友達が出来たら、僕は旅行に行きたいな。それが夢なんだ、素敵でしょ?
「あ、よっちゃん。久しぶり。また会えてよかった。」
「叶絵、元気だった?」
「うん。元気だったよ」
何も無い真っ白な空間の中、2人は話していた。
ここはたった2人だけの世界だ。
「よっちゃん、俺ね、大学生になるんだよ。いーでしょー?」
「大学生?そっか、叶絵ってもうそのくらいの歳なんだね。それって楽しい?」
「うーん、楽しいと思う。」
「どうして?」
「俺の母さんが、大学生は1番楽しい時期って言ってたからかなぁ。」
白いふわふわが漂ってくる。それは指先で触ると儚く消えてしまい、 まるでシャボン玉を割ってしまったかのようだ。
「そう。」
「あ、でも、お父さんは中学生がいちばん楽しいって言ってたっけ。」
「中学生は楽しかった?」
そう聞くと、叶絵が伏せ目で笑う。
「よっちゃん今日は意地悪だね。」
「ご、ごめん。なにか気に触った·····?」
「ううん!そんな事ない··········俺、友達いなかったでしょ?だからさ、中学生の時、楽しかったとは言えないのかなって。」
「そんな··········」
「もちろん今もいないんだけどね!」
叶絵はおどけて言ってみせた。
ここは夢の中、僕は獏。
叶絵の夢に住み着いている。
叶絵は昔から友達がいない。でも叶絵自体に悪い所なんてひとつもないのだ。
「叶絵。叶絵はとてもいい子だよ、大学生、きっと友達もできて楽しいよ。」
「·····ありがとう。俺、頑張るね。」
「うん。」
白いふわふわが多くなって、霧のように視界が曇る。
あぁ。今日も夢が覚めるんだ。
大学、初日。もう入学式は1週間前に終わっていて、それは1人で難なく終わった。しかし、大学生は、友達作りが命だと聞くので、やっぱり頑張らなくてはならない。
今日は英語の技能調査テストが午前中にあり、午後はガイダンスを受けて終わりだ。
そして、今はもう英語のテストが終わり、昼休憩の時間だった。叶絵はまだ誰にも話しかけていない。
ーーやめてよ、はなして·····。
ーーおまえ、こうした方が似合ってるよ。ほら、こっち来い。
ーーいたっ、痛い!りょうすけくんやめてよ。
結ばれた髪を引っ張って、トイレの方まで連れてこられる。
小学校の頃、僕はいつもりょうすけくんに虐められていた。最初は共通のカードゲームをしていて、普通に仲良くなった。りょうすけくんのことはとても好きで、本当にいい友達ができたとまで思っていた。
けれど、徐々にいじりか限度を超えてきて、ついにはこんなことになった。
その時持っていたカードはだいたい取られていたりした。肉体的に痛みつけることはなかったが、叶絵と仲良くする人は全員同じめに遭い、ついには友達も出来なくなったのだ。
叶絵は中学受験をしたので、彼とはそれ以来同じ学校になっていない。
最初、彼に話しかけたのは、叶絵からだった。
だからか、話しかけるのがこんなに怖いのは·····。
多くの人はもう数人まとまって話している。ここだ、ここで話しかけるんだ。
周りを見ると派手な人が多く、何だか叶絵にはハードルが高い。斜め前に、知ってるアニメの話をしている人がいた。
不自然ではないようにしたが、かなりよそよそしく近づいてみる。
「あの、俺も一緒に昼食べていい?」
お昼ご飯と言わずに昼と言ったところは、ちょっとした見栄かもしれない。
「あー食おーぜ。なんか持って来た?」
「俺弁当もってきた。」
「あ、実家?」
「いや、一人暮らし。」
「まじ!弁当作んのすげーな」
よかった、なんとか輪に入れたみたいだ。このまま友達になれるかな。いつもは上手くいかないけど、今回はどうか·····。
「ねぇ!きいてよ、よっちゃん!俺初日から頑張ったんだよ!」
「ほんとう?偉いね、叶絵。」
今日は白いふわふわが多い。割れては雲みたいに漂い、よっちゃんの顔が見え隠れする。
「そう、お昼ご飯一緒に食べれてね、連絡交換できた人もいる。」
「そう、すごいね。本当によかった、叶絵嬉しそうで。友達出来たね。」
「出来たのかなぁ。」
「友達だと思えば友達だよ。だから、叶絵今までも友達いたんじゃないかな?」
「うーん、今までは1人だったけど。友達出来たかも。」
叶絵は嬉しそうだ。本当によかった、そう、本当に。
でも、ファーストコンタクトは全然大丈夫そうなのだ。本人はいつも頑張って話しかけに行っている。
「今日はね、みんなで一緒にガイダンス受けて授業のこと話したよ。」
今日も霧が濃かった。白くふわふわと、沢山割れて漂っている。
「どんな授業の話?」
「必修授業とか、選択授業とか。授業の取り方の説明だったよ。」
「そっか、楽しそうだね。大学はやっぱり楽しいんだね。」
明日学校に行くのが楽しみだ。と、叶絵は言っていた。いつもここまでは順調に行く。叶絵は運がないだけなんだろう。
「俺、今日はもう行くね。」
「え、うん。またね。よっちゃん。」
白い霧はさらに濃くなった。
そんな白い霧のように曇った空の下、叶絵学校に行った。最後によっちゃんの夢を見てからしばらく経っていた。あれからよっちゃんは来ていない。
「おはよう、履修とれた?」
もう先に着いているみんなに話しかけた。昨日は授業の登録があり、ガイダンスのとき話してた通りに授業を取った。
「あ、叶絵。··········うわぁ、ごめん本当に。話してなかったよな。」
「え、なに?どうしたの?」
「俺らさ、火曜日のあの二限目の授業取れなくて、それで取る授業組み直してさ。この前話してたのと全然違うんだよね。」
「え、そうなの?」
叶絵は自分の顔が強ばるのがわかった。
でもみんな別に叶絵を阻害したという訳では無いみたいだ。そのあとも本当に謝ってくれて、叶絵も、もういいよ、と言っていた。
「本当にごめんなー。叶絵」
「いいよいいよ。仕方ない!」
「すまんー!昼は一緒に食おうぜ!」
「うん。」
ただ、忘れられていただけ。というのもすごく悲しい。でも、きっと大丈夫だ。授業が一緒に取れなくたって、お昼も一緒に食べられるし。
ただ、普通に過ごせていたという反動も大きく、一日中不安が頭をはなれなかった。
「叶絵ー、お隣さんにおすそ分け。そこにあるの、持ってってね。」
お母さんが机の上にあるタッパーを顎で指した。
お隣さんはお母さんのママ友の家だ。
「··········やだよ。」
「なんで?」
「··········。」
お母さんに説明できる理由はない。
「面倒くさいだけなら行きなさい。お母さん手離せないの。」
叶絵は返事をしてタッパーを持ち、外に出た。外に出たといっても、隣の家なのだが。
昔は何度も来たこの家。インターフォンを押すと、会いたくない顔が真っ先にでてきた。
「はい。」
「··········あ、」
いつもはお母さんか妹が出てくるのだが、今日は違った。叶絵は怖気付いて引き返そうとする。
「あ、·····なんでもない。ごめん。」
「おい、ちょっと待て。」
りょうすけくんの低い声は昔と全然違うが、話し方は全く同じで、叶絵の体は動かなくなった。
「·····あ、ごめん。」
謝る言葉しか口に出来なくなってしまう。背を向けた後ろで、ものすごく苛立っているのではないか、またなにかされるのではないか。
久しぶりに見た彼は、昔の印象より酷く大人びていた。しかし、叶絵想像は膨らんでいく。
「·····なんか用があったんだろ。それ、母さんに?」
「あ、うん。これ、おすそ分けって。お母さんから。」
りょうすけくんにタッパーを指されたので、それを手渡した。
すんなりと1連の動作でタッパーは渡されていった。叶絵の両手からりょうすけくんの片手に渡ったタッパーは、家の中で見たものと同じタッパーだった。
渡しとく。と言ったりょうすけくんは、直ぐに玄関のドアを閉め、鍵の音がした。
叶絵紙袋を畳んで、家に帰る。
「よっちゃん、久しぶりだね。」
「そんなに会ってなかった?」
「うん、1週間も夢に出てなかったよ。」
「そうなんだ。」
白いふわふわが数個、宙に浮かんでいる。ひとつ割ると、その白さは拡散して透明になった。
「よっちゃんには時間の感覚がないんだっけ。」
「·····そうだね。」
「·····。」
今日はあまりお互いのことを見なかった。同じ方向を向いて叶絵は座っている。よっちゃんは立っていた。
「学校ね、みんなと違う授業取ってたんだけど。お昼はね、一緒に食べようって言っててね。」
「うん。」
叶絵はまだ続ける。
「最初は一緒に食べてたんだけど、サークルの人と食べるとか、授業の人と食べるとかで、結局今は一緒じゃないんだ。··········授業もね、最初は一緒にしようって言ってたんだけどね。」
「うん。」
「··········なんでか、みんな離れていっちゃった。何が悪かったんだろう。」
「··········。」
「ごめんね、よっちゃん。友達できたねってゆってくれてたのに。」
叶絵は泣いていた。叶絵の悪いところ、あまり思いつかない。いや、本当は思いついている。けど叶絵の悪いところではない。本当は·····。
「叶絵は何も謝ることないよ。それと、叶絵は何も悪くないよ。」
「よっちゃん。ありがとう。」
そっくりだけど、まるで違う。
りょうすけくんに、そっくりな見た目のよっちゃんは、叶絵にいつも優しかった。
2人は数個しか浮かんでいないふわふわを眺めていた。
叶絵少し時期が遅れたが、カメラサークルに入った。
カメラに興味がある訳では無い。
普通のサークルは入る期間を締切っていたが、ここはまだやっていたので、思い切って入ってみた。
「じゃあ。ここで解散。15時にはまたここに集まってください。」
『はーい。』
サークルの撮影会だ。休日に集まって写真を取りに行く。今日は井の頭公園に来ていた。
「はい、君たちはサークルのカメラ貸してあげるから。1個しか持ってきてないけどごめんね、交代で使ってね。」
「あ、え。」
横を見ると、叶絵と同じようにポツンとたっている女の子がいた。
「自己紹介まだ?こっちの子は佐藤 文ちゃんだよ。同じ時期に入ったからカメラ持っていないと思うし、今日は2人で撮ってくれるかな。あ!他の子には今度ご飯会あるし、そこでちゃんと紹介するね。」
「え、」
先輩の会話に入る隙はなく、そう言って遠くのグループに走って向かってしまった。
隣にいる女の子も同じ気持ちのようで、こちらと目が合った。
「·····、あの。俺、優木叶絵って言います。カメラ渡されちゃいましたけど、」
叶絵がおろおろしていると、佐藤文さんは困ったように笑った。
「ここ、押したらつきますよ。」
カメラの画面が付いて、レンズの音が鳴った。
「うわ、すごい。もしかしてカメラ使ってる人ですか?」
「実は、自分のも持ってます。」
そう言って彼女は、自分のバックからカメラを取りだした。叶絵の借りたデジタルカメラとは違い、本格的なものだ。
「え、すごい。じゃあ、一緒に行かなくても、大丈夫ですね。」
「·····?せっかくですし、一緒に撮りましょう。撮り方よかったら教えますよ。」
そう言いながら叶絵にカメラを向け、シャッターを切った。
それと同時に、緊張の糸も切れたようだった。
消してください!と少し騒いだ後、カメラの使い方を教わりながら、一緒に植物の撮影をする。
彼女は大人しい見た目と違って人との距離が近く、叶絵はいろいろ考える前に彼女と会話をしていた。
いつの間にか、敬語も無くなっていた。
「ねぇ。そういえばなん呼べばいいの?いつもなんて呼ばれてる?」
「いつも·····。うーん、友達いなかったからなぁ。でも、叶絵とか優木くんとかかな。」
「へぇ。友達いなそうには見えない。」
普通の人が触れにくいことにもしっかりと触れてくる。
「じゃあ叶絵?私はあやとか、それか、あやちゃんでいいよ。」
向こうから先輩達がやってきた。みんなで写真を見せあって、その後はまたみんなで写真を撮った。
「いってきまーす!」
外から元気な声が聞こえる。カーテンの隙間が窓を少し覗くと、大きな荷物を持った叶絵が家を出る所だった。
外は眩しく、良介は目を細める。
叶絵に彼女ができた。
友達より彼女の方がはやくできるとか、おかしな話だ。しかし、本当に仲がいいようだった。
「もう、俺じゃなくなったかな。」
あいつの彼女の夢に何度も干渉したが、叶絵への態度が変わることは無かった。
これまで幾度となく、叶絵の周りの人間の夢に入ってきたが、あいつの彼女の夢にはもう入ることも出来なくなっていた。
きっと、本物なのだろう。
今日からサークルの合宿があるらしい。嬉しそうに·····。夢の中で聞いた話だ。
いつだったか、「友達が出来たら、僕は旅行に行きたいな。それが夢なんだ、素敵でしょ?」と、言っていた。
俺が叶えてやるつもりだった。自分がやり方を間違えていることは、重々分かっていたが、こういうやり方しか出来なかったのだ。
叶絵の1番の友達でいるのは、叶絵の意識が一番向いているのは、自分のつもりだった。
LINEのメッセージが来た。大学の友達だ。
「今渋谷いんだけどこいよ」
「はぁ?、今?」
「女の子が良介いないと帰るって言うからさー」
「どうゆう約束したんだよ。」
よっちゃんとして、いい顔をして、許されてる気持ちになって。他の人に目が向くと、それを排除して。
··········もう、手放さなくてはいけない。
俺にできる最低限の償いは、多分関わらないことだろう。
「わかった、行くから、」
「たのむー!」
スマホを放り出して、良介は支度を始めた。
無くなると、あまり執着も無いものなのかもしれない。そんなことを熟考するほど、執着していたのだ。
「叶絵。」
「あ、よっちゃん!って、もう真っ白でどこにいるか分からないよー。」
「そうだね。」
白い霧のようなものが今日は一番濃い。良介が夢に入れるのも、これが最後だろう。意識もなんだかあやふやだ。
「よっちゃん今俺旅行中なんだよ。念願の友達と旅行ー!」
「そうだね。」
「··········なんだ、もっと喜んでくれると思ったのに。」
しばらく沈黙した。こういう時、いつも気にしない様な周りの音が、ひとつひとつ耳に届く。はずだが、夢の中は酷く無音だった。
叶絵は合宿中だったか·····、そう思うと、叶絵の友達の騒いでいる声が聞こえるような気がした。
「俺が初めて叶絵の夢に出た時·····」
真っ白で何も見えないが、叶絵がこちらを向いたのが分かる。
「俺が、初めて叶絵の夢に出た時さ、どうしたらいいか分からなくて。叶絵の事考えすぎたから夢に叶絵が出てきたんだと思って、恥ずかしくて。叶絵に、俺は良介じゃないって言ったんだ。俺の夢じゃなくって、かなえの夢の中って何となく気づいた時は、びっくりした。」
叶絵は黙って聞いている。どんな表情をしているのか、何も分からない。
けど、口に出したことを止めずに言葉を押し出さなくては、二度と伝えられない。謝れない。
「見た目がまんま俺なのに俺じゃないなんて、馬鹿みたいに·····。そしたらさ、叶絵がそれ信じてさ!俺の事、呼び方分からないからりょうすけくんの良いで、よっちゃんね!って!」
良介は笑いながら話してしまった。
叶絵をバカにするみたいに。
いつの間にか、また叶絵を傷つけるようなことをしている。そう気づいて、言葉を加えた。
「違う、ごめん。バカにしてるとかそういうのじゃ、」
「やっぱり、よっちゃんはりょうすけくんだったの?」
一瞬だけ、顔が見えた。平然とした普通の顔。
辛い時も、普通の時も、いつも同じ表情。
だから、俺はやりすぎてしまったんだ。こうやって、今もまた自分の非を叶絵のせいにしている、ろくでもない奴だ。こんな俺と友達になった叶絵は本当に運がない。
あの頃、もっと、他の表情をさせてみたいと思ったんだ。感情を豊かに。
··········笑顔でもよかっただろうに。バカは俺だろうな。
「知ってたのか。」
「や、知らなかったよ。」
「どういう事だよ。」
「··········、なんか。似てるなぁって。この前、久しぶりにりょうすけくんに会った時、よっちゃんと全然違うって思ったんだけど。やっぱり、··········やっぱりどこか似てて。今のりょうすけくんは、·····本当の良介くんは、こんな感じなのかもしれないって。」
叶絵は今もあの顔をしているのだろう。辛いのか、大丈夫なのか、俺には一生分からない顔。
叶絵の彼女の夢に入れなくなったのは、彼女の拒絶だと思ったけれど。本当は、あそこの夢の中には、良介が見た事のない叶絵の笑顔のイメージが、たくさん転がっていたからだった。
「··········、ごめんな。叶絵。俺はもう行くよ。」
離れることが叶絵にとって一番いい。
これから関わる人には、二度とこんなことをしないと、良介は自分を戒めて、叶絵の夢を出た。
もう真っ白で、二度とはいることは出来ないだろう。
ふと、叶絵が泣いているように感じた。
何もせず、良介は目覚めた。
「はい。」
叶絵は、またおすそ分けを持って隣の家に来た。インターフォンを鳴らして出てきたのは、りょうすけくんの妹だ。
「あ、妹ちゃん。これ、お母さんに渡してくれる?」
「わ〜、今日は何だろう!ありがとうございます!渡しておきますね!」
「あ、ちょっと待って、」
「はい?」
「·····お兄ちゃん、今呼べたりする?」
「大丈夫ですよぉ。おにーちゃーーん!友達来てるよ!玄関!」
りょうすけくんの妹は、階段の上に向かって叫んでから、すぐ来ると思うので中入って待っててください! と、料理をもって奥へ行ってしまった。
しばらくして、りょうすけくんが階段から降りてきたので、叶絵は、2、3歩横にずれた。
りょうすけくんは、こちらに気づいて驚き、それから······傷ついたような顔をしていた。
「··········なに?」
「えっと·····」
実際のりょうすけくんはやっぱり怖い。呼ばなきゃ良かったかもしれない、と思った。
「えっと··········。あ、これから彼女と会うんだ。」
「あぁ、そう。」
特に話すこともなかった。これでも頑張った、と自分に言い聞かせて、叶絵は帰ることにした。後ろを向いてドアに手をかける。
「ご、ごめん·····呼んで。おじゃましました····」
「お前、その格好で行くのか?」
りょうすけくんに呼び止められて、叶絵はドアノブをぎゅっと握った。
「そ、そうだけど。」
振り返ると、りょうすけくんが走って2階に戻っていく。帰ってしまおうかと思いながら少し待つと、服を片手に降りてきた。
「ほら、上、これに替えてけ。」
「え、僕こんなの着れないよ。」
「これ着れば少しはマシになる。··········あ、いや、別にいいや。」
かっこいい人が着るような、オシャレな服。
下げようとしたりょうすけくんの手から、叶絵は服をとった。
「き、着てく·····。」
「··········あぁ。」
おそれながら顔を見ると、りょうすけくんは夢の中のよっちゃんと同じ、あたたかい目でこちらを見ていた。
··········気づいていないことはたくさんある。
微量ながら、叶絵も笑顔を作ってみると、りょうすけくんは驚いたような、そんな顔をしていた。
帰ってから借りてきた服に着替えると、叶絵によく似合っていた。