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来訪者と我が家の事情

 前世も含めた人生で、かつてこんなにも頭を抱えたことがあっただろうか……。

 項垂れた私は、ひたすらどうしてこうなったと嘆いていた。




 ことの始まりはライ様と別れて帰宅した後のこと。

 使用人からお父様は応接間にいると聞き、私はそちらに向かったのである。

 すでにお客様は帰宅したとの情報を得ていたので、何も考えることなく私は応接間の扉を開けた。


「お父様。伺いたいことが……って、いないではありませんか!」


 もしかしたら行き違いになってしまったのかもしれない。

 鉄は熱いうちに打てじゃないけれど、早くお父様にお知らせして気を付けてもらうように言いたかったというのに。

 出鼻をくじかれてガックリと肩を落としていると突然、私の右側にかなりの衝撃が走った。

 ついでに頭に柔らかいものが当たっている感触もある。

 というか、この衝撃には覚えがある。記憶にありすぎる。あと絶対に頬ずりされている。


「ああ……夜空を彩る星々よりも優美な輝きを放つ僕の可愛い金糸雀ちゃん……」

「私でなければ悲鳴を上げているところですよ。ベネディクト叔父様……」


 相変わらずたとえがキザすぎる……。

 呆れて見上げると満面の笑みを浮かべるよく手入れのされた金髪を煌めかせたタレ目の美丈夫が私を見つめていた。

 この人は、お父様の年の離れた弟に当たるベネディクト叔父様。

 顔の怖いお父様とは全く異なり、女性達にモテそうな色気のある見た目をしている。非常に目の保養にはなるが、見た目以上に中身が濃いのが少々残念である。

 端から見ている分には楽しいが、身内となると色々なものがすり減って別れた後は疲労がこれでもかと蓄積するのだ。

 普段は国内の恋人達の間を転々としていて頻繁には顔を見せに来ないのだけれど。


「こんなことをするのはエステルにだけだよ」

「その台詞は遊び人の常套句ですよ」

「おやおや……小さなレディに遊び人だと思われているとは悲しい限りだ。僕はただ政略結婚で夫からそっぽを向かれて寂しい思いをしているご夫人方に夢と希望、そしてほんの少しの愛を提供しているだけだというのに」

「それを世間では遊び人と言うのです! ちょっと良いように言ったからって変わりませんからね!」


 愛人を持つことに寛容ではあるみたいだが、いかんせん叔父様は恋人の数が多すぎる。

 我が家の噂に拍車をかける要因になっているところもあるのではないだろうか。


「ああ、その反応……。やっぱりエステルと話していると帰ってきたんだと実感するよ」

「叔父様のせいで私はツッコミスキルだけが上達してしまいます」

「僕としてはエステルから発せられる思いがけないさえずりを聞けるのが嬉しいんだけれどね。それにたまに会う君の成長を楽しみにもしているんだよ? ずいぶん大きくなっていて喜ばしい限りだね」

「つい2週間前にお会いしたばかりでしょうに。成長も何もございませんよ」

「この間の君が蕾だとしたら、今の君は八分咲きの薔薇ほどの違いがある」

「でしたら満開のときにお越しくださいませ」


 頬を膨らませて不満の意をあらわして見せるが、叔父様は苦笑して肩をすくめるだけ。

 どんな文句も叔父様の脳内変換にかかると全く意味をなさないのが悲しいところだ。


「……それで、今日はどういった要件なのですか? いつもは数ヶ月空いているはずですのに」

「ちょっと兄さんに緊急性のある突発的な事件が起きたと聞かされてね。よく分からなかったけれど、一応顔を出しておいた方がいいかなあと思って来たんだよね」

「緊急だというのに緊張感がまるでない説明をありがとうございます」


 あのお父様が叔父様を呼び寄せるほどの大事件だというのに、この人は何を悠長に……。

 と、考えたところで私は本来の目的をようやく思い出した。

 叔父様というイレギュラーがあって押し出されていたけれど、お父様に伝えなければならないことがあったのだ。

 未だに私を力強くハグしている叔父様を尻目に室内に視線を動かした。


「それで、そのお父様はどこにいるのですか? 使用人から応接間にいると聞かされていたのですが」

「あ~兄さんならエステルが来る前に慌てて出て行ったよ」

「まさかお一人で事態の収拾に向かったのではないでしょうね!?」

「いや~事態の収拾というか、その事件の張本人の追求を僕に押しつけたというか。まあ、結論を言っちゃうとエステルに怒られるのが嫌で僕に説明をなすりつけたって感じかな」

「……つまり、私から逃げたと」


 叔父様は「そういうことだねぇ」と軽やかに笑いながら言ってのけた。

 笑っている場合ではないだろうに。私に怒られるのが嫌で逃げるなど、子供のすることではないか。

 一体何をやらかしたのだ、あのお父様は。


「もしやと思いますが、怪しげな商人から変な物を仕入れてしまったとか言いませんよね」

「違うんだよねぇ」

「では、殺人事件の第一発見者になってしまって犯人だと疑われているとか」

「当たらずとも遠からずって感じだねぇ」


 本当にお父様は一体何をしでかしたの!

 これ以上我が家の悪い噂が増えると困るのだけれど!


「……叔父様は事情を全て知っているのですよね? 怒るか怒らないか内容を聞かないと判断出来ませんが、知っていることを吐いてくださいませ」

「うーん。多分絶対に怒ると思うなぁ。温室で育つ花を外に出して害虫をつけさせるのも抵抗があるしねぇ」

「害虫がつこうと萎れたりはしません。何も知らない場所で成り行きを眺めている方が毒です」

「なんとも力強い言葉。無垢な子猫ちゃんだと思っていたけれど、肝の据わり方は恐ろしいほどに父さん……エステルにとってはお祖父さんになるかな、にそっくりだ。隔世遺伝とは恐ろしいものだよ」

「そのお話も気になりますが、今は目の前のことです。教えてくださいませ」


 さあ早くとせっつく私を見て叔父様は諦めたのか、いつになく真剣な表情を浮かべている。

 そこから彼が話し始めたのは私が度肝を抜く内容であった。


 私から体を離した叔父様はゆったりとした動作でソファの背もたれ部分に寄りかかるように腰を下ろした。


「エステルは今日、クレマン伯爵家の噂話を聞いたよね? それは半分は正解に近いんだ」

「えーと……お祖父様のしたことが、でしょうか?」

「それもだけど、宰相閣下の秘書官が我が家が手を回したことによって横領の罪で捕まった、というところ」

「ええ。ですが、それは代理の交渉人が営業をしていただけなのでしょう?」

「いや、確かに表向きは交渉人だけど、本当は違う。彼は情報収集を得意とする我が家の忠実な犬なんだよ」


 なんとも現実離れした話に私は思わず「は?」と間抜け面を晒してしまった。

 我が家はそういった黒い話とは無縁だと思っていたし、代理の交渉人はどこからどう見ても人の良い好々爺のような見た目をしていたはずである。

 まるで夢物語を聞かされているようだ。地に足が着いていない感覚になるのが分かる。


「その彼が秘書官の横領を突き止めたから、クレマン伯爵家からの情報だと悟られないように上手いこと証拠を分散させて他の誰かに見つけさせ、告発させたという訳だね。ここまでは大丈夫かな?」

「り、理解がまるで及んでおりませんが、意味は分かります」

「良かった。なら続けるね。で、ここで重要となってくるのはクレマン伯爵家の痕跡を残すこと」


 なんとなく耳に入れていた状態だった私は叔父様の発した言葉を聞いて、ん? と首を傾げた。

 なぜ、我が家の痕跡を残す必要があるのか。


「お待ちください。我が家の悪い噂を払拭するならわざわざ手の込んだことをしなくても自らすればよいのでは?」

「緊張するし上手く話せないから人前に出たくないんだって兄さんが言うんだもん。だから別の誰かに託して且つ、うちが提供した証拠だって匂わせることで我が家が表舞台に出ることはないって示したかった訳」

「逆効果にしかなってませんよ!」


 お父様の良かれと思ってがすごい悪い方向に出ているじゃないですか!

 修復不可になっていますけれど!?


「そこは兄さんと僕も予測できなかったとこなんだよねぇ。まさかこうも悪意ある受け取られ方をしちゃうなんてね」

「宰相閣下の秘書官だったからこそでしょう。相手を見て我が家の痕跡を残すか否かを考えなければならないところですよ」

「だよねぇ。ちょっと失敗しちゃったかな」

「大失敗ですよ!」


 可愛く言ったところで覆るものではない。

 そのせいで更に我が家の不名誉な噂が増えてしまったではないか。


「…………ですが、ようやく理解できました。だからお父様は私から逃げたのですね」

「そういうことだねぇ」

「悪気がないのが分かっているだけにたちが悪いですよ。これからというときなのにどうするのですか」

「大丈夫だよ。一週間後だっけ? 誰かの悩みを解決できれば先に進めそうなんでしょ?」

「まあ、そうですが……ん?」


 あまりに自然に叔父様が言うものだから流してしまったけれど、よくよく考えるとどうして先ほどの出来事を知っているのだろうか。


「どうして叔父様が知っているのですか? 護衛から聞いていたとか」

「さっき言ったでしょ。うちは忠実な犬がいるって。護衛がいても兄さんは心配性だからねぇ。いつも影からコッソリ彼に見守らせていたのさ」

「なるほど。あまり良い気分ではありませんが、お父様の気持ちも考えると仕方がないのかもしれませんね」

「聞き分けが良くて助かるよ。で、勝算はあるの?」


 どうだろうか。

 悩みの内容が分からない以上打てる手はほぼない。

 最悪ダメでも貴族のご夫人方を恋人に持つ叔父様に頼ることもできるかもしれないけれど。

 チラリと叔父様を上目遣いで見たら、優しげな笑みを向けられた。


「分かりません。ですが最悪の場合、叔父様の恋人に頼んで仕立屋を紹介していただくことは可能でしょうか?」

「エステルの頼みでもそれは無理だねぇ。互いの家のことは持ち込まないっていう契約になってるから」

「本当に打つ手が限られてるではありませんか……」

「まあ、君の話術があればもしかしたら難なく突破できるかもしれないよ」


 年の割にはというだけなのだから、そんな簡単に言わないで欲しい。

 何にせよ、頼れる人はいないということが分かった以上は全力で事に当たらなければならない。

 あと、お父様には本当に気を付けてもらわないと、また大変なことになってしまいそうだ。


「上手くいくかは分かりませんが、今の私にできることを全て出し切りますよ。それとお父様は今どちらに?」

「多分、義姉さんの部屋に籠もってるんじゃないかな?」

「ありがとうございます。では」


 そう言って私は応接間を後にした。

 後ろから叔父様の「ほどほどにね」という声が聞こえてきて、苦笑してしまう。

 お父様なりに我が家のことを考えた結果のことなのだから、きつく言うつもりはない。

 ただ、気持ち的には何してくれとんじゃいと言ってタックルして頭突きしたいところではある。

 大丈夫。私は理性的な人間だ。

 野蛮な真似はしないと誓って私はお母様の部屋に入っていった。


 部屋をウロウロしていたお父様となるべく笑顔で話を進めたい私が相対した。

 話し合いの結果だけで言うと、しょぼくれて肩を落としたお父様の姿があった、とだけ言っておこう。

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