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原因の判明と解決方法

 見ていろ……! と意気込んだのはいいけれど、自分の欲を優先するあまり本来の目的を忘れちゃいけない。

 私がやるべきは、アーネスト様の奥様に何を贈ればいいのか答えること。


(先ほどの質問の答えからすると贈り物はそこそこ頻繁にしているっぽいのよね。なのに、人に聞くってことはネタ切れだから……とか? だけど、なんとなくそれじゃないような気がする)


 奥様の喜ぶ顔が見たいと言っていたが、それだったらアーネスト様が贈っているというドレスやアクセサリーでも十分見られるはず。

 何を贈ればいいのかと聞くということは、それらを渡した際の反応がいまいちだったということだろうか。

 分からないことが多すぎるし、これはもう少し掘り下げて聞く必要がある。私は諦めたのか心ここにあらずなアーネスト様に視線を向けた。


「アーネスト様。これが良いという回答がまだ固まらないので、もう少し質問をさせてくださいませ。これまで奥様に贈り物をしていらしたようですが、その際の反応はどのようなものでしたでしょうか?」


 不意に話しかけられたことでアーネスト様は我に返り、私が今言ったことについて考え始めた。

 言おうかどうか悩む素振りを見せてしばらく黙り込んだ後、決心したのか彼は言いにくそうに口を動かした。


「最初は妻の髪色に合うんじゃないかと道で見つけた花を渡したら心から喜んでくれました。その顔をもう一度見たくてもっと良い物をと贈っていたのですが……いつしか顔を曇らせるようになりまして。私は理由が分からず、何とか喜んでもらおうと他にも色々と贈ってはみたのですが……」

「望んでいたような反応は得られなかった、と。奥様はもしかしたらあまり高価な物が好みではないのでしょうか?」

「いえ、妻は辺境伯の令嬢でしたので高価な物を進んで身につけていましたし、実家からの贈り物にも笑みをこぼしていました。ですので、それはないかと思います」


 ということは、金額の高い低いは関係なさそうだ。

 実家からとアーネスト様からとこうも反応が違うのはいったい何故なのか。


(でも、最初は喜んでいたのよね? なら、アーネスト様のチョイスが悪いわけではないんだと思うけれど、喜んでくれないのはどうしてなのかしら? …………駄目だわ。いくら考えても全然分かんない)


 考えれば考えるほど奥様のことが分からなくなってくる。

 恐らくアーネスト様も今の私と同じような感じなのだろう。藁にもすがる思いで人に聞いてみたくなるのも無理はない。


「そうなってくると何を贈れば良いのか、という感じですね」

「ええ、本当に……。一体何がいけないというのでしょうか……。他の令嬢やご夫人がアレが流行っていると話しているのを聞いて贈っていたというのに。それに店の人間がコレがいい! と勧めるものだって贈ったのですよ」


 本当に打つ手がありません、とアーネスト様はしょげている。

 一方の私は今ので何となく理由がこれだろうかという訳に思い至り、思わず額に手を当てて天井を見上げてしまった。

 胸ぐらを掴んで「ちーがーうーだーろぉー!!!」と思いっきり揺さぶってやりたい衝動に駆られもしたが、すんでの所で耐えた。偉いぞ私。


「ちなみにですが、今の言葉を奥様に告げたことはございますか……?」

「え、ええ……。贈る際にどこぞの誰々が話題にしていたとか、店の人間がコレがいいと勧めてくれたとか言って渡していましたね」


(あーやっぱり。毎回他の女性が言っていたとか言って渡してたら、そりゃあ奥様は喜ばないはずだわ)


 思えば彼は奥様の趣味嗜好が分かるほど彼女のことを知らないと言っていた。だから他人の言葉だけを信じて行動してきたのだろう。

 しかし、それは彼からの贈り物に彼自身の意思がまったく入っていないということだ。

 花を渡して喜んでくれたのは、奥様に似合うからくれたという気持ちが嬉しかったからに違いない。

 奥様が物の価値より気持ちを優先するタイプなのであれば、どう考えても彼の選び方は間違っている。

 そして、反応から考えると前者である可能性が非常に高い。

 迂闊に『コレがいいと思う』など言わなくて良かった。今のアーネスト様に必要なのは何を贈るかではない。


「アーネスト様……。失礼を承知で言いますが、その考えのままではどのような物を贈っても奥様が喜ぶことはないと思われます」

「え!?」


 私の言葉に驚いたアーネスト様が身を乗り出してきた。その上、何も原因を分かっていないという表情を浮かべている。


「それは、どういうことなのですか? 私の考えは間違っているということでしょうか?」


 本人が気付いていない以上、誰かが指摘しないとこのまま奥様との溝は深まるばかりなのは明らかである。

 私がこれから言う言葉は彼の望む答えではないかもしれない。けれど、努力次第できっと未来は明るいものになるはず。

 そう信じて私は背筋を伸ばした。


「いいえ。奥様を喜ばせたいというアーネスト様の考えは大変素晴らしいと思います。ですが、お話を聞く限り奥様は価値より気持ちを重視する方のように見受けられます。そういった方に他人が、それも他の女性が考えた物をそのまま贈るのは適当に選んだ物を貰い、ご自身が軽んじられている愛されていないと受け取られているのではないでしょうか?」

「そんな……軽んじるなどとんでもない! 私は本当に妻を愛しているのですよ!?」

「ええ。アーネスト様のお話からそれは十分伝わってまいります。ですが、そのお気持ちが奥様に届いていないのだと思うのです。ですので、まずは奥様との会話を増やすことが大切かと。同時に奥様を良く観察してみることもおすすめ致します」


 コミュニケーションを取るのが一番だと伝えた途端に、アーネスト様の顔が絶望に染まった。

 なぜだ。なぜなのだ。私は何も難しいことは言っていないはずなのに。


「……話すと言われましても、何を話せば良いのでしょう? 女性が好む話題など皆目見当もつきません」


 そこからかなのか……。

 貴族であれば女性との会話は必要だと思うのに、そこで躓かれるとは思ってもいなかった。

 アーネスト様は物事を難しく考えすぎではないだろうか。


「特に女性が好む会話を意識する必要はございません。今日の天気のことですとか、庭の植物の成長具合や季節の花のことですとか日常の些細な出来事で良いのです」

「日常の些細な出来事……。そのような話題で妻は食いついてくるのですか?」

「女性はなんてことのないお話に花を咲かせるものです。何事も最初は探り探りでいかなければ欲しい情報は得られないというのが私の考えですので。受け答えの中に奥様の好きな物が入っていたりもしますし、それを聞き逃さないようにしてください」

「なるほど。確かに戦略としては有効な策として昔から用いられてきましたからね」


 だからどうして難しく考えてしまうのか。

 もっと気楽にいけばいいというのに。


「わ、私が思うにアーネスト様が奥様の趣味嗜好を知らないように奥様の方もアーネスト様のことを良く分かっていないのではないかと思っているのです。私の予想ではありますが、奥様はアーネスト様から愛されていないと勘違いされている可能性が高いのではないかと」

「ですが、私の愛情がまったく届いていないとはとても思えません。愛してなければ贈り物などするはずがない。だから妻なら言葉がなくても分かってくれているはずです」


 いや、届いていないから奥様は喜ばないのだと思う。

 どうやらアーネスト様は第三者視点から物事を見るのが苦手な様子だ。

 では、こうしよう。このたとえならきっと分かってくれるに違いない。


「アーネスト様。愛というのは花を育てることに似ていると言われています。よそ見をしながら水をやれば花に届いていないのが分からない、花がどういった様子なのかも見えませんよね。そういったことが続いた場合、花はどうなると思われますか?」

「それは……枯れてしまうのではないかと」

「ええ。まさに今、奥様という名の花はその状態になっていると思われます。それに言葉がなくても分かりあえるというのは信頼関係があるからです。ご結婚なさって二年にもなりますのに、あまりに相手のことを知らなすぎだと思います。今のお二人に信頼関係があると胸を張って言えますか?」

「うっ」


 アーネスト様は言葉に詰まり、目を泳がせる。

 さあ、腹をくくるのだ。彼自身が動かなければこの事態はどうにもならないのだから。

 彼が決断するのをジッと凝視しながら見ていると、それまで静観していたライ様が両者ともに落ち着けというように手を動かした。


「アーネストに問題があるのは分かったが、あまり責めないでやって欲しい。彼は真面目故に考えすぎるところがあるのでね」

「責めているつもりはなかったのですが……。そのように見えていたなら申し訳ないです」

「いや、理由が理由だからステラ嬢が熱くなるのも理解はできる。……しかし君は、驚くほどに恋愛関係のことに詳しいのだな。聞いていてなるほどと感じ入ることが多かった」


 そういえば私はまだ成人前の子供だったとライ様の言葉で思い出した。

 まさか前世の記憶があるとは思われないだろうけれど、無駄に怪しまれるのもできれば避けておきたい。

 あ、そうだ。ここは恋愛マスターの助けを借りよう。


「じょ、女性の扱いに長けた叔父が……よく口にしているものでして……」

「君の叔父上が? ……ああ、なるほど。日常的に耳にしていたからそういった事情に詳しいと」

「ええ、そうなのです」


 ありがとう叔父様。その生き方はどうかと思うときはたまにあるけれど、本当に助かりました。

 今度は塩対応じゃなく可愛い姪っ子対応しますから。


「俺はてっきり泣き出すか条件を変えてくれと嘆願するかのどちらかだろうとばかり思っていたから面食らってしまったよ。正直、君を少し侮っていたところはある。俺の考えが甘かったと認識させられたな」


 ライ様は本当に意外そうな表情を浮かべており、私の言葉が真実だったと物語っている。

 苦虫を噛み潰したような顔とは違うが、今彼がしている顔も私が求めていたものだ。

 そうだろうそうだろう、と私は得意げな顔をしてみせた。

 アーネスト様の悩みを解決するというのはまだ結果が分からないけれど、その言葉を言ってくれただけで満足するのはまだ早いと頭を振った。

 認識を変えるのは大事だけれど、一番大事なのは依頼人が望む未来になることである。

 私は自分の心にも言い聞かせるようにしながら口を開いた。


「ライ様のお言葉は胸に刻ませていただきますが、今回のことで一番重要なのはアーネスト様の悩みを解決するということです。ですので、私の答えは『奥様とお話をして親交を深める』ということになりますね」

「君の言う通り、確かに俺よりもアーネストのことだろう。何を贈ればいいかからは離れたが、アーネストの望む結果が得られれば何も問題はないと思うよ」

「未来がどうなるのかはアーネスト様の努力次第です。上手くいくよう、願っております」


 私とライ様が同時にアーネスト様を見ると、彼は唇を噛み決心したかのように力強く頷いた。

 アドバイスしかできないことが歯がゆいけれど、こればかりはどうにもできない。

 彼の満面の笑みが見られることを願ってやまない。

 そうしてこの日は、彼の悩みが解消されるかどうか結果が出てから改めて話を進めるということで終わったのだった。


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