その出会いは必然?
朝食後に護衛を連れて町に出た私はいくつかの仕立屋を見て回っていた。
王都には多くの仕立屋があるので毎回エリアで分けてちょっとずつ調べているのだ。
半月ほど続けて、上流市民や下級貴族の利用するお店をほぼ見ることはできたが、紹介制の上級貴族が利用するお店は伝手がなく調べることができないでいた。
「良いお店ほど慎重だって頭からすっぽり抜け落ちていたわ……」
領地に引きこもって貴族と交流を絶っていた我が家ではどうしたって無理である。
なんとか策はないものかと考えてもみたが、これといって良い案も浮かばず、私は途方に暮れていた。
おまけに次のお店に移動していたときに走ってきた人とぶつかってしまうというアクシデントまであった。踏んだり蹴ったりである。
……ところでなぜ仕立屋を調べているのかというと、我が家は悪い意味であったとしても有名なので、そこの令嬢が着ているドレスとなれば注目が集まると考えたから。
安直だと思われるかもしれないが、費用を最小限にと考えたらこれしか思い浮かばなかっただけなのだ。
それに私は見た目が派手で人目を引く容姿をしているし、宣伝するにはちょうどいいという理由もある。
お父様似の顔で高飛車とか気が強そうとか意地悪そうな系統の顔だけれど、この容姿を利用しない手はないと思ったのだ。
社交界デビューはまだ先だが、その内どこかの貴族の茶会などにお呼ばれするときがくるかもしれない。
いざそのときに流行遅れのドレスなど着ていったら宣伝するどころではない。笑われて終わってしまう。
あとうちの領地では絹が生産されているので、その生地で作ったドレスが注目されれば商談が増える可能性がある。
うちの生地は発色が良く色鮮やかで光沢もあり、手触りも抜群できめ細やかな肌触りの良い生地なので、一流のお店で使われいる生地がどれくらいの品質のものなのかも調べたい。
ついでにうちの生地で私のドレスを作れば費用も節約できる。
……と、ここで私は今朝方のお父様との一件を思い出した。
「あの金額から考えると、生地から全て相手の口車に乗せられて何も考えずにサインしたのでしょうね……」
書類に書かれた0の数の多さを思い出してしまい、片手で頭を押さえた。
上流貴族が利用する紹介制のところに頼むのは無理だと思うから、おそらくそれ以外の仕立屋に頼んだとみて間違いなさそうだが、そうなると確実にお父様はぼったくられている。
せめて私に相談するか、生地だけでもうちのものを使ってくれていたらと思うものの、支払いが済んでいる以上、今更どうすることもできない。
領地に引きこもって他の貴族と交流を一切持たなかったせいで、お父様は世間知らずなところがあるし、ドレスを作るならうちで作っている布で! と言わなかった私の落ち度でもある。
ま、まあ、今回のことからお父様も慎重になってくれると思うし、あのときこうしていればと考えても事態が良くなるものではない。それよりも今はどうやって収入を増やして没落を回避するかだけに集中しなければいけない。
「考えることは山ほどあるわね……。とりあえず色々と考えをまとめたいから、休憩しましょうか。貴方も疲れたでしょう? 朝から連れ回してしまってごめんなさいね」
「いえ、お嬢様の身の安全を守るのが自分の役目ですから。どこにでもお供致します」
「ありがとう。そう言ってもらえると助かるわ。……じゃあ、あそこの広場で休憩にしましょう」
大通りから少し外れてはいるが、ベンチや噴水の縁に座った人々が会話を楽しんでいる広場が近くにある。
小さな情報でも手に入るかもしれないという期待も僅かに持ちながら、私は空いているベンチに移動しようと足を動かした。
すると、背後から「そこの護衛を連れた金髪のお嬢さん。少しいいだろうか?」という若い男性の声が聞こえてくる。
私のことかしら? と首を傾げながら振り向くと、ちょっと冷たそうに見える大層見目麗しい黒髪メガネ美男子が佇んでいた。
アイスブルーの目がより冷たさを感じさせているように思える。
つい癖で私は彼のことを観察してしまっていた。
結果、着ている服や身につけている物は地味だが使われている素材は一級品。手入れの行き届いた見た目や手の綺麗さからすると結構良いお家の子息と思われる。
それに……あの黒髪は少し不自然に見える。もしかしたらカツラではないだろうか。
ということを考えると、私と同じでお忍びで町に出てきた貴族の子息あたりが正解のような気がする。
私が観察しているなど露程も思っていないだろう彼は、目が合うとゆっくりと歩み寄ってくる。
(私に声をかけてきたとみて間違いなさそうだけれど、何かしら?)
私より二、三歳年上のように見えるが、同年代から声をかけられる理由がさっぱり見当たらない。
頭の中が疑問符でいっぱいになった私の前まで来た彼は、ポケットからあるものを取り出した。
私は差し出されたものを見て、「あっ」と思わず声を漏らしてしまう。
「わ、私のハンカチ!? なぜ貴方が持っているのですか?」
「ああ、やはり……。実は君にぶつかった男は俺の友人なんだ。慌てていたから謝罪もできずに立ち去ったそうなんだが、後で気になって現場に戻ってきたらこれが落ちていたらしい。本人に直接謝罪させるべきところだが、奴は用事があって帰ってしまってね。なので俺が彼に代わって謝罪と落とし物を渡そうと君を探していたんだ。本当に申し訳ないことをしてしまったね」
「いえ、急いでいたのなら仕方ありませんし、よそ見をしていた私も悪いのです。ぶつかってしまったお相手にはどうかお気になさらずにと伝えてくださいませ」
「ありがとう。心優しい君に感謝するよ。ところで怪我はしなかったかい?」
「少しよろめいたくらいですので、大丈夫です」
「なら良かった……」
ぶつかった張本人でもないのに、彼はとても安心したように軽く笑みを浮かべた。
その表情はとても優しげで、初見の冷たそうという印象が吹っ飛んでしまう。
「広場の方に移動しようとしているように見えたが、もしかして休憩しようとしていたところだろうか?」
「ええ。少しゆっくりしたくて」
「なら、近くに俺の行きつけの店があるんだ。お詫びも兼ねて奢らせてくれないか?」
こちらとしても固いベンチよりも柔らかなイスに座れるのはありがたい。
それに上手く話を運べば上級貴族が利用する仕立屋を紹介してもらえるかもしれない。
彼自身に伝手がなくても、知人を紹介してくれる可能性もある。
断る理由などどこにもない。ぜひとも喜んでお願いしたい。
「ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただいてもよろしいでしょうか」
「もちろんだ。断られたらどうしようかと思っていたから安心したよ。……ああ、そうだ。自己紹介がまだだったね。俺の名前はライ。よろしく」
「ええと。では、ライ……様とお呼びすればよろしいでしょうか? 私は」
自分の名前を名乗ろうとしたが、それよりも早くライ様が口を開いた。
「呼び捨てでも様でもどちらでも構わないよ。それと俺を信用できないなら名乗らなくても問題ない」
と、言われても自分の名前を名乗らないのはさすがに失礼にあたる。
それに、直感だけどライ様は悪い人ではなさそうだし、名乗っても問題はなさそうではある。
家名や名前を明かすのは最初から警戒されて録に話も聞いてもらえない可能性もあるから、愛称で答えてた方が良さそうだ。
後々で問題にもなりそうだが、彼の方が名乗らなくてもいいと言っているのだからそこまで拗れる心配もないだろう。
「さすがに名乗らないわけにはまいりませんし、落とし物を届けて下さった貴方を頭から疑うことは失礼に当たります。ですので、名乗らせて下さいませ。私の名前はステラと申します。どうぞよろしくお願い致しますね。ライ様」
「ああ、よろしく。それと少し親切にしたくらいで警戒を解くのはあまり良いことだとは思えないな。初対面の俺が言えた義理じゃないだろうが」
「あら、こう見えても私は人を見る目には自信があるのです。ですので心配はいりません」
そう答えると、ライ様はなぜか微妙な顔で苦笑してしまった。
これは私の言った言葉を疑っているということだろうか。
「……出会って数分の方にはにわかに信じがたいお話だとは思いますけれど」
「あ、いや。疑っているわけではないんだ。俺自身が善人だとは言い難いから間が空いただけであって」
「ほとんどの人が根っからの善人というわけではございませんでしょう。大なり小なり打算を持っているのが人というものです。ですが、自分自身が己を疑う、第三者視点で見られる目を持っているのはとても大事だと思います。それに優しさがなければご友人のことで謝罪しようなどとは考えもしないはずですもの」
「そういうものなのだろうか」
「ええ。そういうものです」
ライ様の目を見据えて私は自信を持って答えると、考え込んだ様子の彼が真顔でジッとこちらを見てくる。
黙っていても絵になるなぁと言いかけたが、今はそんな雰囲気ではない。
彼の考えがまとまるまで待っておくことにしよう。余計なことを言って機嫌を損ねてしまっては大変だ。
大人しく私が待っていると、しばらくの間の後で彼はフゥと息を吐いて何かを呟いた。
小さい声だったから私には聞こえなかったけれど。
「さて、立ち話はここまでにして店に向かおう。続きはそこで」
「そうですね。一ヶ月前に王都に初めて来たばかりなので、色々と伺いたいこともありますし」
「…………俺に分かる範囲のことだったら答えるよ」
「はい。お願いします」
答えるまでに若干の間があったことが気にかかるけれど、とにかく人脈を広げる機会が与えられたのはとっても嬉しい。
このチャンスを絶対にものにしてみせる……!
店に向かおうとしているライ様の背中を見ながら私は密かに気合いを入れた。
一定の距離を開けて追いかけている最中に、それまで黙っていた護衛が小声で声をかけてきた。
「本当に大丈夫でしょうか? 悪人には見えませんが、素性の分からない者ですよ。服装からしてお世辞にも身分が高いとはとても……」
「そんなことはないわ。確かに服装や身につけているものに華美さはないけれど、素材は一級品よ。私は彼が上級貴族の子息ではないかと見ているわ」
「……私には分かりませんが、物の良し悪しを見分けることに長けたお嬢様がそう仰るのなら間違いないのでしょうね」
「もちろんよ。私は自分の目に自信があるもの。それにお店なら他にも人がいるし、貴方もいるのだから危険度は低いと思うわ」
信じてるわよとウインクしてみせると、護衛は苦笑した後でしっかりと私の目を見て頷いた。