配だったが、意外にも丈夫でなんなく登ることができた。


「ここは…どうやら中庭のようだな」


 6人が登りきると、広い中庭に出た。

 青木は、先程エントランスホールで撮った館内の地図の写真を頼りに、この場所を特定した。


「それじゃあ、心霊・オカルト研究部恒例の肝試し大会を行います。主催はいつも通りの部長、青木が担当をします」


 宣言する青木に5人は拍手を贈る。

 静かに、パチパチパチパチという音が鳴り響く。


「ルールは、2人1組で北棟の508号室に行き、この名前の書いた厚紙を置いて、ここに戻ってくること。マンション内の地図はメールで送るから、どんなルートで行ってもよしとする」


 青木は、鞄から出した厚紙を皆に見せながらルールを説明した。


「ペアはこのくじ引きで決めまーす」


 ルールを説明し終えると鈴村が、肩掛けのバックの中から小さめの『あみだくじ』のボードを取り出した。

 

_______クジの結果、まず最初に鈴村と青木のペアが行くことになった。その後に、一之瀬姉妹ペア、最後にミーナ、浩人ペアが行くことになった。先程と同じペアだ。


「じゃあ、早速俺たちから行くよ」


 青木は、そう啖呵を切ると勇しげに2人で携帯のライトを点けながら、夜の闇に消えていってしまった。

 2人が行った後に、ひまりが持って来たから使ってとキャンプ用のLEDランプの電源を入れた。

 流石はキャンプ用だ。本を読めてしまうくらい、相当明るい。これだけで、場の雰囲気が少しだけ和んだ。

 残った4人は、ランプを中心に暖を囲むかのように地面に座った。

 

 暫くすると、ランプの効果が薄れたようで、一之瀬姉妹とミーナは、ここが曰く付きの心霊スポットだからなのか、いや、確実にそうだろう。怖がっているように見えた。

 浩人は、場を少しでも盛り上げようと話題を振った。


「一之瀬さんは、何か趣味とかある?」


 ありきたりな質問だ。だが、これは話題を振るには大失敗だ。なんせ、一之瀬はこの場に2人いるからだ。

 一之瀬姉妹は、自分?というようにキョトンとした表情をしながら自分の顔に指を差した。


「ーーあ、ああごめん。『ひまり』さんの方から話してもらえるかな?」


 心霊スポットにいるという緊張感からか間違えて、『一之瀬』といってしまった。普段は名前で呼んでいるのに。


「私の趣味は、無難に読書かな」


「私は、身体を動かすこと全般です!後、観葉植物のお世話も最近の趣味ですかね」


「ワターシハ、Japanノブンカヲベンキョウスルコトデース」


「俺は、プラモ制作と、漫画の収集、それとイベントとかに行くことかな」


 ………し〜んと静寂が流れた。


(あれれーーー?)


 会話はすぐに終わって、あどけない空気になってしまった。


「な、なら、『しりとり』でもしない?」


 この空気を打開したのは、美雪だった。ミーナもその案に賛成し、浩人とひまりも同意見で頷いた。


(まぁ、しりとりなんて会話の墓場だけどな)


 そんなことを思っても、この状況ではやるしかない。


「じゃあ、私からいくよ。『りんご』」


「『ゴルフ』!」


「ふ、『フリスビー』」


「『ビール』」



△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼


〜20分後〜


「『コーラ』」


「ラ、『ラ』デスカ?ウ〜ン……ト」


 意外にもしりとりは盛り上がった。特に面白くはないが、時間潰しにはなったようで、足音と薄く光る携帯電話のライトと共に青木と鈴村の2人が帰ってきた。


「お待たせ、ごめん待ったよね」


「悪いな、西棟を回っていたら時間が掛かった」


 2人の無事な姿を確認し、4人はホッと一息をついた。


「西棟は特に異常はなかったな」


「例の部屋も鍵が特に掛かってなかったから楽に入れたよ」


 2人は、調査した場所の報告をし、「次の班は」と一之瀬姉妹の方を向いた。


「次は、私たちの番ですね!お姉ちゃん」


「う、うん」


 美雪がまず立ち上がり、その次に姉のひまりがゆっくりとその場から立って、姉のひまりが妹の美雪の腕を掴みながら、夜の闇へ消えていった。


「ン〜アノカンジ、マサシク『ユリ』デスネ!」


「「「ユリ?」」」


 ミーナが突然何を口走ったかと思いきやまさかの、女の子同士がイチャイチャするあの『百合』のことを話し話し始めた。

 

「ハ〜イ、オナゴドウシガイチャイチャスル、アノユリデ〜ス」


 3人はただ黙ることしかできなかった。


「チナミニ、ワタシハ『ホモ』デモ『ノンケ』デモイケチャイマース」


「あ、あんたそんな言葉どこで覚えたのよ」


「Japanノ『オタクブンカ』デマナビマシタ!オタクブンカハ、Japanヲダイヒョウスルブンカノヒトツデ〜ス。モット、モットベンキョウシテボコクAmericaニモッテカエリマース」


 ミーナの熱弁を聞いている内に、一之瀬姉妹が戻ってきた。


「あら、早かったじゃない」


「例の部屋にさっさと行って、やることやっただけですから」


「う、ううぅぅ」


 美雪は余裕そうだったが、ひまりは半泣きだった。


「ちょ、大丈夫、ひまりさん?」


 浩人は、心配の声を掛ける。


「すいません〜、ちょっとお姉ちゃん鬱陶しかったんで、道中で置いていったらもう、このザマですよ」


 4人は、美雪に視線を向ける。


「あ、ああ、はい。は、反省します」


「分かればよろしい。『会則第2条 どんな時も心霊スポットでは仲間を1人にしない』を特例以外で破らないように」


 青木はまだ、学校から正式な部になる前の同好会時代からある会則の1つを読み上げた。

 鈴村は、ひまりを慰めている。


「サイゴハワタシタチノバンデスネ」


 最初は、1番怖がっていたミーナが意気揚々と早く行こうとばかりにテンションを上げた。

 おそらく、4人が何事もなく戻ってきたので安心しているのだろう。


「青木、どうする?」


「ん?」


 浩人は青木に声を掛けた。


「どうした?」


「まだ、西棟しか調べ終わってないんだろ、俺とミーナで他の3棟も調べるか?」


 このマンションは、北棟、西棟、東棟、南棟の4つに分かれている。なので、浩人は青木に残りの3棟も調べるか尋ねた。


「2時47分か、夜明けまで後1時間半強といったところか」


「……いや、そのまま508号室まで行ってくれ」


 少しの沈黙の後、青木の答えが返ってきた。


「他の棟を調べたいのは山々だが、あくまで目的は508号室。2人が戻ってきて時間があれば皆で他の棟も回ろう」


「了解だ、部長(ボス)、じゃあ行ってくる」


「だから、その呼び方はやめろって」


 青木は苦笑いしながら、茶化した浩人を見送った。


△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△


「え〜と、地図によれば、ここが北棟だ」


「ワオ!コレハスゴイデス。イカニモデルフンイキデスネ」


「スミスさん、今は心の余裕がないから『でる』とか言わないで」


「エ〜、ヒロトハビビッテイルンデスカ?」


「見ての通りだよ」


 あれから数分、もう、中庭にあるランプの光は見えない。そんな2人の目の前に現れたのは、高く聳え立つ13階建てのマンション。心なしか、エントランスホールや中庭よりも不気味な空気が漂っている。


「じゃあ、登るよ」


「ハイ」


 2人とも張り詰めた表情で、足元が殆ど見えない階段を登り始めた。階段は、大分錆びついているためか、一段登る度、ギシギシと霜柱を踏む感触を味わった。

 階段の塗装剥げの一部が2人の体重に耐えきれず下へ落ちていく。


(何も考えるな何も考えるな何も考えるな)


 浩人は、若干の恐怖を覚えながらもどうにか、例の部屋がある5階まで辿り着いた。


「コノサキデスネ」


「……うん」


 浩人は、男の意地を少しでも見せようと先頭を歩き始めた。勿論、ミーナは、浩人が緊張していることに気付いていた。


「ヒロトサン…」


 ミーナは、浩人に声を掛けた。なんのためか、誰のためか、それはミーナにも分からないまま。


「なに?」


 浩人はその場に立ち止まって、話を聞き始めた。


「ワタシニハ『ユメ』ガアリマス」


「夢?」


「ハイ。ユメデス」


「ワタシガJapanニキタホントノリユウ、ゴゾンジナイデスヨネ」


「多分、知らない」


 多分と言った理由は、確証を持てないからだ。


「ワタシガJapanニキタホントノリユウハ、『アキハバラ』ニイッテ、ソコデシカテニハイラナイアニメグッズヲカイアサルタメデス」


「え?」


 薄々気づいてはいたが、ミーナ・スミスは生粋のアニメオタクだ。だから、あまり驚きはしなかった。


「Japanハ、『モエ』ヲサキドリシテイマス。アレコソニンゲンノキョウチ、マサシク、アノバショハ『ラクエン』デス!!」


「はぁ、」


 浩人も、秋葉原には時折、プラモやフィギュアを買いに行くことがある。それよりも、外国の人々にとっては、秋葉原という所がどのくらい凄い場所か更に熱弁を続けられた。


「ワタシハ、キョウノブカツガオワッタラ、ウマレテハジメテアキハバラニイキマス」


 ミーナは目を輝かせていた。生まれて初めて、真のオタク文化の神髄に触れることができると感激していた。


「そこまで、言われたら仕方がない。秋葉は行ったことないんだろ?俺は何度か行ったことあるし、案内するよ」


 浩人は、しょうがないと言いつつ、自分も久々に秋葉原に行こうと思い、誘ってみた。


「オーーウ!ソレハナイステイアンデース!ゼヒイッショニイキマショウ!!」


 浩人は微笑み、初めて女の子にデートのお誘いができ、心が舞い上がっていた。

 

「ワンピースニ、ナルトニ、ドラゴンボールニ、ハルヒニ、マドマギニ、ヒグラシニ、カイタイモノガタクサンアリスギテエラベマセーーン」


 ミーナは興奮していた。浩人はそれを「はいはい」と軽く、且つ、喜びつつ流した。


「ーーさて、着いたぞ」


 そんなことを話している間に、遂に例の部屋、508号室に到着した。


「ここが、その部屋か」


「ヒキツッテルカオシテマスヨ。『ヒークン』」


「な、ヒー君!?」


 浩人は、ミーナに突如あだ名で呼ばれ、困惑した。


「ハ〜イ。シタシイトモダチニハ、アダナヲツケルトワタシハキイテイマス」


「そうか。そうかもな」


 浩人は、その意見を肯定し、ドアノブに触れた。

 そして、ゆっくりとその扉を開けた。

 2人は中に入るとまず最初に目に入ったのは、1足だけ残された子供靴。そして、不自然に散らばっている太いガラス片だ。


「あの2人が心スポ(鈴村と美雪)でこんな悪戯するはずがないし、それは『会則第3条 心霊スポットにあった物は動かすな、持ち帰るな』に反するからな。それに、そんなことをしようとすれば、青木とひまりが止めるはずだ」


「ヘヤノナカハソトトアマリフンイキガカワリマセンネ」


「ああ、そうだな」


 2人は忍び足で部屋を捜索した。だけど、玄関以外、不自然なくらい何もない。


「ア、コレデスネ」


 ミーナがリビングの机に置かれた4人分の厚紙を見つけた。


「何もなかったし、俺たちも置いて帰るか」


 2人は、鞄から自分の名前が書かれた厚紙を出し、リビングの机の上に置いた。


 その後は元来た道をただ引き返すだけだった。


△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△


「ただいま」


「おっ、戻って来たぞ」


 あれから、10分くらいして、浩人とミーナはなんなく戻ってこれた。

 

「時間は…3時ジャストか」


 青木は、腕時計で時間を確認して、まだ時間が有ると判断した。


「今から、みんなで残りの東棟、南棟、北棟を調べよう。勿論、強制はしない。入り口で待っていたい者は入り口まで戻ってよしとする」


 青木は、全員に分かるように少し大きな声で呼びかけた。

 すると……


「あ、あの」


 ひまりが手を挙げた。


「どうした?」


 浩人が声を掛ける。ミーナに気持ちが揺らぎながらも、ひまりにもまだ気がある。罪な男だ。


「え〜と、皆さんで『かくれんぼ』でもしませんか?」


「カクレンボデスカ?ヒマリン?」


 ひまりはかくれんぼを提案した。


「お姉ちゃんが提案するなんて珍しいですね。……私は乗りました。心霊スポットでかくれんぼってなんか面白そうですし」


「右に同じく」


「ドウイケンデ〜ス」


「俺も」


 全員がひまりの案に賛成した。


「決まりだな」


 青木の一声と共にかくれんぼを決行することになった。

 鬼は、自分がやると申し出た鈴村がやることになった。

 ルールは、普通のかくれんぼとほぼ同じ。一度、隠れると決めた場所からは制限時間20分が過ぎるか、鬼に見つかるまで動いてはいけない。隠れる場所は、中庭と北棟だけ。隠れたら、全体メールで送ること。余計なことはしないこと。ルールは破らないこと。以上だ。


 「スタート」という掛け声と共に鈴村以外の5人は散開した。

 5分後、浩人は北棟の1204号室のベランダに隠れ、全体メールで鈴村に隠れたことを報告した。



浩人

《俺は隠れたよ》


孝明

《俺も隠れた。みんなはどうだ?》


美雪

《私も隠れ終わりました》


ミーナ

《ワタシモデース》


ひまり

《もう少し、待ってくれますか?》


百合子

《わかった》


 

(ひまりさんはまだ隠れ終わってないのか)


 浩人は、ベランダで(うずくま)りながら、身を低くして携帯ライトをつけて、周囲を照らした。


 コツ……コツ……


「!?」


 足音がする。浩人はすぐさま、携帯のライトを切った。

 心臓の鼓動が聞こえる。恐怖と不安に耐えきれず、部屋の中を覗く。

 ーー人影がある。


(まさか____亡霊!?)


 人影は、浩人のいるベランダの前まで来た。振り向いてはいけないとわかっていながらも、浩人は人影の正体を知るべく、その方向を向いた。

 ベランダの戸がピシャッという音を立てて開かれた。


「なんだ…ひまりさんか」


 ベランダに入ってきたのはまさかのひまりだった。

 ひまりは心なしか、怯えている表情をしていた。


「すいません、私…1人になるのが怖くて…」


「着いて来たのか」


「はい」


 ひまりはここにいさせてほしいと言わんばかりに、浩人の後ろにしゃがんだ。 


「あ、今メール送りますので」


 ひまりは弱々しい声を発っし、無言でメールを打って送った。

 ーー鬼が動き出し、かくれんぼがスタートした。


△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△

 

 かくれんぼ開始から8分が経過した。ひまりは相変わらず顔を下に向けて、右手で浩人の裾を掴んでいる。


「あの…いつまで裾、掴んでいるんですか…、ちょっと恥ずかしいんですけど」


 浩人は、顔を赤裸々にしながらも彼女の手の汗でシャツが滲んでいたことを言わず、恥ずかしいという自分にしか矛先がくるような言い方をした。


「は、はい」


 ひまりは、現実に戻ったらしく、顔を真っ赤にしながら手を離した。


「顔、上げなよ。上げないと、恐怖は心の中でもっと蔓延するよ」


 月明かりに照らされながら、浩人はひまりに顔を上げるよう格好をつけて言った。

 ひまりは、言われるがままに顔を上げた。


「そ、そんなに怖いなら、俺が手を繋いでおくから……な?」


 浩人は、心臓をバクバクさせながらも手を繋がないかと聞いた。というか、答えを聞く前に繋いだ。

 2人が月明かりに照らされる。

 ひまりがここで何かに気付くき、ベランダから下を覗く。


「ア〜ツカマッテシマイマシタ」


「全く、中庭で伏せているだけじゃ直ぐに見つかるでしょう」


 ミーナと鈴村が歩いているところを2人は目撃した。どうやら、鈴村はミーナを中庭で見つけ、マンションと階層の隙間を携帯のライトで照らしていた。


「ここは、まだ見つからなさそうですね」


「そのようだね」


 2人は鈴村が階段を上り始めたと同時にまた、身を低く伏せた。

 すると、突然ひまりが何かを口走り始めた。


「________ね?」


「え?」


 風が強くなってきたためか、うまく聞き取れなかった。ひまりは、声のボリュームを少し上げて耳元で今度は聞こえるように言った。


「井村さんって、井村さんじゃありませんよね」


 月が雲に隠れた。


「え?」


 突然の告白。それは突拍子もない発言、場の空気が揺らぐ。


「な、何を言っているのですか」


 浩人は慌てふためく。冷や汗が出る。目線が揺れる。不自然な敬語が震える。

 しかし、ひまりは純粋な眼差しで浩人を見つめる。

 ひまりの伊達眼鏡が重力と目下の汗で下にずれた。

 同時に、浩人の眼鏡を優しい手つきでゆっくりと外した。


「ーーやっぱり」


「・・・・・・・・」


 浩人は黙ることしかできなかった。

 再び、月が雲から出てきて、眩しい月明かりが2人を照らす。今日は風が強い。


「……浩人くん、君って『井上修(いのうえおさむ)』でしょ。子役の」


 ひまりは浩人が井上修とかいう子役だろ、と問う。


「ーー人違いじゃないかな?」


 浩人は否定する。


「ううん、違う。私はドラマとかには特に興味ないの。ただ、美雪が君のファンだから間接的に井上修を観る機会があった。それだけ」


 ひまりは首を横に振り、浩人が井上修だという。その言動から、そこにはいつものように物静かな彼女はいなかった。


「もし、俺が仮にも『井上修』だとしても、何で見抜けた?」


 見抜けた理由を問う。ひまりは浩人の眼鏡を持って、「これ」と一言言った。


「この眼鏡、度、入ってないでしょ」


 ひまりは普段から伊達眼鏡をかけていたから、浩人の眼鏡に度が入っているという嘘を見抜いていた。


「それだけで分かったの?」


「これだけじゃない」


「君が休む日は、絶対に井上修が出る映画の試写会だったり、臨時イベントだったりと、不自然な所は沢山あった」


 静寂が流れる。浩人は固唾を飲んだ。


「ーー正解だよ」


 認めた。一瞬の沈黙の後、『そうだ』と認め、ポケットに入っていたヘアゴムで髪をまとめた。


「俺が井上修だ」


「うん、ところで、なんで名前を偽っていたの?」


 浩人は、目を横に逸らしながら答えた。


「それは…普通の学校生活をおくりたかったからだ」


「・・・・・・・・・・・・・」


「小学生の頃、…その時が井上修の全盛期かな」


「あの時は、廊下を歩くだけでもチヤホヤされていた。…自慢じゃないが数えきれないくらい告白もされたよ」


 明らかな自慢話を始めたが「けど」と一呼吸置いた後、


「彼らは、本当の俺を見てはくれなかったんだ。俺は、どんな場所でも彼らの望む『井上修』でならなくてはいけなかった」


「俺はそれが辛かった。誰も、本当の俺を見てくれない。だから、俺は中学に入学する直前に、親と校長に中学の間は偽名を使わせてほしいと頼んだ。頭も下げたさ」


「その甲斐あってか、偽名を使うことを承諾してくれたよ。だから、俺は今、『井村浩人』として生きている。…彼の設定を考えるのは相当大変だけど、楽しかったよ」


「……そんな過去が」


 浩人は一通り説明し終わると、ひまりに質問した。


「この事実を知って、君はどうしたいんだ?みんなにバラすのか?」


「そんなこと…しない」


 答えは、オドオドしつつも強い、そんな返しだった。


「約束する。だから…」


 ひまりは言葉を止めた。そして、泣き始めた。


「ひまりさん?」


 修は、どうしたのと声を掛け、涙を流しているひまりに寄り添った。ひまりは修に抱きついた。


「え、ちょ」


 言葉が出なかった。


ーーーー「だから…お願い…逃げて…」ーーーー


「え?」


 急に空気が冷たくなる。そして、雲で再び、月が隠れる。


「な、なんだよ、これ」


 暗闇の中、修の目の前に現れたのは、禍々しい雰囲気を醸し出す『ひまり』だった。いや、ひまりじゃない。


「誰だ、お前」


 目の前に現れた存在にその存在を問う。


「わからないか?私は、このマンションで殺された人間だよ」


 ひまりの声で、亡霊は話し始めた。


「お前には感謝している。『あいつ』を連れてきてくれたからな」


「は?」


 修は、この世のものとは思えないものを前に恐怖で涙声になり、腰を抜かした。


「何を……言っているんだ」


 修は、歯を震わせながら、訳も分からぬままその存在を見つめていた。


「安心しろ…特別に、この女とお前と下の階にいる女2人と同階にいる女は見逃してやる」


 亡霊は耳元でそう言い、ひまりの体を使って、椅子を持ち上げ、ベランダのガラスを叩き割り、その中でも一番大きい破片を拾った。

 そして、上を向き、ケタケタと不気味な笑みと笑い声を上げながら部屋を勢いよく出て行った。

 修が、腰が抜けて動けなくなったところに、勢いよく、今度は入れ替わりで誰かが部屋に入ってきた。


「ちょっ、なんですかこの有様は!?」


 部屋の中に入ってきたのは美雪だった。

 美雪は、修に駆け寄ると、大丈夫ですかと声を掛け、無理矢理体を起こした。

 それから走り出したのは言うまでもない。


「お姉ちゃんがいつもと違かったから跡を付けてみたら、こんなことに……」


 美雪は歯痒い表情をしながら欠片も考えなかったことを聞いてきた。


「お姉ちゃん、浩人さんと逢引きするのかなと思っていました」


「?、はあ?」


「?? いやだって、人気のない場所で男女が2人きりですることなんて一つしかないじゃないですか?」


 美雪がわざと言っているのか、それとも天然だからなのか、状況がうまく纏まらない頭では理解が追いつかなかった。


「うふふ、冗談ですよ」


 彼女はこんな時にでも冗談をする余裕があるようだ。


「お姉ちゃんにそんなことやる度胸なんてありませんよ。まぁ、浩人さんの隠れ場所に入ったときは度肝を抜きましたが」


 他愛もない話をしながら、2人は階段を駆け上がる。


「ところで、あれはお姉ちゃんなんですか?」


「分からない。ただ一つ言えることはあれがやばくて、孝明を狙っていることだけは分かった」


「孝明くんを?」


 浩人は、不幸中の幸いで、そいつとの会話からあの亡霊の狙いが青木だということが分かっていた。


「ひまりさんは屋上だ!このままだと、孝明が危ない!!急ぐぞ!」


「誰に聞いてるんですか?そんなこと分かってますよ」


 美雪は、腰に付けたポシェットに手を伸ばした。



――――――――――――――――――――――――

〜屋上〜

 青木は階段の真後ろに隠れていた。息を潜め、自分は誰にも見つからない影になるんだと思って。

 その時である、下から勢いよく此方へくる足音が聞こえたのは。


(鈴村さんか…?)


 青木は腕時計で時間を確認する。残り時間は5分だ。月明かりで古屋の影になっている方へ移動し、匍匐前進のような構えでうつ伏せになった。


カンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカン


 下から段々と足音が近づいてくる。そして足音が止まり、屋上への扉が開かれた。

 足音は此方へ向かってくる。1歩、1歩着実に。

 そして、青木の目の前でそれは止まった。

 青木は見つかったと思い、足音の主がいる方に顔を上げた。


「はいはい、降参、こうさ…、一之瀬さん?」


 ひまりは、青木のまえで不敵な笑みを浮かべて言った。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ーーーーーーーー見いぃつけたーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 鳥肌が立った。全身がむず痒くなる。見た目はひまりでもこいつは違うと脳が訴えかけてくる。


「お前誰だ!一之瀬さんじゃないな!?」


 ひまりではない何かが青木の方を見ながらケタケタと笑っている。

 ふと、倒れている青木の目の前に水滴、いや、血が垂れた。

 青木はひまりの右手を確認した。

 持っている物に衝撃を受けた。右手は血みどろで、大きな硝子の破片を痛みなんてつゆ知らずな持ち方で持っていたからだ。

 悪寒が走る。命の危機を感じる。右手が振り下ろされる。


「わっ、ぷ」


 間一髪の所で避ける。持っていた硝子が地面に当たり、砕けて屋上に散乱した。


「やっぱりこの体じゃだめか」


「な、何を…」


 その場にひまりが倒れた。突如として、前触れもなく。そして、青木の目の前に黒い摩耶(もや)みたいなものが沸き出た。


「一之瀬さん!!」


 青木は倒れたひまりに駆け寄り、脈を確認する。


「良かった。気絶しているだけか」


 脈が動いているのを確認し、ひまりの身体を持ち上げ、そっと古屋の裏に立てかけるように優しく置いた。


「この姿になるのは久しいなぁ。


「あんたは誰だ?ここの亡霊?」


 青木は内心ビビりながらも怯まずに亡霊に問いかける。


「ほう、私が怖くないのか?」


「幽霊だって元は人間だ。相手を知れれば怖い者じゃない」


「私は今、お前を殺そうとしたのにか?」


「質問を質問で返すな。お前はなんだ?」


 青木は、怒りを露にしながら、もう一度問いかけた。何者かと。


「私は、いや俺は、生前このマンションでお前の祖父に殺された男だ!!」


 黒い摩耶が人の形になった。その姿は紛れもなく人間。彼の表情は、憤怒とも憤慨とも言えぬ例えるなら、鬼のような表情をしていた。そして、鋭い眼光で青木を睨みながら話を始めた。


「33年前、俺は警察官をやっていた。俺はとある麻薬組織を追い、組織の1人であろう闇社会の住人を見つけ出した。そして、ある日、俺宛てにそいつから手紙が送られてきた。手紙の内容はこうだ。『お前の妻と娘を預かった。返して欲しければ1人でこのマンションへ来いと』俺は、単身赴任で妻と娘とは離れて暮らしていたからな、守ることができなかったんだ。だから、覚悟を決めて、仲間にも相談せず、罠だと分かっていても1人でマンションへ乗り込んだ」


 男は小さな歩幅で一定の距離を保ちながらその時の話をした。男は、屋上の手摺まで歩き、そこに片手を掛けて、雲を見上げながら悲しい表情をした。


「それで…その麻薬組織と(うち)の爺ちゃんに何の関係があるんだ」


「ふ…まだ、分からんのか」


 本当はもう気付いている筈だった。だけど、青木の脳内で、この男が話した事と、5年前に亡くなった祖父との会話がリンクする。


「お前の爺さんが、その麻薬組織のリーダーなんだよ!!」


「やっぱり…そうか…」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 〜7年前〜

 

「ねぇ、爺ちゃん、前から聞きたかったんだけど、その指どうしたの」


 とある病室、まだあどけなさが残るその顔立ちは今の孝明とは少し違って、まだ幼い。


「これはな、昔の自分の罪と向き合うためにやった」


「罪?」


 青木の祖父は行方しれずになった左手の小指と薬指を撫でながら答えた。

 そして、その手で孝明を撫でて、ニコッと笑った。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「『やっぱり』とは、貴様、気づいていたか」


 青木は首を小さく横に動かし、「ああ」と肯定した。


「なら、俺がやりたいことも分かるな?」


 青木は目を逸らしたまま何も喋らない。


「俺はお前の祖父に怨みを持っている。完全に私怨で悪いが、孫のお前にはここで死んでもらう」


 そう言うと男は屋上のパネルを一つ踏み込んだ。すると、勢いよく踏まれた拍子にパネルは宙で回転をした。そして、男は捲れたパネルの中から刃渡り50cmはあるであろう鉈を取り出した。


「!?」


 青木は身震いした。屋上にそんな物が隠されていたことに驚きを受けた。


「ふっふっふっ、此奴はもしもの時のために取っておいた切り札だった。結局、使わなかったがな」


 男は、恐怖で澱んでいく青木の顔を見ながら、鉈を構えて突撃した。だが、鉈の刃は青木の首スレスレで止まった。


「だが、冥土の土産だ。俺の話を最後まで話した後に絶望と共に死んでもらおう」


 男は青木に情けをかけたのか、それとも、殺すことを躊躇したのか、刃を青木の首に当てながら、続きを話し始めた。


「このマンションへ乗り込んだ後、俺は、呼び出された部屋、508号室へ向かった。だが、その部屋へ向かう途中、東棟からの渡り廊下で何者かに襲撃を受けた。……目を覚ますと、マンションの一室で俺は拘束されていた。すると、目の前に俺の妻と娘がいるじゃないか。俺は2人が無事なことに安堵したが、それも束の間、どこからともなく火の手が俺たちを襲った。奴等はいない。この状況なら、俺は1人でも逃げられたかもしれなかった。だが、家族は置いていけなかった。しかし、2人を助けていたら家族全員で共倒れだ。だから、俺は決断した。もしものために持っていた自決用の薬を2人に使った。……一酸化炭素中毒で苦しんで死ぬより100倍マシだからな。2人は10秒で逝ったよ。そして、俺は金魚鉢を割り、その破片で喉を切った。あれは、痛かったよ。今でも鮮明に覚えている。そして、あの世で知ったことだが、その小火(ぼや)が出た原因は、奴の部下の不注意だったらしい。そして、俺は魂だけを現世に残し、あいつとあいつの家族に復讐することだけを考えた。だが、俺は何故かここから出られなくなっていた。そして、その内このマンションが解体される事となった。しかし、そうなってしまえば俺はどうなる?復讐は?だから、あの世で罪に問われることが分かっていたが、工事関係者を次々に手を染めた。その後、解体工事は凍結。それからは偶に何人か人が来るが、そいつらは大体お前らのような肝試しか、不良どもの溜まり場になっていた。そして、やっとお前が来た!!一目見た瞬間分かったよ。あいつの孫だってね。あれから33年経った。要約、悲願が叶えられそうだ。見ててくれ、舞、香織」


 男は憎悪に身を焦がしたような表装で鉈の持ち手に力を込めた。

 青木の首から、雨垂れのように一滴の血が流れる。


「覚悟はいいな?」


「ああ。だが、最期に二つ言いたいことがある」


 男は青木に覚悟を問う。青木は、遺言として、男に言った。


「爺ちゃんを許してくれないか?あの人は、自分のやったことと、あなた方を部下が手にかけた責任を爺ちゃんはもう取った」


 青木は、祖父を許してやれないかと男に懇願した。しかし、返答は、


「それは聞き入れられない」


 聞く耳を持たなかった。

 青木は、「そうか」と頷き、男の胸を触りながら言った。


「幽霊って実態があるんだな」


 鉈が振り下ろされた。肩から腹にかけて一直線で切れ込みを入れた。血が湧き出る。青木は膝をついた。

 その直後、屋上の扉が勢いよく開かれた。


「孝明!!」


 修と美雪が屋上まで駆け上がってきた。だけど、一歩遅かった。青木はすでに力を無くしたかのようにその場で倒れ込んでいた。そして、その体から出る赤い血が屋上のタイルに広がる。


「ーーっ!!」


 修は、青木の身体から出る血をどうにか止血しようとはした。バックに入っていた汗拭き用のタオルで傷口を力いっぱい塞いでいるつもりだ。しかし、そんな事では血は止まらない。更に、青木の顔から血の気が引いているのが見て分かった。

 美雪は、男を睨みつけて立ち上がった。


「ああああああああああ!!!!」


 美雪は声を張り上げ、叫んだ。そして、腰にかけてあったポシェットに手を伸ばし、既に開けておいたチャックの中からスタンガンを取り出し、勢いのままに男に突進していった。

 スタンガンからバチバチと独特な電流音が鳴る。右手に持ったスタンガンを男目掛けて一気に突き出した。


「ぶちまけやがれえぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!」


 男は、そんな美雪の会心の一撃を左にステップで飛び退いて避けた。

 そして、突き伸ばされた腕は無防備だ。男は、隙を見逃さず、蟷螂の狩りの動きのように素早く美雪の腕を掴んだ。

 しかし、美雪は男に腕が掴まれた感触を感じた瞬間に足を振り上げ、身体を回転させ、踵で男の側頭部に蹴りを入れた。

 男の脳内は揺れた。視界が暗転する。

 美雪はその瞬間を見逃さない。すぐさま、スタンガンを構え、電力を最大にしたことを片目で確認し、両手で男の身体にスタンガンを押し付けた。

 その瞬間、バチバチバチと大きな電気音が出る。男の身体は3〜4回ほどビクンビクンと痙攣させながら、仰向けにその場に倒れ、口から泡を吹いた。

 修は、20秒にも満たない一瞬の攻防、そして、豹変した美雪の姿をただ見ていた。今思えば、ひまりが隠していたことはこれのことだろう。


「…孝明くんは大丈夫ですか?」


 美雪は、孝明の安否を確認する。しかし、修は「いや」としか言うことが出来なかった。


「早く病院に…、救急車を呼びましょう」


 事は一刻を争う。美雪は携帯で119番に通報をしようとした寸前、美雪は携帯を手から落とし、膝を着きながら、ゆっくりとその場に倒れようとした。

 だが、間一髪の所で地面に頭をぶつける前に、修が美雪の身体にフォローを入れ、両手で支えた。


「ーー何が?」


「何が起こったか知りたいのか?」


 修が目をその場から見上げると、眼前にはあの男がいた。あの猛攻を受けて尚、平然と立ち上がっていた。


「ーーなっ!!」


 男は持っていた鉈を肩に乗せた。鉈には血がついていたが、美雪には出血の跡がない。おそらく、刃の裏で首筋を強い力で叩いたのだろう。峰打ちだ。


「だから言っただろう?お前らは見逃してやると」


「お、お前は何がしたいんだ?」


「ただの復讐だよ」


「孝明が、お前に何かしたのか?」


「いいや。そいつは何もしていない。だが、そいつの祖父は、俺と俺の家族を死に追いやった」


(こうめい)は関係ないだろう…」


「そうだな。そいつには関係無くても、俺にはある。なんせ、あいつの孫だ。殺す以外に俺の無念は晴れん」


「身勝手すぎる…」


 そんな問答を繰り返す内にまた、月が雲から出てきた。月光が2人を照らす。

 修は、美雪の身体を静かにゆっくりとその場に置き、立ち上がった。


「……なあ、一つ質問いいか?」


「どうぞ」


「さっき、孝明の心臓を触り、脈を確認したんだが、まだ脈は動いている」


 男は、修が何を言おうとしているのか分からなかった。


「……何が言いたい?」


「つまり、俺の命と引き換えにあいつを生き返らす、いや、流れた血を元に戻すことはできないか?亡霊さんよぉ」


 清々しい程の自己犠牲の精神。そして、人を蘇えさせろと言う。男もこれには困惑した。


「貴様、何を言っている?仮にそれができたとしても、俺はそんな事はしないぞ」


 否定する。無論、男は青木以外に人を殺したくはないし、この男は生き返らせることもしたくない。


「『仮にできる』ということはできるんだな?」


 男は押し黙った。


(悪いが、これしか方法がない。そして言ってしまえば、俺のことも見逃してほしい)


「いいや、駄目だ」


 男は少しの間、考えを拗らせたが、やはり答えはNO。取引に応じてくれないらしい。


「どうしても駄目だと言うなら」


 修は、落下防止の柵を飛び越え、柵の反対側で屋上の縁ギリギリで身を乗り出した。


「おい、何をしている!?」


「見て分かるだろ!!」


 修はそう叫び、手摺りから手を離した。身体が宙に浮く。そして、頭蓋骨の重さに重力の力が加わり、目を閉じて真っ逆さまに落ちようとした。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「……へぇ、助けるんだ」


 目を開け、自分の頭上を見ると、男は咄嗟のところで修の腕を掴んでいた。

 男は、人とは思えないような力で修を屋上まで引き上げた。


「お前、俺が助けなかったらどうするつもりだったんだ!?」


 男は息を切らし、顔から冷や汗を流しながら修に問いただした。


「どうもしないよ。多分、お前が助けてくれなかったら俺は死んでいた。それに、お前はまだ人の心を持っている。その事が確信できた」


 修は意味不明な言葉を並べながら何か確信めいたことを述べ始めた。


「お前は、元は優しい人だったんだろ?だから、その心の隙に入らせてもらった」


 修は人の考えでは収まらないような考えを口にした。それは最早、自己犠牲の精神では範疇に留まらない。言わば、


「『悪魔の所業』だ。その考えは悪魔そのものだ」


「…悪魔…か、否定はしないよ。俺は、あの生活をしていく内に本当の自分が分からなくなったんだ。そして、過去も今も自分を偽っている内にこうなったんだろうな」


 修は、自分が悪魔だと言われてもそれを肯定した。自分を騙し、家族を騙し、友達を騙し、その行き着く先がこれだ。


「で、お前はどうするんだ?俺は、お前が孝明を生き返らさない限り、何度でもお前の目の前で自殺するぞ」


 男は八方塞がりになった。男は、まだ良心が残っているからか、先程、青木を殺す際も少し、躊躇をしているようにも見える。そんな人の心を持っていたから修を助けた。助けられたのだ。


「そうか、俺の負けだ。お前の言う通り、あいつは今、生き返らす」


 男は、青木に手を触れると青木の傷がどんどんと塞がっていく。そして、数秒もしない内に傷は完全に完治した。


「子供を殺すなんて、やっぱり俺には出来なかったのか。それに、そんなことをしてしまえば2人も悲しむだろう」


 男は今にも消えそうになっていた。身体が瞬く間に光に包まれ、成仏しようとしているのか男は、安らかな表情を浮かべていた。

 そして、男は跡形も無く消え、男の持っていた鉈だけがその場に残った。


 その後、美雪、ひまり、青木は目を覚まして、ひまりは手についた傷を包帯で覆ってから下の階にいたミーナと鈴村を呼び、6人はマンションを後にした。


 マンションを出るともう日が出ようとしていた。時刻は既に4時を過ぎ、ちらほら通行人を見かけるようにもなった。


「ヒーくん、デハサッソクアキバニイキマショウ!!」


 ミーナは、全員の目の前で修と約束していたことを言った。


「いや、スミスさん、流石にまだ早すぎるよ」


「秋葉か…俺も最近行ってなかったな。久しぶりに行くか」


「じゃあ私も」


「面白いDVDは売ってるんでしょうね」


「……皆さんが行くなら」


 4人は、先程の出来事を忘れてはいけないという気持ちがあったが、今は少しの間だけ、この時間を楽しむべきかもしれないとも思った。


「じゃあ、駅前に9時集合な!遅刻した奴はマック奢りな」


 青木は、全員に解散の声をかけ、メンバーはそれぞれの家の方向へ帰った。


(何か、忘れている気がするが、まぁいっか)


 修は、何か違和感を感じていたが、深く考えないことにした。

 そして、日の出と共にカラスが鳴いていた。それは、今を迎えられた俺たちを祝福しているのか…それとも……



〜5年後〜


 修は仕事の帰りにあのマンションへ再び寄った。


「ここも変わらないな」


 飲みかけの缶コーヒーを飲み干し、マンションの門の前にエクレアとジュース3本を置いた。


「あっちでも、あの男は幸せになれてるかな」


 修は手を合わせ、天国でもあの男が元気にやっているようにと念を込めた。


「帰るか」


 修は、再び帰路につく。そして、何の因果か分からないが再び、あの時と同じような違和感に襲われた。


「そういえば、あの時かくれんぼのルールで、“鬼に見つかるまで動いてはいけない”ってルールがあったような」


 そう言葉にした瞬間、後ろから気配を感じた。修は咄嗟に背後を向いた。しかし、そこには誰もいない。


「ま、気のせいか」


 心が緩んだ。そして、正面を向いたときーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



2016年 8月21日 井上修 享年19歳 心臓発作で死亡。道端で倒れているのを近隣の住民が見つけ、病院へ搬送されたが、まもなくして死亡が確認された。


同年 10月3日 一之瀬ひまり 享年20歳 総武線に轢かれ事故死。大学に向かう途中の事故だったと言う。彼女の友達からは彼女は、少し前から夢に見たことない男が出ると相談されていたらしく警察は彼女が鬱で飛び降りをした可能性があるとして自殺の線で捜査をしている。


2017年 2月11日 青木孝明 享年20歳 荒川の岸で水死体となって発見された。彼は発見される6日ほど前から祖父の実家に入り浸っていたらしく、その後から家族に口を聞かなくなったと言う。


同年 5月18日 一之瀬美雪 享年21歳 薬物乱用者にナイフで49箇所滅多刺しにされ死亡。身体も傷物にされていた。事件から2日後、犯人の男は逮捕された。


 ミーナと鈴村は、4人の葬式が終わった後、ミーナは母国へ帰り、今は親の会社を継いだらしい。鈴村は大学卒業後、大学のサークルで作った映画がとある会社の目に入ったらしく、その会社がスポンサーになり、今は映画監督としての生活を送っている。


 ーーカラスの鳴き声は、もう聞こえない。


                     《完》

 最後まで、ご朗読いただきありがとうございました。この物語はフィクションですので、各個人、団体名とは何の関係もございません。

 ここで宣伝です。私、ドル猫は『THE new world 〜移り変わる世界より〜』を小説家になろうで連載中この機会に是非ご覧になってください。下にURLを貼っておきます。

https://ncode.syosetu.com/n7518gm/1/


追記

鈴村百合香の自己紹介文で不自然に改行されている部分を見つけましたが、原因が全く分かりません。こちらの本文では問題はなかったのですが、投稿されると何故か不自然なエラー?が発生してしまうみたいです。少々読みづらいかもしれませんが、後の行に影響はないのでこのままにします。大変ご迷惑をおかけしました。


追記2

続編の執筆が決定しました。掲載予定日は12月24日になっております。お楽しみに。

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